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撤退戦略を立てるようなものには投資しない

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なぜ地方は撤退戦略を持たず事業をするのか  「撤退なき消耗戦」で地方は衰退する  木下 斉 2015年06月23日
(前略)地方活性化事業の基本計画などを見ると、もし失敗したときの撤退戦略について書かれているものは皆無といっていいほどです。本当にまったくないのです。
計画の初期段階から責任の所在が不明確
これはどういうことでしょうか。撤退戦略とは、「ある事業がこういう条件を満たさなかったら中止、当初の計画である、この水準を下回ったので撤退する」という要件を入れることなのですが、これがまったくないということです。
地方自治体などの事業をウォッチしていると、「最初は活性化を目的に始まった事業が途中からうまくいかないことが判明し、事実上計画は失敗している」というケースが山のようにあります。
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しかしながら、ほとんどの場合、責任の所在が明確化することを恐れ、無計画に資金を入れ続けてしまうのです。そして気づいてみれば、累計でとんでもない巨額の資金を垂れ流してしまう。「地域活性化の起爆剤」となどと言われ期待されたプロジェクトが、まったく別の意味で起爆してしまうなどという笑えない話が各地で見られます。

地域活性化事業を経営の視点で見るとき、「いかに成功するか」ということ以前に、「失敗した時には『適切なタイミングで致命傷にならないうちに撤退する』ことをあらかじめ決めておく」のが大切なのは言うまでもありません。なぜなら、企業以上に「ゴーイング・コンサーン」(=継続性)と向き合うことが地域経営の基本だからです。
こうしたことを考えず、自治体の首長などが一時的な注目を浴びようという目的で華々しいプロジェクトを次々とブチ上げ、撤退戦略もないままに突き進むと、後々、地域は大変なことになっていくのです。
撤退戦略を設定していない場合の「2つの危険性」
頭に入るように、整理して考えていきましょう。撤退戦略の設定(撤退設定)がなされない場合の問題点は、大きく言って2つあります。
まず1つは、「失敗した時の傷が深くなる」という問題です。(中略)
もう1つは、最初から撤退設定ができないような事業は、そもそも失敗しやすいという問題です。
事業の初期段階で撤退設定について議論すると、「縁起でもない」「最初から失敗を語るな」など言い出す人がいます。別に「失敗しろ!」といっているわけではないのですが、最初から頑なに成功することしか話してはいけないという論調になってしまうことがあります。(中略)
失敗責任から逃げると「追い銭」は高くつく
地方活性化では、大層な計画を立て、膨大な税金を投入して、公共施設や商売施設開発を行ったり、公共交通網を再整備したり、さらにイベントなどを開催したりしています。
しかしながら、それらの事業が全く思うような成果も出せず、さらに経済的にも自立しないままに常に公的財源に依存しつづければ、活性化事業はそのまま自治体の財政負担になってきます。(中略)
では、どうすればいいのでしょうか。本来は「ある一定の段階」を超えたら、過去の投資については「サンクコスト(回収不能費用)である」と、諦める必要があるのです。つまり、いったんすべてをリセットしたうえでなければ、経営支援などしても効果はありません。計画の初期から撤退することを誰も決められないプロジェクトは、失敗しても誰も撤退を決められず、地域からヒト・モノ・カネをだらだらと奪っていく危険を常にはらんでいるのです。
撤退要件は危機的な状況になればなるほど、当事者の判断が鈍くなってしまいます。
撤退要件は絶対に最初に定めなくてはなりません。誰かがそのときどきで決めるのではなく、ルールで定めなくてはならないのです。もし属人的な形でプロジェクトが開始され、初期に撤退要件を決めていない場合は、前述のように、首長も担当者も、「自分の任期の間だけは逃げ切ろう」と、無駄なおカネをつぎ込みがちなのです。(中略)
撤退戦略とは、「未来につながる前向きな話」
(中略)初期に撤退条件を話すことは決して後ろ向きな話ではありません。未来につながる前向きな話なのです。
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この筆者は、いつもかなり芯をついた記述をしていると感じる。この事業計画の考え方はたしかに事実であろうが、私が見聞きした事例でも撤退設定についての議論は、非常に厄介な話になることがある。まあ、最初から成功することしか話してはいけないという論調もある。しかし、ヒトの論功行賞だけの結論かなあと思うことはある。
というのは、当然公的投資以外に事業主体があるわけで、地元の企業なりが参加しているわけであるが、撤退戦略を立案すること自体が、投資の条件に合わないということになる場合があるのである。もし着手する業務が撤退となると「追い銭」がいくらでもかかるわけである。ところがこの撤退損失・回収不能費用が生じるということ自体で、企業の基礎的財源が損傷されてしまう程度しか原資が割けないという企業ばかりが、ほとんど出資構成者になっていることが結構あるということである。このような企業が多くある場合、撤退プランの明示は着手前でさえも投資の引き上げ(多少の違約金を払っても)で、立案したプラン自体が空中分解に至るということになる。
逆に言うと、原資が自分で割けられるさけられる企業の多くは、もともとイニシアティブが取れない公的活動には期待することはない(農産加工とかのように事業基盤が地域にあることが前提という企業を除く)。つまりスポンサーになる企業の多く(奉加帳として参加しているわけでない企業と類似する)は、もともと回収不能費用が生じると企業存立が危うい企業であるとなると、撤退することをリスク管理として行う余地は少なくとも閉ざされている。
また、逆なことを言うと、地方自治体が活動の支援をするということ自体が、回収不能費用が生じると企業存立が危うい企業にとっては、ある意味リスク管理であり、業務がちゃんと成功する推進体制を構築するのはその次の課題となっている。
甚だしき事例の場合、企業が公的投資に関わる段階で収益向上プランをいくつか作るも、結果として企業の存立を保つには多大な投資と人材の解雇を行って、地方ではなく都市近郊部に地盤を移すしかなく、他方このような投資は社会的にも影響を及ぼし「企業価値の損傷」を起こすからできないという判断もある。つまり事業に全く思うような成果も出せず、公的財源に依存しつづければ、活性化事業は自治体の財政負担になるというが、出資企業にとってみれば自治体の財政負担というスキームが取れるから、投資するという企業しか残っていない地域がそこそこあるということは、認識しなければならない。つまり地域での経済活動が縮小再生産モードになっている地域では、撤退設定自体が投資引き上げと事業不成立となり、つまるところ、地方活性化事業の賛同者はいないというジレンマに陥るということになる。投資意欲をもたせるためには、責任所在が不明確というより投資側に責任がないようにし、企業が撤退リスクをとらないようにする(いわゆるリスクの転嫁)ことが大前提であるということ。これは、もともと一定の割合で、地方創生自体が自己矛盾になる地域があることを意味する。 
「撤退なき消耗戦」で地方は衰退するというが、衰退著しい地域では「撤退なき消耗戦」以外に戦うツールがないということがあるわけだし、逆にそのような衰退地域を再生する活動こそが、地方活性化事業という矛盾がある。
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ある企業の幹部が地域おこしに参画するという理由を聞いたことがある。「もし莫大な投資ができる余地があれば、事業所を全部都市部に動かして、当地には登記上本店のみ置く方が、企業継続性の上では有効だった。だが、過去そのような投資ができなかったから、今となってはせめてもの可能性をリスク少なく行うために参画した」といわれてしまった経験があるもので。

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