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フラッシュバック

4月の頭の事。ご飯屋さんでおそい飯を食べていたのだが、R40なる有線放送のチャンネルがかかっていた。
http://music.usen.com/channel/a22/
まいったなあと思ったら他にものりのりの人がいる。挙句の果て、「冬のオペラグラス」(1986年1月発売、新田恵利のソロデビュー・シングル)に至っては、今まで散々同僚の罵詈雑言を履いていた女性まで歌いだす始末。他方槇原敬之の「もう恋なんてしない」がかかると女々しいとかいっている人いる。私は彼には多少LGBT的なところがあるのか、女性の歌詞が自分の感覚で書けるのだと思っているから不思議には思わないが、まあある意味緩やかに時が進んでいる。
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そんな中、かかったのは「くちびるNetwork」(松田聖子:作詞  坂本龍一:作曲)岡田有希子の生前最後の楽曲。2ヶ月後の1986年4月8日に死去(投身自殺)する。豪華な作家陣容、当時の一流メーカーであるカネボウ化粧品CMと結構長い間使われた歌だった・・・。完全に私は気分を悪くしてふさぎこんでしまったのである。

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この曲自身は作詞作曲の陣容を考えても、それだけの品質があるのは衆目の一致するものであるはず。カバーが多く作られている。

ただ、時代的には私はこの曲を聞くとどうも、あまりにも厄介な記憶がでてくるのである。当然上記のように彼女は自殺をしたのであるが、この前後の状況をWikiベースで書くとこうなる。
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3月3日 堀越高校卒業
4月4日 世田谷区のサンミュージック相澤社長宅に下宿していたが、港区のマンションで一人暮らし開始
4月5日 全国コンサート全5都市(東京、名古屋、鶴岡、大阪、豊橋)スタート
4月8日 自宅マンションでリストカットを行いガス自殺未遂。北青山病院にて治療
     事務所に戻った直後の12時15分、事務所のビル(新宿区四谷)屋上から投身自殺。即死。
     同日夜仮通夜。
     報道番組やワイドショー・新聞・雑誌によっては、生々しい遺体を撮影・掲載したり、放送した一方、連鎖反応を考慮して控えた放送局、意識的に報道しなかった新聞もあった。
4月9日 太宗寺(新宿区)で通夜
      ワイドショー番組で事件が大々的に取り上げられた
4月10日 宝仙寺(中野区)事務所社葬後荼毘
4月11日 郷里の東本願寺名古屋別院(名古屋市中区)で告別式
4月15日 観聴寺(熱田区)で告別式
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4月9日以降の各所の報道は今なら閲覧中止になるような自殺直後の地の飛び散った画像もあったのだが、朝日新聞系報道ではこの写真掲載に対してあまりにもいう発言を各所で行っていたようである。(倫理的ではあり、今なら連鎖自殺防止の道理として納得できるが、当時は知る権利を忖度する報道の自殺行為と揶揄する声もあった。)ところが偶然にも私は翌日の報知新聞を見てしまったのである。つまりこの画像が曲を聞いてフラッシュバックするということになってしまったのだ。そして、この報道の結果自殺が増加したと言われ、ウェルテル効果を生じさせたことになり、影響が甚大であったということになる。事務所(サンミュージック)は昨今別件で大変であるが、このことをいまだ引きずるところもあるようだ。
そう考えると今年は30年目の佳桜忌になる。(ちなみに椿寿忌…高浜虚子の忌日・・・もこの日で俳句では季語になる)。合掌。
----------------------------引用
岡田有希子さん没後30年、多くのファンが黙祷  [2016年4月8日13時52分] 日刊スポーツ
 アイドルの岡田有希子さんが亡くなってから30年。命日の4月8日、亡くなった現場には今年も多くのファンが集い、黙祷を捧げた。
 岡田さんが投身自殺した所属事務所サンミュージックがあった東京・新宿区のビル前には、毎年その命日になると多くのファンが在りし日の岡田さんの写真を飾り、花束を捧げて黙祷する光景が見られる。
 今年もその場所を訪れたファンが、ツイッターなどSNSで岡田さんを偲んだ。アイドル評論家の中森明夫氏もツイッターで現場を訪れたことを報告するとともに、「今年もたくさんの方々が集い、黙祷していました…」と伝えた。
-----------------------------------終了
そう考えると、直接私がどうしたということはないにせよ、フラッシュバックということやPTSDということは、意図せず潜在的に起こる事であるようである。身の回りにも被爆後の広島を歩いたものがいるが、最近やっとその当時の記憶を話せるようになった。
ただ厄介なのは、いくら理性的になろうとし、理性的な思考過程を習得実践したとしても、潜在的インパクトの大きいものは消せず、場合によっては変な上書きでドキュメントとしては不合理であるのにかかわらず、人によっては死ぬまでその経緯と闘いながら生活している場合がある。それは、10数年前に政治的経緯で解雇されたり転職を余儀なくされた人が「会社内で」自殺するとか、少なくとも(それば病苦等当座の悩みであるとしても)誘因の一つになることはあるし、慰安婦問題でもこういう問題が皆無でなかろう(もし一部が変な上書きでドキュメントとしては不合理となっていても)。
よく合理主義的志向では、このようなこだわりは経営陣として失格であるという。昨今のように機を見るに敏でなければビジネスにならない環境というのは(死体に群がる蛆とまで言うものもあるが)IOTの時代では、即断即決としてますます加速されると思われる。ある意味IT技術は熟慮をしたり大量のデータ処理からテクニカル分析を行うことに使われるのもあるが、スピードに走ってしまったのである。このことは過去の呪縛にとらわれるのは愚者・敗北者というイメージになるのだが、ただ、経営者にとってはその従事者の意識が、過去のいい経験による固執だけでなく、過去のフラッシュバックするかもしれない苦難に由来しているという場合、合理的志向による社会の進展が、精神的不安定をもった人の集合体なってしまうことで企業の業務推進の足かせ、業務意欲減退となると思う危険性をわかった上で、行わなくてはならないようである。
合理的志向の企業経営・社会運営・政治活動は、丁寧な心のこもった、高度な配慮を行うことを一つの理念としている事も多いが、それは過去の記憶を消せない人間にとっては、見事に相反する内容になる。経済性の高い合理的経営をつきつめる事で利益を得なくてはならない社会が世界経済の方向性になることは、ノウハウ等を熟考する人間は、永続的には先駆的な企業にかかわれないという刹那的な生活が待っているともいえないか。そして「合理的志向」の研究機関・教育機関にもそうなるのだろうが、これは、研究機関・教育機関の自己否定にもなりうる。
参考:http://netgeek.biz/archives/69740

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