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基礎教育モデルの構築(演芸を例にとった)

技術に関してもそうだが、基礎テキストというものは最初にとっかかりの時の資質を左右するものである。
大正自由教育運動というものが日本でもあった。それは、19世紀末のイギリスにおける教育改革運動に起源を見ることができるが、従前の書物を通じた教育(教師教授者からの注入主義の教育)とは反対の、児童による「自主的・主体的」活動による児童中心主義を旨とした。またこれを志向した私立学校や師範学校附属小学校などが実験的取組を始めた。生活綴方教育は戦後の無着成恭による『山びこ学校』等にその成果を見ることができる。
但し、なにもないところに草木が生えるというものではなく、その基本的なところを何らかの基礎テキストを用いないと効果がでないという側面もある。このため少なくとも初学者と、専門教育という教育の入口出口では一定品質のテキストや、それに似たロールモデルを用いるようである。
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クラシックピアノでは本邦ではバイエルを主体に始まるピアノレッスンを用いることが多い。主に次のような教則本や練習曲を用いる。往時を思い出すと
バイエル教則本→ ツェルニー100番やブルクミュラー25番 → ツェルニー30番→ハノンとツェルニー40番・50番の併用
というフローが概ね一般的である。ただ、バイエル教則本(独人 フェルディナント・バイエルの作による)自体にもパターンの固定化・奏法の偏り(ハ長調をベースにしておりここからの変調というロジックになっている)があるなど、問題点も多く、更に革新的な奏法には対応することが難しいというい欠点もも分かっており、私が学んだころに比べ現在は必ずしもこだわりはないようである。ただそれでも、バイエル教則本は、保育士試験・小学校の教員採用試験受験科目の実技試験に指定されることがあり、スタンダードということにはなっている。

まあ、その批判としての面もあるのか、仏人エルネスト・ヴァン・ド・ヴェルドによるフランスの童謡をベースに用いて「メトードローズ教則本」なるものが昨今用いられているらしい。そもそも、日本で翻訳されているかは別であるが初心者や初級者用の教則本は用途別も含め数え切れないほどあるが、どれも一長一短があるようだ。まあ近年は、バイエル教則本を基本とし、他のテキストを加えていく場合ないしは、バイエル教則本を基本として講師が独自テキストを作る例がが、圧倒的に多い。(これは学校教育において依然バイエル教則本ベースの演奏法が正しいか否かは別にしてロールモデルとして、「共通言語」として用いられている側面もあろう。)つまり楽しいとか、演奏の幅を広げるという側面でのかたくななバイエル教則本依存は否定されるべきであるのだが、これを元にして社会で仕事をするという場合教職などでは逃れられないということになるのが依然あるらしい。ロールモデルを構築するということが指導者層にも受講者層にも硬直化を招く側面が否定できないのは、クラシックという積年の技法という内容自体がもともと持っていることではないか。

ジャズピアノを学習する時は、まちがえてもバイエル教則本から入るな・・・という言葉を聞いたことがある。これはまた違うものらしいのだが・・・こちらは私にはよくわからない。ただ基礎教則本はそれなりにはあるらしい。
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同じ技術でも技能教育等になるとまた話が代わってくる。これは身にならない人は逆に切ってもいいという排除の可能性が付きまとうからである。
たとえばこういう記事があるように(http://www.nikkei.com/article/DGXMZO85332570W5A400C1000000/)育成方法は門下の考え方でも違う。
ところで、その習得過程で話し方の練習や基礎的技術(上下の切り方や人物の演じ分けや仕草など)の養成に適し、単純で(登場人物が少ないなど)短い、前座が初めに習い覚える噺を「前座噺」がある。前座は勝手に噺を覚えるのではなく、師匠の種々の意向が加わり、系列により練習させられる噺が決まってくるということもあろう。一般的に勢いがある形で押し切るような噺が若手の初期の話し方の取得かつ舞台環境の習得には好ましいわけで、東京では「寿限無」「道灌」「初天神」「小言念仏」「時そば」「子ほめ」等を使うことが多い。これらは古典落語であるが5代目古今亭今輔は新作で売っていたこもあり「バスガール」(作:柳家金語楼)を使っていたようで、前にも書いたが 弟子の4代目桂米丸がTVでこれをじっくりやったのを見て驚いたことがある。師匠の指導方針により分類は変わる。また上方では、「東の旅」「西の旅」「南の旅」「北の旅」の四つの「旅ネタ」を基本的なロールモデルとする。但し「三十石」のように初心者向けでない(舟歌等が入ってくる)かなりの技量を要するも混ざっている。
ただし、これらは大師匠になってもじっくり聞かせるためか、噺のバリエーションを増やし客層に合わせて(たとえば小学生向きなど)使うものであり、4代目桂米丸が「バスガール」を話した時の枕は古今亭今輔や柳家金語楼の思い出から入っていった。
細かいことを言うと教授方法は3回口移しで教え、高座で独自色を付けていくというのが基本であったが昨今はレコーダーを使うことが多くなってきているようである。
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全く違う側面で言うと定席(おい)をもっている宝塚歌劇やAKB48本支店においても同じような育成手法があるようだ。
というのは、個人プレーのものでもできがいい曲は演者が段々継承されていくものがある。
例:渡辺美優紀の曲であった「わるきー」という曲はそのあとすこし歌詞を変えながら数人が継承している。

例1:

例2:

指原莉乃の「それでも好きだよ」も同様である。

例1

例2:

例3:

個人曲でない場合でも、ダンス等を組み合わせた形のロールモデルというものがあって、それこそ「アンダーガール」(アンダーと言う劇場での休みの代理をする人(代演者たち。登竜門として人気がでることも多いが、AKBグループではシングルのカップリング曲を歌うために編成される音楽ユニットとしての役目がある)が歌っていたものはその傾向が強いわけである。同じことはどうも本店から国内海外の支店(苦笑)の継承にもあると見える。そのうえ曲をコンテンツとして使いまわしするというのが大きい。この辺りは実は落語の弟子への指導をシステマティックにしたという言い方もできる。
最近、某所でカラオケをさせられることがあり、よせばいいのに「君のことが好きだから」(秋元康 織田哲郎)をうたってしまった。CDにも入っているがこれは「アンダーガール」による歌唱である。(RIVER 2009年10月リリース)

しかし、これがHKT18に持ってくると歌詞が代わり(一種の現地語化)「君のことが好きやけん」となりメインメンバーの曲になる。上記の「アンダーガールズ」として歌ったメンバーが2人いて、持ってきたという側面も大きい。

上海に行くと現地語化され因為喜歡你となる。これは一部の公演で使われる(シングル「青春的約定」に入っている)

ジャカルタに行くと現地語化されKimi no Koto ga Suki Dakara -Karena Kusuka Dirimu-となる。これも一部の公演で使うようである。(Heavy Rotation (アルバム)にはいっている)

このように知財の有効活用・リソースの再活用の側面はあるが、育成指導ツールをもって、温存しているというのは実は強いのである。
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類似の業態をもっているモーニング娘。でも定番の物はロールモデルとされているようである。考えれば現行のメンバーも、そして紺野さんも、直接歌っていた時期のメンバーではないのだから。

20151227 「紺野、日本の絶景で踊るってよ」譜久村聖・生田衣梨奈・石田亜佑美・工藤遥... 投稿者 morningmusume14
つまり、技術伝承ができるということが企業などやシステムが続く要素の一つであるわけだ。

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