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公的資金で行う内容(1/2)

長い文章である。要旨には必ずしも全面的に賛同しないし、それはちょっとと思う記載もあるのだがが、このような場面と意見は想像できる。できれば原文を参照願いたい。
------------------------要約引用
http://bylines.news.yahoo.co.jp/miwayoshiko/20150504-00045406/
日本の理系の常識は、世界の非常識?-公的資金での研究は、国策に沿う必要があるのか?2015年5月4日 19時43分  みわよしこ (フリーランスライター 立命館大学先端総合学術研究科一貫制博士課程在学・元々科学技術の研究者だったようである)
さまざまな立場と考え方の発表が一同に会する、学会のポスター発表会場。
公金で行われる研究は、政府の意図に沿うものであるべき。さらに、納税者の期待を裏切ってはならない。
日本では、このように考えられがちです。特に理工系では、その傾向が強いようです。しかしこれは、世界の科学界の常識ではありません。
国によらず、そういうプレッシャがあるのは確かです。しかし「常識です!」と言い張れることだとは認識されていません。
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彼女は今年2月、AAAS(米国科学振興協会)年次大会で、日本の生活保護制度に関する発表を行った。AAASは、約1000万人規模(関連学会を含む)の会員を持つ世界最大のNPOで、科学雑誌「Science」の発行元である。
予稿審査があるため、昨年10月に予稿を投稿し、大学の審査(立命館大学先端総合学術研究科)の上投稿したため手続き上問題はない。

ポスター発表終了も近いころ、一人の日本人男性が近づいてきた。
かっちりしたスーツ姿、30代と思われるその男性は、氏名・所属が記載された来場者バッジを手で隠しながら、強い口調で、「この発表は過去に日本で行っているんですか?」という。最初の発表が国際学会となったのはタイミングとめぐり合わせというと、「なぜ、先に海外でやるんですか? 日本で発表して広く議論されてから、海外に持っていくのが筋ではないんですか?」とかをしつこく詰問した。先行研究は他の研究者によって既に国内で論文化されていることを説明した。そのうちに、米国人の参加者が内容に関するディスカッションを申し込んで来たので、男性は立ち去りました。学会活動歴は中断を含めて25年以上になるが「発表する」という行為について、発表の場で問題にされたことは初めて。
ちなみに、「雑誌Science=理系の雑誌」ではない。格差と貧困の問題は、科学界が国境や分野を越えて取り組むべき世界的問題と認識され、「Science」でもしばしば、そのような特集が組まれている。また、またAAASは、米国の障害者の地位向上と機会拡大に40年以上取り組んできているNPO団体でもある。
AAASが社会への働きかけを始めたのは前世紀からで、目的は「自分たちの研究する権利を守る」ことだったが、今は「研究者を守る」より、社会の中で科学が健全に発展し、社会に貢献し、社会の中で価値を認められること全般になった。
このような活動が求められる事情は、日本も同じで、ここ数年、科学技術研究機構(JST)がAAASとの関係を非常に強めてきている。
--------------中断
まあなあ。
そもそも氏名・所属が記載された来場者バッジを手で隠しながらという段階で、礼を失したという以前に問題行動であることを認識している確信犯であろう。どこにおいても厄介な人はいるものである。
査読あり論文(アブストラクトはこれ)を見ても、一応はちゃんとした内容である。内容がどう解釈されるかはまた別の問題であるが、3時間質疑応答があったということは一定の評価はできる内容なののだろうと思う。但し、「日本政府の意向に真っ向から異を唱える内容の発表が国際学会で行われること自体を問題にする」と持ってこられるのは、過去の種々の経験を持っている筆者からすればまあわからなくもないが、そういうロジックではないだろうと考える。

「Science」に日本の社会が期待しているのは、いわゆる自然科学系のものであり、生活保護の話題は自然科学の普及という意味では充分必要であるものの、社会科学の研究者と完全に分担しているという考え方であり、研究支援も教育体制もかなり分断されている。
研究者にあって感じるのは、たしかに自然科学の研究者が社会科学を考えることは決して否定されるものでないにせよそれを研究の内容に取り込むのは、できる限り避けたいということは言われる事がある。というのは科研費などの競争的資金に基づく研究の場合は、思想的な色が付いていると研究実績をまとめて報告して、それが報告されたときに、非難対象になるということがあるからという。まあ忖度を考えると、現在のように研究経費全体が膨張し、紙とペンでのみ研究するという本義では社会への還元はできていないことになるだろう。
たしかに、国立大学の運営費交付金や私立大学の補助金の研究経費では、原資が税金なので研究成果を公開し、国民に何らかの形で還元すべきといわれている。ところがこの経費は昨今の社会情勢のなかで、絶賛減少中であり、研究経費が莫大な研究はほとんどできない(ないしは研究の後継者を育成できない)という愚痴が聞かれる。そのため、企業からの研究依頼等に翻弄されているとか課題設定型の競争的資金を獲得しないと研究どころか、教育体制も構築できないということはある。一面では、国策に沿わないと研究費が取得できず、研究活動や研究内容の外部報告さえできない状況にあるのはわからなくない。
更に「国民に何らかの形で還元」としても、その還元行為自体が無駄・自己満足・慰みという世論さえ出ることがあり、投資回収ということを重視されると、割に合わないということがついぞ言われる。(ちなみに、彼女の研究対象に関わる生活保護に対しては、福祉・幸福権ということを求める政策や長期的なリターンを容認できる膨大な資産状況をもとにした方針設定では底堅い社会という見方になるが、短期視点が前提となる、ROI・短期投資回収重視、基礎資産が過小となっているもとでの政策ではリターンが低いため存在価値の低いものとの判断になる。)
その意味では、「公的資金での研究は、国策に沿う必要がある」とは言えないが、科学技術に対する信頼性と予算配分の社会全体の「透明性」という志向によって、国策に沿うべく真綿で首を絞めるような方向性は、国家より個人意思(すなわち義憤)で存在すると思う。筆者も指摘するように米国にだって、産官学・産官軍学一体の研究・金の出処による制約・大手スポンサーの意図に沿わない人に対する嫌がらせは結構あるわけで、日本と似たような問題はある。実のところ、「30代と思われるその男性」とて、特定の団体の意図を(ホントの仮定ではあるが嘱託を受けたという可能性をもって)このような行為に及んだ可能性だってありうるのだが。
ここで書いている内容からは逸脱するが、社会科学という視点では、「なぜ、先に海外でやるんですか? 日本で発表して広く議論されてから、海外に持っていくのが筋ではないんですか?」という思想をする人はいるなあと思うのである。彼女が先端総合学術研究科というクロスオーバー領域での活動なのだから当然このような活動を海外に向けてするのは納得できるのだが、内容をあくまで自然科学の内容と見なされるかという前提は考えなければならない。それを学会のポスターセッションで詰問することが有意な行動かは疑問を前提で。
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それ以上に、「ここ数年、科学技術研究機構(JST)がAAASとの関係を非常に強めてきている。 」ということ自体もJSTはいいとこどりするしかはできないのではないか、そのうちこの関係さえ破たんすると思うのである。
社会の中で科学が健全に発展し、社会に貢献し、社会の中で価値を認められることは、研究者自体に価値を見出さないどころか、存在自体にマイナス面を強く持つ(特に原発事故以降)人間が増加していることから、活動が求められる事情は日本にもある。科学が健全に発展するという定義自体に、全く重ならない志向を持つ人が増えているからでコンセンサスをとる行為自体が成り立たないということは多いのではと思う。
ただ社会は思想的ものから構築してそれに隷従するのが科学であるという視点と、科学の成果を導入してその結果を調整するのが社会思想であるという視点は、主従がことなり互いにマウンティングする宿命にある。

さて、AAASは政治の中から独立した形で運用している。(いわゆる白人的・キリスト教的規範からは逃れられないかのしれないが)それがために、科学が健全に発展する過程で、「ミャンマーでの人権侵害の証拠として衛星画像を使用」するということができる。ところが、科学技術研究機構(JST)自体は現実には政府(文科省)の下にある「予算執行団体」の側面があり、教育行政の指揮下にある。まあ経産省傘下ではないので本質は読めると思うし、独立性をとることは多かろうが、NPO団体の独立性ということと比較すると、このような「社会の中で科学が健全に発展し、社会に貢献し、社会の中で価値を認められる」という科学発信活動とは、細かいところで齟齬がでる可能性がないとは言えない。
筆者は、「この関係が、数年後の日本社会に対してどのような結果として現れるのか、極めて注意深く見守る必要があるかと思っています。 」と語っているが、そもそもの方向性が異なる以上、生温かく見守る程度にしとかないと、破たんしたときのショックが強いと考える。
(続く)

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