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国家資格と「上に政策あれば下に対策あり」(1/2)

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「社員をうつ病にさせてクビにする方法」提案する社労士 厚労省が「非常識」と驚くブログの大炎上 J-CASTニュース12月3日(木)18時51分
企業に従業員の「ストレスチェック」を義務付ける制度が2015年12月1日に始まるなど職場のメンタルヘルス対策に注目が集まるなか、名古屋市内に事務所を構える社会保険労務士がブログにつづった内容が大きな波紋を広げている。
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「社員をうつ病に罹患させる方法」と題して問題社員を退社させる方法を指南する内容で、ネット上で「労働問題を悪化させている」「吐き気がする」などと批判が噴出し、懲戒処分を求める声も相次いだ。厚生労働省の担当者も「品性に欠ける」「非常識」「反社会的」などとして、ブログの内容を改めて確認する考えだ。騒ぎが広がった影響か、12月3日17時時点では記事は削除されている。
「モンスター社員首切り支援」「組合(ユニオン)要求潰し支援」が看板サービス
この社労士には「プロの首切コンサルタントが教えるクビ切りのカラクリ」(秀和システム)といった著書があり、事務所のウェブサイトでは「ご提供するサービス」として「モンスター社員首切り支援」「組合(ユニオン)要求潰し支援」などを掲げている。ブログでも 「モンスター社員の解雇方法」「会社がやれることは何でもやろう」といったテーマで連載が続いていた。特に問題視されたのが11月24日に「社員をうつ病に罹患させる方法」と題して掲載された内容だ。(中略)ブログでは、会社側が抱える法的リスクにも「配慮」している。

「そして万が一本人が自殺したとしても、うつの原因と死亡の結果の相当因果関係を否定する証拠を作っておくことです。なぜなら因果関係の立証は原告側にあり、それを否定する証拠を作成しておくことは、会社の帰責事由を否定することになるからです。したがってそれができればうつ病自殺されても裁判で負けることはありません」
「モンスター社員に精神的打撃与えることが楽しくなりますよ」
そのうえで、 「モンスター社員に精神的打撃与えることが楽しくなりますよ」という文章で締めくくられている。
社労士法の第1条では、その目的を 「事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資すること」 と定めている。今回のブログの書き込みはこれに反するばかりか、パワハラをそそのかしているとして、ネット上では「懲戒請求すべき」といった声が広がった。
----------------------後略
社労士のビジネスには、
(

1)経営者の手足や懐刀として動く、
(2)手続きや給与計算に特化し、事務処理専門
(3)対労働者に対し、年金制度などや労働法についてアドバイスを行う。

という形があると聞く。(2)の形が多いが、上述のように市場開拓ということがあまりできない現状にあるし、収益特性もきわめて堅実だが伸びもない。(3)はNPOなどのシステムで活躍するが、どちらかといえば誠実なものの、企業内社労士をしていた後に定年退職後社会貢献をしているとか、他の資格のダブルライセンスによる業務に社労士の仕事を取り込んでいるというものなど、単独での収益スキームは高くない感じがする。この人はビジネスモデルを(1)としているのだろう。
もともと、社会保険労務士は、 「事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資すること」を目的として設定された職種であるから、すくなくとも、労働者等の福祉の向上に資すると言った段階で社員をうつ病に罹患させるという論旨はこの内容に離反しているということが言える。その意味で叱責がでてくるのはあろう。だから、国家資格である社会保険労務士が資格に従った指導業務として、「モンスター社員首切り支援」「組合要求潰し支援」が看板であるというならば、そもそもの問題はこれをうたい文句にすることが社会保険労務士においては不適格な行為であるということ、また、「プロの首切コンサルタント・・・・」という著書自体にも指摘があるべきである。そう考えていると、一流ビジネス書出版社による著書出版を含め、そこで本来は従前に誰かが指摘するべきことではなかったのかと思う。このようなことを公開して書くのはネットリテラシーないなあという話もあるが、それ以前に書籍で公刊されているということならば、ほんとうならそこで問題になるはずである・・・ということは、このようなことを考えるところまで追い込まれている、ないしは、利己的だったり弱肉強食的社会こそ資本主義の目的と考えて行動することを信条としている、この本を書店で手に取るビジネスパーソンにとっては、何らこの記載は問題にならなかったわけである。

もちろん、そのうえで社労士法における懲戒事由には 「社会保険労務士たるにふさわしくない重大な非行があつたとき」に該当するかというのは、現実に被害が生じた問題があっての案件らしい。(この記事の後には、詐欺行為の加担・会社側から助成金の不正受給を持ちかけられ逆に指南という懲戒事例がある)
ということで「国が資格を与える」ということは国がその資質を認証して国の方策に従った前提で独自の視点で業務を実施するという前提であると、このような発言は「国策に対して反している」という意味では、この記述に対する各方面の指摘は意味あるものと考える。
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ただし、「社員首切り支援」「組合要求潰し支援」ということ自体は、公的肩書をもたないコンサルタントだった場合は否定できないのが現実である。 「モンスター社員」なる社員が権利を盾にのさばり、雇用側がこまり、企業全体の体力低下を招くことは(客観性のある意見かはともかく)多々あるようだ。解雇するテクニック自体の存在は否定できないが社労士の職務にあるのが妥当性があるかは疑念をもつ余地がある。「事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資する」ことがともに求められていることが認識されていない場合、即ち「事業の健全な発達」「労働者等の福祉の向上」に対し別々のコンサルを求めることにしたいということは多い。更に社会保険労務士の専任業務が可能でかつ 「事業の健全な発達」のアドバイスを求められる場面がコンサル業務で求められる場合しか、付加価値のある市場がないということはあると思う。
社会保険労務士は市況飽和の現在、元来の「労働関連法令や社会保障法令に基づく書類等の作成代行」等の事務処理業務に関しては中小企業、零細企業を対象としている場合、必ずしも業態を広げる形にはなく、その中で業務を維持する前提では、人事・労務管理業務は先細りである。顧客は基本的に企業である。
ここで注意するのは業務対象としては労働者等の福祉の向上ではあるが、金銭で対価を払うのは企業であり、労働者の福祉向上に反映されるの間に、企業の倫理性に一意依存するし、クライアントの倫理性は受け側での担保は業務を受けるか断るかの2分法に陥る。したがって、企業にとってあくまで企業の意図に反した指導を倫理的に行うことになれば、そのような社会保険労務士は、特に社会保険労務士が一般に多い地域では排除されてルーチン業務(しかも段々単価が下がっていく)のみを行う業務しか得られないという、倫理観に従った行いは収益性に逆に考慮されるということがどうもあると思う。
「企業を経営して行く上での労務管理や社会保険に関する相談・指導」が雇用確保面に直結するほど企業収益が極めて低い利益率となっている企業では、労務管理の指導自体が人員の法規制に引っ掛からない人員整理を提案することになるわけで、国が求めている企業経営に関する倫理観を求めるならば「保険業務」以外の業務に対して社会保険労務士が淘汰されるという場面はあろう。
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倫理観の熟成が士業の資質の大きな要請であるが、これは政策立案・行政執行方、かつ資格を授与し、資格を統制する型では当然国策に応じた対応をしなければならないという論理である。ところが、コンサルにおいては、そのような規制や社会的規制を回避して、いかに企業経営を継続させるか(莫大な利潤を得るということではなく、雇用を確保するとか、むしろネガティブ面の対応というのがほとんど)である。このため、倫理観の熟成があっても顧客によってこれを使い分けるしたたかさをもつことが求められているものの、倫理観が熟成されていることと使い分けを行うことは見事に相反している事項である。その意味で国の政策に近い業界や国の政策に影響を及ぼす規模の企業では、「倫理観の熟成」を業務委託先の士業や従業員に求める側面がある。しかし、エンドユーザーに近い業界では回避策・リスク分散・リスク転嫁という対策側の業務が多いため、倫理観を熟成すると考え方の固着化・業務転換の支障になり、業務再委託先である士業によっては峻別・忌避の対象というところまで及ぶのである。
「上に政策あれば下に対策あり」(上有政策、下有对策)という中国語の成句(見事に対句であるな)のように、中央政府などが、いかに理想を追求した政策を施行しようとも、民衆はそれを潜脱する方法を考え政策を骨抜きにする行為は日本でも生じうるのではないか。中国では太古の時代から現在も政治は市民の関係のないところで動いている。市民からは支配だが、中央から考えれば調整である。そして自分たちの代表とは思えないから「大きな力」に手元で対抗する知恵が生まれる。自律された社会構成には規模としてもなりにくい規模では自分を「大きな力」から守ることが先になる。自分を犠牲にして社会の調和をつくる発想は生まれない。その意味で日本の場合はある意味手の届く範囲では、政治活動などでの声をあげることが先行される時代がつくられてきている。しかし、今や企業によっては海外からの収益がほとんどという企業があると、国策を従順に守る必要が薄くなってきている場合もあるし、また極めて倫理的に問題がある企業とて収益の高さが「成長戦略」に合致するという「上の政策VS下の対策」の認識の違いさえこの日本でも生じている。
企業経営系コンサルの場合、人材育成ではなく実務支援の場合は特に、いかに法律に触れない(倫理的な問題は切り離して考える)形で、具体案件を実施していくかということに専門家に金銭を支払うことが昨今多いようである。倫理観に基づいた正道な指導を期待する場合は無償にされかねないリスクが高い(その分企業側も従事者の資質も高いのか研究しているということではある)。そのため、正道の指導を行うある意味倫理性の高い専門家が全く収益性が取れないでいる(また反対に、そのような倫理性を貫くために、経費以外は持ち出す社会貢献分野に転じる専門家までいる)ことを経験している。

まさに、12月からの改正労働安全衛生法の施行によって始まる、ストレスチェックに関してさえも、経費アップのために事業経費の上昇に苦しんでいる場合がある、これは特に昨今投資回収額が低く管理経費を増加できないことから、いままででなら容認をしていた微小なコストアップを吸収できないということから、事業譲渡や黒字廃業する企業がままあるともいうのである。そうなると、上有政策、下有对策に従順に対応できない人材は、法律的に必要な資質があっても雇用できなくなるわけである。さらに、ストレスチェック義務化で、企業は1年に1度は従業員のストレス調査を、医師や保健師などの専門家に依頼して、社員のストレスの程度をチェックする。結果は、医師などの実施者が従業員に通知する仕組みだ。本人の同意がなければ、ストレスチェックの結果を企業に伝えることは禁止されているが、実際は医師は企業から直接的か間接的か雇用され、個々のディフェンスは倫理観の熟成が 医師や保健師(という広義の士業)の資質であっても、雇用の問題が絡むと仕事を投げるしかならなくなるということに陥るようである。
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こうなることから考えると、本件に関する社会保険労務士の業務に対しては、労務管理や社会保険に関する相談・指導業務を極めて細部まで規定し、経営専管事項に交わらせないような規制をすることしか抜本的な対応はないと考える。これは上述(1)のビジネスを「社労士の肩書きを使って行うことの否定である。(この業務をする場合は資格を持っていても当該業務の際に用いられないという規制)本当は本邦では士業と契約企業は平等な立場にあるという解釈が主流なのだが、(米国流の)クライアントとコンサルタントの契約書式のように隷属性と契約有限性の並立契約が、どうも今後は増加することになると思われる。概念の幅広い「倫理性」の言葉では抑えられない、一定の歯止めが必要だからである。

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