公序良俗とチャリティー募金
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「おっぱい募金」の中止求めるネット署名活動開始「偽善的、性差別的なイベント」 2015年12月11日(弁護士ドットコムニュース)
エイズ撲滅に賛同して募金をすると女性の胸をもめる、その名も「おっぱい募金」というイベントが、12月5〜6日、東京都内で開かれた。このイベントの「中止」を求める署名が、インターネット上の署名サイト「change.org」で12月10日から実施されている。
●「エイズ対策のために真剣に戦っている人に失礼」
「おっぱい募金」は、「BSスカパー!」のテレビ番組が毎年行っているチャリティイベント「STOP! AIDSチャリティー 24時間テレビ エロは地球を救う!2015」で、公式サイトには「(募金をした)帰りにおっぱいを揉んでハッピーな気分になってもらおう」などと記載されている。
署名キャンペーンの発信者である「おっぱい募金を終わりにしてほしい有志一同」は、イベントについて、「女性の体も募金も、チャンネルの視聴者を増やし、企業が利益を上げるための口実でしかありません」と批判。「おっぱいを揉みたいという本音につけこみ、あたかも募金という良いことをしたように思わせながら企画への関心を集めるこの仕掛け。エロをエロとして扱わないことで公共性を高くしているという点でも、余計罪深い」と指摘している。
さらに、「募金は本来、支援先に共感してお金を出してもらうものです。しかし来場客はおっぱいが揉みたくてお金を出しただけ」とし、「このような、偽善的で、性差別的なイベントを公に行う理由づけとしてエイズ撲滅を謳われては、エイズ対策のために真剣に戦っている世界中の人たちに対しても失礼ではないでしょうか?」などとして、イベントの中止を求めている。
このキャンペーンには、12月11日18時現在、500人以上が賛同している。「change.org」のコメント欄には、「風俗ですやん」「日本の人権侵害は遂にこの最低最悪の次元まで堕落しきってしまった」「募金と女性に対する冒涜に他ならない。倫理観が問われる問題だと思います」など批判のコメントが書き込まれていた。
●参加した男性が反論「現場で感じた空気感とは異なる」
弁護士ドットコムニュース編集部は、今年の「おっぱい募金」に参加した30代男性とコンタクトが取れたため、反対キャンペーンについて尋ねたところ、次のような反論が返ってきた。
「まず、公式サイトを見るとわかるように、主催者側は、『募金をすればおっぱいが揉める』という書き方にならないよう、つまり、募金の『対価』という意識が芽生えないように細かく気を使っていました。
また、『あたかも良いこと』『公共性が高い』とアピールしているようには感じませんでした。主催者も参加者もエンターテインメントの一種として捉えていたと思います。その意味で、『チャンネルの視聴者を増やし、企業が利益を上げるための口実でしかありません』という指摘は正しいですが、それは参加者も十分理解していたのではないでしょうか。
だから、『エロをエロとして扱わないことで公共性を高くしている』という指摘も的外れです。ちゃんとエロをエロとして扱っていたことは、参加者なら皆わかっていると思います。
そして、何より楽しかったのです。お祭り感があり、おっぱいを出す側の女の子たちも、イヤイヤやっているように見えませんでした。
『募金の活動実績がわからない』という点のみでこのイベントを糾弾するなら理解できなくもないですが、その他の指摘は現場で感じた空気感とは異なります。万が一、この署名によって来年から開催されなくなったら、寂しいことこの上ないですね」
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まあね。私は好みではないのだが、知人がこれにかなり前いったということを聞いており、概ねこの30代男性と同じようなことを言っていた。
私自体は、おっぱい星人でもないし、「BSスカパー!」でPAYチャンネルの契約もしていない。そのため、行事の存在は知っていたが、特にこれを知って「BSスカパー!」の契約につなげるというわけではないようである。たしかに倫理的側面からはちょっとなあーという気はする人が多いのは理解するのだが、元来PAYチャンネルにおいてであるから、地上波とは違う側面はある。
さて、チャリティーというのはなにかという定義は考えるべきである。
チャリティー(英: charity)とは、慈愛・博愛・同胞愛または慈善の精神に基づいて行われる公益的活動・行為・組織のこと・・・なんだそうな。また、日本におけるチャリティー番組としてはこのようなものがある。
1975年『宮城まり子のチャリティーテレソン』(近畿放送=KBS京都))名前を変え2005年まで
『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』(ニッポン放送・NRN系列)現行
1978年『24時間テレビ 愛は地球を救う」』(日本テレビ系列)現行
2003年『24時間テレビ エロは地球を救う』(パラダイステレビ・スカパーJSAT等)現行
チャリティーとしての定義としてはCM収入がある場合は本当にチャリティーなのかということになるという厄介な話もある。欧米ではチャリティ番組で出演者にギャラが生じるのは非常識らしい。ここに詐欺的な募金(募金詐欺)まで混ざってくることもある。
たとえば『日本プロ野球の「チャリティー試合」』の場合、プロ野球選手の給料は年棒制であるから基本的に「チャリティー試合」で得た売り上げの一部が寄付にまわされる。但しそのために借りた球場や経費は、当該球場が実経費を請求し寄付を行わないということもあるわけである。そのため直接経費・間接経費を抜いた「売り上げの一部が寄付」ということになる。つまり、チャリティー行為に対し協力する人もいれば協力しない人もいる。チャリティー行為自体を否定する上に抹消したがる人がいることは想定されていない。
ゴルフにおいても「チャリティー試合」はあるのだが、全く同じ問題がある。「チャリティー試合」をやっているゴルフ場の人に聞いたことがあるのだが、チャリティー大会の時は希望者を募り、交通費以外は支給されないとしたところ、決して潤沢な給与体系でない保守業務者はそんな余力がなく、人が集まらなくなってしまい、また労働法法規の問題もあって、結果的に運営会社持ち出しとしたようなことも聞く。
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つまり、この場合問題なのは、チャリティー行為に対するポリシーの明確化、募金の活動目的と実績の明確化(強いていれば第三者認証)、各自の自由意思によって寄付行為がされていることの明確化である。そのチャリティーの倫理性の有無は基本的に他の法律に規定されない限り自由意思の中では二次的でしかない。
後者は、「尖閣列島を買い取るための寄付金募集」のように、その人の意志によって倫理的にOKかNGかが分かれるものがある場合でも、寄付行為自体は会計処理が適正化され公開されている限りは問題がないということになる。
そう考えるとこういうのがあるなあと思った。.ヌードが性的なものか美的なものかはあるんだろうが。..
● シドニー大学の獣医学部の学生達が、チャリティーカレンダーの撮影の為にヌードになった。収益は全て干ばつの影響を受けた家、農家、動物をサポートするために使われる。
●バーミンガム大学の女子大生は乳がんのチャリティーに寄付するお金を稼ぐためにヌードカレンダーを発売. モノクロ画像で11月30日に発売する. 値段は8ドルで売上は全て乳がんのチャリティーにされる。
●オックスフォード大学 女子ラグビー部員がヌードになった理由 :チャリティー事業や所属競技団体の振興のために自らの鍛え抜いた容姿を生かしてひと肌脱ぐ(ヌード)美女アスリート
●元気な農家女子がチャリティカレンダーでヌードに -
●イギリスのダッドリー動物園の飼育員たちが運営資金のため、チャリティカレンダーでヌード
●乳がん撲滅チャリティのため写真家 蜷川実花が撮った10人のヌード 10WOMEN
このうちシドニー大学の獣医学部の学生は男性も混ざっている。
ただこのような活動自体さえも反社会行為という意見は英米加でも依然あるらしいし、このような活動に対し自己満足に堕したチャリティーという見方は、相当前からあることである。つまり基本的にはチャリティー活動に限らず活動はどのようにしても反社会活動とみられることはあるわけだ。アイスバケツチャレンジにしても、自己満足に堕したチャリティーという見方もできてしまう。
とまれ奈良時代の行基は道路・橋・池・水理施設など宗教的なバックボーンを元に公益的な活動に携わった。しかし民衆を煽動する人物とか、僧尼令違反などでするとされたことから弾圧を受けたこともある。その後は社会福祉事業に尽力する仏教僧が中世日本には多数存在したが全部が全部評価が高いわけでなく、政治の庇護等を叱責される側面も大きかった。つまり基本的には評価自体はいくらでも変わるわけで、実際近年チャリティーセミヌードTシャツで公学校を設立するプランを立てたものの、寄付先がセミヌードTシャツによる募金活動を辞退したというのもある。
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もちろん、募金活動といいながら性的なお祭りをやってるならば女性は嫌悪感を抱く場合もあろうというのはやっぱり缶あげることである。そのため、この主催者もおっぱい募金の女性版として、男性の局部に触れることが出来る「玉もみ募金」を企画した時期があったらしいが、こちらは希望者がいなかったというのである。(まあアダルト配信の関係だから母集団自体が男性に偏っているだろうしw)
そう言えばAV関係者(ないしは過去にAV業界に係わった人)には性風俗関係者ということとは別に疾病に関する募金活動を熱心におこなう人が多くいる。たとえば「エイズ啓発の活動のために募金してくれた人にコンドーム配布」をやっている女性は少なくない。そして多くは本当の意味での持ち出しだということも聞く。身近に問題意識をもっている人が多いかららしい。そのように問題意識をもっていても、寄付ができるほどの金もないAV関係者はいるらしく、このような活動に参加するということで労力で奉仕(つまりおっぱいを出している事が寄付である)という方向性を否定することができるかというと、どうもしにくいとは思うのである。偽善的という意見はチャリティーには全て付きまとう。しかも性風俗関係者にはエイズ撲滅は意識をもっている人も多いらしい。エイズ対策のために真剣に戦っている受益者は、このAV関係者にもかかわるわけである。
たしかに理念的には受け入れられない人は男女ともにおろう。そのような人に対して強要するべきでない活動である。しかし、あくまで、『募金の活動実績を明確化する』前提があるならば、寄付先が容認する以上活動自体を容認するべき行動という気がする。そもそも全員がエイズ対策のために真剣に戦っている受益者に近い立場であるんだから動機は充分あろうし。(そして、男性にとってもある意味エイズ啓発を意識する人よしんば不埒な動機ではいても、その意思を否定できないのである。)
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