IoT化の取組はどうしても慎重姿勢に見えやすくなる

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IoT国内支出額、2020年には約14兆円へ拡大予想も 企業の取り組みは慎重派が多数  2016年5月28日(土)18時0分 MONEYzine
 「IoT」に多くの企業が期待を寄せる一方でアクションに至らないケースも多く、推進体制の構築に時間がかかる企業も多いようだ。
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 「IoT」は「Internet of Things」の頭文字をとった略語で、モノのインターネット化という意味。例えば、橋や建物などの公共建築物にセンサーを取り付けてインターネットとつなげれば、得られた情報をもとに適切なメンテナンスができる。こうしたシステムはこれまでも存在していたが、インターネットとは無縁だったものまで接続することで、大きな革新が起きると期待されている。

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報道になじまない研究発表、報道しないと得られない原資

日経バイオテクのメルマガ記事にこんなものがあった。
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研究者は研究発表の記事化を拒否できるのか?    2016/3/11  日経バイオテク 副編集長 河野修己
 ちょうど1週間前のメールマガジンで、K副編集長が「公的研究費による研究開発の情報公開はどこまですべきか?」という記事を投稿しました。このテーマ、日本の科学技術の健全な発展に欠かせない重要なものと私は考えており、今週も取り上げることにしました。
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 というのも、研究開発を行う側(企業ではなく主にアカデミア)とその成果を報じるメディアの“常識”に埋めがたいギャップがあり、そのギャップは徐々に拡大していると感じるからです。(中略)成果報告会に取材OKということで行ったものの、複数の発表者から記事化を拒否されたと書いています。また、最近は学会の取材規約に、「取材した内容を記事する場合は、発表者の許可を得ること」と書いてある場合が増えてきました。こうした規約が堂々と明文化されているということは、「発表を記事化できるかどうかを自分たちでコントロールできる」と研究者が考えている証拠でしょう。

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フラッシュバック

4月の頭の事。ご飯屋さんでおそい飯を食べていたのだが、R40なる有線放送のチャンネルがかかっていた。
http://music.usen.com/channel/a22/
まいったなあと思ったら他にものりのりの人がいる。挙句の果て、「冬のオペラグラス」(1986年1月発売、新田恵利のソロデビュー・シングル)に至っては、今まで散々同僚の罵詈雑言を履いていた女性まで歌いだす始末。他方槇原敬之の「もう恋なんてしない」がかかると女々しいとかいっている人いる。私は彼には多少LGBT的なところがあるのか、女性の歌詞が自分の感覚で書けるのだと思っているから不思議には思わないが、まあある意味緩やかに時が進んでいる。
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そんな中、かかったのは「くちびるNetwork」(松田聖子:作詞  坂本龍一:作曲)岡田有希子の生前最後の楽曲。2ヶ月後の1986年4月8日に死去(投身自殺)する。豪華な作家陣容、当時の一流メーカーであるカネボウ化粧品CMと結構長い間使われた歌だった・・・。完全に私は気分を悪くしてふさぎこんでしまったのである。

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意欲を高める宴席メンバー選定のために

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http://lineblog.me/ha_chu/archives/55399557.html

Isseki Nagae
高所得になるってなにか悪い事でもしてるとかやっかみですよ。頑張ってるだけですよ。誰でもこれくらいは狙えるよ。年収1000万以上の皆さんが日本の所得税の半分を負担しているって知ってます?
まあ、一言言えることはだ。政府が悪い、誰々が悪いって人のせいばかりにしていると貧乏から抜け出せないってことですよ。頭使って、手足使って頑張れば、年収1000万とかそんなに高い障壁じゃないです。3000万とかになるとかなり高い。ww
悪いのはだれだれのせいとか、人のせいばかりにしているヤツの回りには悪いオーラがむんむんとしていて、闇の世界に引きずり込まれる。前向きの人と付き合うといいよ。学歴が高いほうが高収入になる確率は高いが、中卒で頑張って会社を興して渋谷の一等地にプール付きの豪邸建てた方も知ってます。
低所得者はみんな怠け者だとでもいいたいのかという質問に答えると、確率的には高所得者より相当高いだろうとは言える。パチンコ屋いけば分かる。頑張っても低所得の人はいるが、視界が狭くて頑張ってる方向が間違ってるケースが多い。障がいがあっても頑張ってる人は稼ぐ。間違いない
自分の不幸を、他人や政府や制度のせいにしていたら、絶対に這い上がれない。それだけは間違いなし。どんな国でも時代でも成功する人はする。だめな人はダメ。頑張るってことはそういうことだと思います。

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このつぶやきに超絶同意したのと、これを読みながら思い出したことがあって…。
とある時に、2日続けてご飯会に行ったんですよ。

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プロ意識と無限責任

ある意味ストーリーは似ている2つの事例を並べてみる。
(1)
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日本がなぜ戦争したかは、新国立競技場問題が教えてくれる 週刊プレイボーイ連載(206): 2015年8月10日
1923(大正12)年12月27日、国会議事堂に向かう皇太子(後の昭和天皇)の車が狙撃されました。犯人の難波大助は、父親が衆議院議員という山口県の名家に生まれた24歳の若者で、ステッキに仕込んだ散弾銃の銃弾は車の窓を破ったものの、同乗していた侍従長が軽症を負っただけで皇太子には怪我はありませんでした。
欧米のジャーナリストを驚かせたのは、事件よりもその後の出来事でした。
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内閣総理大臣の山本権兵衛はただちに辞表を提出し、内閣は総辞職しました。当日の警護の責任をとって警視総監と警視庁警務部長が懲戒免官となったばかりか、道筋の警護にあたっていた(事件を防ぐことはとうていできなかった)一般の警察官までもが責任をとらされて解雇されます。

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TPOの問題かも

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「お疲れ様」は目上の者が目下の者にいう言葉  朝日新聞デジタル 8月12日(水)
 タモリがレギュラー番組『ヨルタモリ』(フジテレビ系列)の7月26日放送で、もう見過ごせないとばかりに話し出した。
 「子役が誰彼かまわず『お疲れ様です』といって回るのはおかしい」「『お疲れ様』というのは、元来、目上の者が目下の者にいう言葉。これをわかっていないんですね」
 『週刊ポスト』(8月14日号)がさっそく<タモリが問題提起した「若者の“お疲れ様”はおかしい」 「ヘンな日本語」について考える>と取り上げた。確かに、近頃は職場や会合、どうかすると飲み会の別れ際でも「お疲れ様です」とあいさつし合う。
 タモリの「おかしい」に「我が意を得たり」と喝采したのが中高年世代であると、週刊ポストは50代男性のこんな声を紹介している。「先に帰る若手社員に『お疲れ様です』といわれるとカチンとくる。そこは『お先に失礼します』だろう!」
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 そもそも「お疲れ様」はどういう言葉なのだろう。「『ご苦労様です』『お疲れ様です』というのは、本来、人をねぎらう言葉。目上の人が使うのが伝統的で、目下の人が目上の人に使うのは失礼にあたります」(日本語教育研究家で山形大学地域教育文化学部准教授のS氏)

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時刻が分からないまま

最近はどこの交通機関もHP等でデータを提供して、乗客の利用の利便を図ることが多くなった。使用する人が見るというのとは別に、利用する人のお知り合いの人が代わりに調べておくということもあるわけである。もちろん鉄道等は時刻表が公刊されておりまあ困ることはないのだが、これがバスだと、本当に「いったら代わっていて」困った事例が過去あった。
もっとも鉄道のオールドファンに聞くと、このような事例は過去よくあったらしい。たとえば北海道によくあった簡易軌道はいってみたら運休とか、2日に1本になっていたとかこういうことはそう珍しいものではなかったようだ。たとえば士別軌道線(士別 - 奥士別11.9キロ 1920~59)などは、研究者の青木栄一が1954年に訪問した際に、時刻表に「バス併用」と注記されているとおり殆ど客車運行はなく、会社から「乗客は事実上扱っていない」と言われている。(1955年度をもって旅客は完全にバスへ移行された。)という記載がある。(参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AB%E5%88%A5%E8%BB%8C%E9%81%9310年ほど前の中国奥地の鉄道路線探訪とそう変わらない事情が現実的にあったようである。また時刻表への訂正が遅れたために、切符を手配しいってみたらバスの時刻が(天災などではなく)全然変わっていたということは時々あった。これこそが現地調査の醍醐味だが、まあ、このような状況では存在自体の埋没となるのが、競合交通機関(自動車を含む)のある現在ではダメージにつながりかねない。
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一般のバス路線はバス会社のHPがあれば、まず大概は時刻が書いてある。(もちろん全部のバス停の時刻が書いてあると言うことではない)また、その見方もばらばらで難しいということもあるが、まあある程度はわかるというものである。中には閑散路線は一部省略している事例もないわけではないが、そういう場合は大概「電話でお問い合わせください」となっているようなものである。
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ところが、地方でバスが廃止となり、市町村がバスの運行に関わる事例が増加してきた昨今、その地域のバス路線がどのように運行されているかわからないということがでてきている。そのような場合はむしろバス会社でなく、その地域の自治体のHPに時刻が掲載されている。更に、タクシー会社や地域の輸送業・果ては自動車修理業や自動車学校等が営業をしている路線の中には、HPもないため連絡がつかないという事例も時々みかける。

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「キャリアの一貫性形成」の意義を考える

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http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20150420
2015-04-20 キャリアの一貫性なんてマジ無用
今回ジャカルタで会った人と話してて、「一貫したキャリア形成が大事」なんて、まったくもって嘘っぱちだよねーと、改めて確信しました。
(中略)
これから就職する人はよく覚えておきましょう。一貫したキャリア形成なんて幻想です。そんなモノ、ほとんどの人には無縁だし、実際のところ、要りもしません。
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世の中は「なんでもあり」なんです。日本語情報誌の編集から、もはや転職は難しいと言われる年齢で、海外での金型メーカーの立ち上げというミッションを獲得できるレベルにはね。
しかも彼女のキャリアは、まだこれから 30年も続くのです。(中略)

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いらないという判断の先に

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http://anond.hatelabo.jp/20140803222500
■田舎に帰ったら変な宗教というか心情が蔓延していた件
8年ほどあちこち転勤して4月に地元に帰ってきて色々な人と飲んだり遊んだりしていて「PCいらないよな、スマホあれば充分」って言われてふと気がついた、この4ヶ月で~~で充分って一日数回必ず聞いてるな、と。
イオンで充分、ユニクロで充分、アマゾンで充分、地元で充分、家族で充分、ファミレスで充分、軽自動車~~~等など上げてたらキリがない。
転勤族だったので地方都市や田舎に行く度に聞いてたがそんなに親しい人がいるわけでもなかったので頻度は少なかった。ただこっちに帰ってきて老若男女必ずこれで充分と言ってるし、TwitterやFacebookでも一日に一度は必ず目にする2chやはてなでも都会VS田舎問題になると必ず田舎側の人は充分って必ず言ってる。これがマイルドヤンキーか?と思ってそれとなく言ってみたら違うらしく凄い怒られた。
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確かに田舎にはなんにもない、選択肢のあるマーケットやおしゃれな服屋、目で見て触って違いを楽しむウィンドウショッピングも出来ない、お洒落なカフェもなければ人も少ない、向上心ある人は皆都会へ出て行った。
この充分っていうのを聞くと昔海外放浪しに行こうとすると「海外なんてなんで行くの?危険じゃん」って言われたのを思い出す。
物やお金だけではなく精神的な貧しさを感じてしまうんだけど、まぁどうしようもないわな。
ただ何となくだけど凄い悲しい。
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まあ、たしかにいらないということになるなら一つの判断基準である。いらないことをいらないということは財政上仕方がないという見方もあるが、経済の成長が暮らし方を豊かにすることにならないという現実はあるように思う。

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在宅勤務についての私の考え

日本と海外の在宅勤務というのは結構違うのだそうな。
北米では、日本に比べると在宅勤務が一般的なのだとかいう。インターネットによる業務のコミニケーションが取れる業務ではエンジニア業務であっても、めったに行かないとか。「年次集会」や「業務体制変更」以外ではオフィスに行かないため、「上司の顔を忘れ」ることさえあるようだ。アメリカだと、「普段、時差があるところに住んでいる」人同士が同じプロジェクトで働くという事もあると思う。
その場合、日本的な視点ではコラボレーションによる業務はどうするのかということを私は考えてしまう。昨今はテレビ会議システムを用いる事例も多いようだし、Skypeを使った事例もある。これらの場合は海外企業との会議(意外支社やWebEx(テレビ会議システム)を使っているところを昨今良く見るが、基本個人宅へのテレビ会議システムは使うようではなく、労働意識の差もあるのかコスト意識なのか、会議システムがある拠点地域までは出向くことにはなるようである。
というわけで、日本企業でも在宅勤務をしている事例はそれなりにあるのだろうし、実際には何人かの事例を見ているが、根本的には労働成果のエビデンスの見かたの差ではないかと考えている。
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日本では15.3%が在宅勤務という調査がある。(平成21年度テレワーク人口実態調査によると全体の15.3%が「テレワーカー」というのだ。「テレワーカー」の定義は以下の通り。
* 普段、収入を伴う仕事を行っている人の中で、仕事でITを利用している人
* かつ、自分の所属する部署のある場所以外で、ITを利用できる環境において仕事を行う時間が1週間あたり8時間以上である人

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