インドネシア高速鉄道入札の件
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中国案採用「技術よりお金」高速鉄道で担当閣僚 2015/10/3 読売新聞
【ジャカルタ】日本が受注競争で敗れたインドネシアの高速鉄道計画で、中国案採用を主導したインドネシアのリニ国営企業相が1日夜、ジャカルタで読売新聞などと記者会見し、「技術は全く関係なく資金調達に関する条件で(発注先を)決めた」と述べ、日本が売り込んでいた新幹線の安全性や技術力は重視しなかったことを明らかにした。
リニ氏は「政府支出がなく政府が債務保証を行わないことが重要で、自動的に中国になった」と説明した。
インドネシア政府は9月4日、日中双方の案を採用せず計画を白紙に戻すと日本側に伝えたが、29日に突然、中国案採用を表明した。リニ氏は「政府ではなく企業が進める案に変更したので『政府は事業をやらない』と言った。完全にやめたわけではなかった」と釈明した。4日には別の閣僚が日本側に「改めて事業者を募る」との説明をしていたが、「私は(その説明の)理由を知らない」と述べた。
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インドネシア高速鉄道の中国受注で投資家困惑 The Wall Street Journal. 2015/10/1
【ジャカルタ】日中が受注合戦を繰り広げていたインドネシア・ジャワ島高速鉄道計画は、白紙化された直後に中国が受注するなど迷走したことから、インドネシア政府の対応について外国企業に戸惑いが広がっている。
ジャカルタの情報開発研究所(CIDS)のエコノミストであるU氏は、「インドネシアのインフラ・プロジェクトの入札プロセスが、いかに面倒で、特に外国の投資家の意欲を削いでいるかを浮き彫りにした」とし、「外国勢は入札が系統立っていて透明性が確保され、品質ベースであることを望んでおり、日本が不満を持っているのは明らかだ」と述べる。
インドネシアの2015年上半期の外国直接投資は前年同期比で2%減少した。今年第2四半期の経済成長率は、パーム油や石炭など中国向け資源輸出需要が減退したことから、4.7%と6年ぶりの低水準に落ち込んだ。ルピアの対ドル相場は今年に入って18%超下落している。株式市場は、外国ファンドの資金逃避を受けて、4月に付けた過去最高値から24%近く下落した。
それでも多くの外国企業は、2億5000万人の人口を抱えるインドネシア市場への参入を図っている。(中略) しかしその一方で、多くの投資家がインドネシアへの投資を控えたり、再考したりしている。(中略) 日本勢が手掛ける総工費40億ドルのジャワ州火力発電所建設計画は、用地買収問題から何年も棚上げされてきた。ジョコ・ウィドド大統領がプロジェクト遂行のため介入したが、先行きは不透明なままだ。ジョコ大統領は、明確でない法律や頻繁に変わる投資規則に対する外国の投資家の不満に取り組もうとしないというインドネシアのイメージを一掃しようと四苦八苦している。8月の内閣改造では経済チームを一新し、それ以降2件の投資規制緩和策が打ち出された。
ジョコ大統領は、同国の競争力を向上させるための港湾や鉄道、発電所の建設計画に大量の資金を必要としている。そのほとんどは、外国勢に依存せざるを得ない。そのため同大統領は、日中韓などの投資家に売り込みを掛けており、10月には訪米して投資誘致を呼び掛ける意向だ。
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まず、インドネシアにおいては近年鉄道、都市交通に関しては日本の中古電車(205系)を極めて大量に導入し(個人的には日本でも廃車は早く、しかも地域輸送では今も活用している車両)昨今は、その補修体制の構築指導に関しても支援している。このようなことを考えると、全体的な鉄道技術力としての評価ではないのだろうとは思っていた。逆に、予防保全を柱とした人材構築を伴わない限り、インドネシア高速鉄道は少なくとも維持できない無用の長物となるという認識であり、そのことを考えないと中国の単価設定は魅力的である。
この人材育成というのは国によってはかなり難儀なものらしい。長年海外に技術指導をしていた技術専門家に話を聞くと、
「一部の国を除き、キーマン・基幹技術者はすごく優秀で、ここでの技術指導はスムーズ」
「優秀な相手国キーマンが他の同国従事者に技術教育をして、技術が伝承される素地がなく成果がない」
「結果的にはまた機器導入元からの指導を仰ぐはめになる、ないしは機器を一定年限で償却すると廃却」
「人材育成が無理な場合、キーマンを育てず、部品交換のみのマニュアル化(アメリカ式)が好適な場合もある」
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とか、国情によって定着するところ、定着しないところ、反発のため国民感情が悪化するところということがあるようだ。少なくともフルターンキーシステムでしか設備導入ができないということになるなら、さてこの鉄道に関して関与することが相互の関係に関してメリットがあるかをよく考える必要がある。
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今回の場合は、資金調達面から発注先を決めたというのである。先にあった入札中止のときに言われた理由は以下のとおりである。
①中国と日本のどちらを選んでも、選ばれなかった国との関係が悪化する。
②ジョコ大統領は国内の地域偏差をなくすことを公約にしている。首都圏では「政府の資金を投入せず、民間資金で建設、運営できる高速鉄道を作りたい」と言っていたが、どちらの案も最初は条件を満たさなかった。
③距離が150キロ程度なら、最高時速160キロレベルの特急を走らせれば十分。
④日本技術導入に積極的な大臣が、別件の通商問題で更迭された。
ここで①の問題は、投資先の拡大を意図しているインドネシアにおいては、たしかにある気がする。しかも技術の起源がどうであれ、新幹線起源の技術ということになるのだから、たいして基本技術自体は関係がない。その意味で、単なる機器導入のみを成果とし、定着は次段階とする視点ならどっちを取っても同じだ。
②については、たしかにインドネシア首都圏のみ経済的に盛り上げてもということになるのは政策的意図のため、こちらがどうこう言うことではない。但し、これが、全額相手国投資で(自国負担をなしに)行うというのは、経済原理を度外視した手法で容易に覆されてしまった。ということになる。
③の距離150キロというのは九州新幹線の先行開業区間(新八代-鹿児島中央)が実キロ126.8キロ、残余の博多-新八代が130.0キロ 東北新幹線盛岡-新青森間が179.4キロということを考えるとまあ普通の特急電車でも技術的には当面困らない。但し、この面で中国が速度を落とすと入札メリットがあるのは、新幹線以外の高速鉄道(独・加の企業の高速車両技術)も導入しているが、こちらをもってくるというのがあり、こちらの方は中速鉄道には向きである側面がある。だから、最高時速160キロレベルの特急を走らせれば十分というのは現段階では一つの理由になる。この点、相手先に合わせて技術力を提案することができなかったのかという意見があるのだが、日本の技術ではこの辺りの技術は達成は十分できるものの、これをして投資額が落ちるかというとほとんど変わらない。しかし線路まで新設(元々インドネシアの鉄道は日本と同じ1067mm軌道であるが新幹線は標準軌1435mm。中国の高速鉄道も標準軌1435mm。今回も)すると、特急を手ごろなスペックにして新幹線の半額の予算で実現できということも期待薄である。線路敷設の方がコストを支配する。となると投資スキームの方が重要視されるというなら、政治的判断として甘受するしかないと考える。
もっとも、インドネシアにとっては日本は最大の援助国で、従前から日本のODAも活用して基盤を整備してきた。今回の件は、技術にせよその立場から援助していくだけでは関係が保てないことを示す。結果的には「経済力」以外に日本は評価されていなかったという憂いをもつ人もいるだろう。けど、文化も違う中での国家間の付き合いというのは、つまるところ国力どうこうということよりも、結果的にはお金という側面しかないという場面がある。国家間の信頼はその国の(平和的な側面を含めた)安全性ということではなく、経済性と経済性を保つための(軍事力を含めた)支配的姿勢であるという、身も蓋もない考え方の方が支配される事を露呈したともいえる。
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これとは別な意見を聞いた。というのは日本に限らず、海外のODA等の投資をインドネシアは期待しているのだが、そのあとの投資額回収は別として、「この機器を導入したから国が発展し、人々が暮らしやすくなった」ということによる他国に対する心理的影響を国民がもつことを避ける、国民性・社会特性に配慮した結果ではというのである。
実は、たまたま、9月の段階で有名ブロガーのちきりん氏が寄稿しているのがあるが、ジャカルタもバンドンも、街中の渋滞がひどく、りラストワンマイルの改善である市街地公共交通や道路の方が経済効果が高いともいえるという。これは当地の経済支援を行っている人間にも聞いたことがある。上述した205系の大量導入はまさにジャカルタ首都圏の交通改善である。新車の電車の導入では納期的にも工程能力的にも追いつかない情勢になっているのだそうだ。一方バンドンとて280万人の人口があるそうだが、こっちは都市交通の改善(排ガスの制御も含めた)ができないほど急速な人口集中に悩まされているということらしい。しかし特急を手ごろなスペックにして新幹線の半額の予算で実現できるかというと、そのコストの多くは標準軌新線建設による土木工事コストである。つまり低速にしても軌道・隧道の新設ならば総コストはさほど変わらない。だとすると(自国の人材を活用するということがすぐさまでは無理というならば)中国の作業者を導入してさっくりと作ってもらう・・・ということの方が成果が上がるというトップの考え方は、日本の支援の考え方とは相いれないということになる。
日本の考え方では「相手側にも技術蓄積のある支援をすることで、お互いにWin-Winになる」ということを強調するのだが、彼らにとっては自国で鉄道技術を蓄積するような産業基盤も、技術を保持する姿勢を国民に期待できないという考えはある。そう考えると、以前から日本は現地企業に鉄道関係の技術供与をしてきたが、身にならないということがあった(割と最近日本から輸出した車両はそれなりにレベルが高かった(205系より最新技術)のにも関わらず、最近老朽廃車させてしまった。熱帯地域に合わないということにしては一斉廃車は変である。機器補修技術が一向に育たなかったのではないか。
一時、当方は全然別件のインドネシア支援案件に関わったことがあるが、この時も「ODAはスペックが高い。もすこしロースペックで、人材育成を伴わないようなものでは、効果は得られないのか」という執拗な指示を見たことがある。運転技術者の技能を伴わないと、投資した機器は数年で無駄になるよとは技術者の責務をもって言っているのだが、どうもそれは国内的には人材に期待すること自体許されない条件にしているようである。つまりこの要望に対応した設備納入がフルターンキー契約であるといえる。(「フルターンキー契約:プラント輸出等にて、設計から機器・資材・役務調達、建設及び試運転まで全業務を、一括定額で、納期・保証・性能保証責任を負って請け負う契約。プラントの「鍵」を回しさえすれば稼働できる状態でオーナーに引き渡すこと。)
多分、今回の受注で中国は土木作業員自体を連れて全部自国責任で作業し、インドネシアの人材の活用・教育はせず引き渡す、即ちフルターンキーであろうと考えている。これは、それなりにも中国は、人材の絶対量を武器に技術を自国で消化しているということは、中国を評価することとは言える。
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また、政府トップの退任で代わる体制ということも、それなりに問題である。中国案の実現にはそもそもの(インドネシアが求めた)計画に無理があるというより、インドネシア政府の計画実行力にも問題があることも言えるのだ。インフラ整備の課題はどの地域でも(当然バンドンでも)山積しているにもが、実行が遅々として進まない。要するに計画立案はともかう、実行には極めて問題が多い。聞くとジャカルタの交通システムなど日本勢が受注して来た案件は、実現に多大な苦労が伴うものだったとか、頓挫したプロジェクトが多い(上述の案件も、政府方針が頓挫し特定目的会社も解散することになった。)このことから、もともと無理な案件だから「受注できずに幸い」と、負け犬の遠吠えといわれながらも気にせず、胸をなでおろす関係者もいるようだ。
それと、中国が作るにせよ、その作った機材・設備が使い物にならないという場合、日本にも技術的支援が回ってくるということに対しては、まだ商機は多く残ってはいる。いくらかの基本技術が日本と変わらないところが大きいことは有利かもしれないと思っている。
そう考えると、日本が負けたといわれているが、いくらか追加の発注がくる可能性があるということを考えると、(基本計画を横流しされたという問題点と、この基本計画を立てるコストが膨大で、後処理どうするということはたしかに厄介であるのだが)、やけどしそうな案件からは逃れたということにしておいた方がいいのではないかと思う。
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ところで、9月の段階で有名ブロガーのちきりん氏が書いていた記事なのだが、ちょっと気になる記載があった。もちろん彼女の考えているところとは異なる結果になったのだが、それを批判する・・それみたことかと非難する・・・のは、当方の意図とは正反対である。
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日本政府は今後、原子力発電所や新幹線(高速鉄道)、衛星打ち上げ事業や上下水道システムなど、様々な巨大システムを海外に販売したいと考えています。
こういったインフラの輸出事業が、新たな日本の基幹産業になればと期待しているのでしょう。
しかし、古い時代に経済発展を成し遂げた日本や韓国、そして、「国作りは当然に国家の仕事」と考えている共産国(中国、ベトナムやビルマ)などはともかく、普通の資本主義国家であるインドネシアを含め、これから経済発展を始める国は、
・宇宙開発が民間資金でできる時代になった。社会インフラへの投資も、税金ではなく民間資金で実現する方法を探るべきである。と変わっていく可能性があります。
・道路やダムなど、古いタイプのインフラだけに巨額の資金を投入するより、情報通信など新しいタイプのインフラにも予算を配分したい。
・そのためには、コスパのいい「こなれた技術」を導入することもひとつの選択肢になる。
つまりこれから発展を始めるアジア、アフリカ、南米の国では、日本式の開発経済学の常識とは異なるスタイルで、経済発展を目指し始めるかもしれないってことです。
そうなれば、
・「民間が大規模なインフラ投資を主導するなんて聞いたこともないぜ!」的な霞ヶ関が主導し、
・古いタイプのインフラ開発以外やったことのない日本 = 未だに「新幹線に求められてるのは、もっと早く走ることだ。だからリニア作るぜ! 新幹線の中の wifi を誰にでも使いやすくしろって? そんなこと全く重要じゃないでしょ。そもそもそんなの“インフラ”じゃないだろ?」的な感覚の日本企業は、
今後の国際社会におけるインフラ輸出競争において、あんまり有利な立場にはたてないかも?
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コスパのいい「こなれた技術」を導入することもひとつの選択肢になるということは、実はトップにそれなりの知識層が構築されているインドネシアは気づいているし、案外日本からのODAとかでも「この方がリスクすくないですよ」という言い方で売りにしている側面はある。205系中古電車の大量輸出と保守技術の指導もこれだ。ただし、社会インフラへの投資も民間資金で実現する方法を探るべきで、そのために投資する企業を探したいのだが、この胴元がかの国でのコングロマリットとか、海外の投資家という、経済の論理で働く企業に支配されており、その国で融通を利かせることのある「団体」が国家しかないという場合がある。この場合、中央官庁主導ということよりも胴元が中央官庁しかないという場合もあると考える。
投資という場合「化ける」ことを期待する。こなれた技術はリスクは少ないが、予想以上化けることもまたない。つまり、出資者側にとって、化けることを期待するより予測がつく技術の普及の方が、確実に収益を得られますという見極めするような心理が求められるのだが、その熟成は制御できる体質のものではない。
民間が大規模なインフラ投資を主導する例は日本でも土地開発などでないわけではなく、民間資本の蓄積がある地域ではままあることなのだが、公平性の担保という意識が極端に強い(「結果平等」が求められる社会秩序で「機会平等」は副次的というのもおなじ側面である)ため、「民間が大規模なインフラ投資を主導する」ことが不信感しか育たないということを考えると、不信感からインフラ投資がまとまらないため中途で失敗する。
もうひとつは、相手のスペックに合わせたコスパのいい「こなれた技術」は、逆にレガシー対応になってしまい、性能は悪いが価格は下がらないかむしろ上がる場合である。別に「新幹線に求められてるのは、もっと早く走ることだ。だからリニア作るぜ」といってもリニアの運賃が見合わなければ、会議とかららTV会議等で済ますことにもなるわけでうまくいなないことになる。しかし、「こなれた技術」がそろばんに合わないけど使われている場面は結構あるわけだ。
ちなみに「新幹線の wifi を誰にでも使いやすくしろ」というのは私も強く思うのだが、「そんなの“インフラ”じゃないだろ」というより、経営サイドの見通しとして、投資効果を得る前に各個人が自分で線路外のwifiを使う機器をもつことになり、着手コストは鉄道会社としては見合わない」と考えてる気もする。
むしろ、今後の国際社会におけるインフラ輸出競争は、相互の国際協力による善意は、大きな収益特性になりえないという視点から(減少こそしないだろうが)伸びないのではないか。胴元(そのほとんどは各国の投資家・共産国における政府)の棍棒外交に似た脅しの姿勢の形をとり、中堅人材がそだたない国でのインフラ輸出が伸びる。今回の安倍晋三内閣による国策方向転換も、思想による善意より、強欲でも(善意にコーティングされているが)実益。そのような指向は否定できないと考える。
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