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しらっと大いにDisる


赤い鳥『翼をください』の歌詞
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「翼をください」(作詞: 山上路夫 作曲: 村井邦彦)はフォークグループの赤い鳥が1971年2月5日に「竹田の子守唄」のB面曲として発表した曲である。赤い鳥メンバーの山本潤子が歌っている。その後、合唱曲として有名となり、教育現場にも持ち込まれる。その意味でもともとは、やや歌謡曲に近い位置の出所では会ったともいえるかもしれないが、その記憶は多くの人には薄れている。


のちFIFAワールドカップフランス大会予選のUAE戦(1997年10月26日)からサッカー日本代表チームの応援歌として歌われるようになったようだ。

ただ、私はこの歌が「竹田の子守唄」のB面曲として発表したというところが非常に皮肉と思う。というのは、A面は被差別部落に伝わる子守の労働歌を採譜したもので、自然発生的に広まったものである。

たまたま私はこの曲はよく聞く環境だったのであるが、当時のフォークはやや政治的志向を持っているある意味、壮士演歌のような意図を持っている場合もあったので、骨がある、自己主張を高く持った、そして問題提起をする事を旨としていた。そのため、「翼をください」もいわゆる思想のある歌として、やや理想論を掲げるところからきているのである。さらに、「竹田の子守唄」は一時は放送を自粛されてしまう。
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そこで、昨今こういう歌が出ている。

AKB48『翼はいらない』の歌詞
時期的にはどうも同じ1972年ごろを意識しているのだろう(MVより)。歌謡曲といってもきわめて当時のフォークに寄せてきている(営業戦略もあるんだろうが)。ところが、どうも「翼をください」の歌詞は飛躍した現実を示しているという認識なのか、曲調は似せているものの歌詞はどっちかというと「翼をください」の空想的な、やや理想論的な世界をぶっ潰しているのである。たまたま、こういう指摘もあるんだそうだが、私がもっとアグレッシブな動きと思っている。
実は、秋元氏の歌詞は明らかに商業ベースと言う場合も多いのだが、時々とんでもない皮肉や暗喩をいれてしらっとしているところがある。(初期のAKBの曲にしても、えらくぎりぎりのところを語っているというものが混ざっている)どうも、本当は皮肉や暗喩を含んだ歌詞を作りたいのだが、それを創作するためにあえて商業ベースの耳当たりのいいものを日ごろ作っているという確信犯的なものを感じる。この政治的に不安定な時期に、「サイレントマジョリティー」「僕たちは戦わない」というのも戦略的なのか、単に作りたいものを混ぜ込んでいるのかわからない。このあたりが創作者というよりもコピーライター的なものを感じ、好き嫌いが別れるところではないだろうか。そして、AKB48からのソロデビューシングルとして岩佐美咲を秋元氏はかかわっている「無人駅」というCDに、「翼をください」がしれっとはいっている。
ただし、これを言うと阿久悠も同じようなところにあると考える。彼は作風が多彩であるが、広告代理店勤務時にコピーライターをしており、商品の特長や特性別に書きわけてコピーを作ることと、歌手や番組もひとつの商品として捉えて作詞を作り出す方法を採っていた。その結果歌手によってはすざましい怨念の塊のようなもの(特に演歌に多い)をぶっこんできている。その意味で本当は自分中の考え方や信念を仮託しているというところ、(さらには歌手の育成を手がけたところも含め)案外多作の作詞家としては、似ているところが感じられる。
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このDisり方であるが、まさにこの例がふさわしいのではなかろうか。追従者のように振舞っているのだが、骨子はまったく異なるという意味で。

なお、こういうのもある。
あまりもとの歌詞を批判したということもなさそうだし、そこまでどうこうという歌でもないだろう。
チューリップ『翼はいらない』の歌詞

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