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移動時間に何を得るのか

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まだ満員電車で通勤してるの? イケダハヤト氏「移動時間の無駄」論に賛否  2015年3月15日(日)17時0分配信 キャリコネ
東京の移動時間の長さや満員電車は、新しい働き方議論のやり玉によく挙げられる。ブロガーのイケダハヤト氏も、ご多分にもれず2015年3月11日のブログで「移動時間の無駄に無頓着」な人は、仕事ができないと断言している。
この議論はブロガーのちきりん氏も、この1月に「通勤手当なんて廃止すべき」として賛否を呼んだ。果たして移動時間をかけている人は、「残念な人」と断罪されるほど「仕事ができない」のだろうか。
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「営業職の場合とかってどーすんだろ」
千葉県在住の会社員(32)は、妻と子どもとの3人暮らしだ。毎朝1時間半かけて、都心のオフィスに通っている。行き帰り3時間の通勤時間に何をしているのかを聞いてみると、 「ずっと仕事してますよ。座れるので、パソコン開いて。中途半端に東京に住んで、立って通勤するよりも効率的に移動時間を使えていると思うのですが…」

ただ、こうした意見もイケダ氏にかかれば、「『移動しながら』という条件下においては、あらゆる作業の効率は落ちます」と批判されてしまうようだ。移動時間の無駄を「当然のもの」として考えてしまう人を、イケダ氏は「仕事ができない」と断罪している。
「毎日とてつもない無駄をしているというのに、そのことに驚くほど無頓着。諦めすら感じます」
「無駄を疑問視することをやめたとき、人の成長は格段に『遅く』なるんです。改善をやめちゃだめですよ」
イケダ氏のをしたりというのもあり、イケダ氏のいう形「当然のもの」という考え方をする人は少なかろうと思う。今回の意見には「これはわかる。その通り」「最近痛感している分、耳が痛い」と賛同する声も多い。毎日疑問に思いながら通勤している人も多いようだ。
ただ、全員がイケダ氏のように、ブログを書いて高知で生活できるわけではない。「出張行けないじゃん」「みんなそんな都合のいい仕事してないんでね」「営業職の場合とかどーすんだろ」といった声もあるとおり、移動が必須の仕事をしている人もいて世の中が成り立っている。
「いや、移動時間が全て悪いのではなく、その移動時間にペイする何かを得られるかどうかですよね? 移動コスト払った方がメールで100回やりとりするよりコスト安い場合もあります」
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まあ、通勤も経験し、また自分でも事務所を持っているという当方の場合、どっちの場面も経験しているわけであるが、移動時間に対し無駄となる使い方をしないというのも一つの考え方である。とてつもない無駄といえばたしかにまあそうであるが、認識している人が多くなって電車の中で見るべきテレビ(それは録画をしているものを含む)を見る習慣にしたり、読書したりということが場所場所によっては可能というのも技術革新の結果である。
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「在宅勤務」「職住近接」で解決するのか?
さらにイケダ氏は、本を読むなら電車内より「家で読書していた方が明らかに効率いい」と断言しているが、集中できる環境は人によって違う。冒頭の会社員は育児中のため、家で読書していると「必ず邪魔が入ってしまう」という。だから「移動時間は集中できるので貴重」なのだそうだ。こうした反論をしている人は多い。
「僕は電車の中が一番集中できるので、読書もできるし、英語習得も電車の中でやりました」
「知ってますか?アイデアは移動距離に比例する事だってあるんですよ?」
イケダ氏は結論として「在宅勤務」か「職住近接」をすすめている。在宅勤務OKの企業に転職サイトを使って転職するか、家賃の高い東京ではなく地方の企業に転職して職住近接を実現させることを提案している。
確かに、非常に多くの人が働くオフィス街の人たちが、全員「職住近接」できる住居など確保できるわけもない。とくに都心の希少な不動産は高額だから、収入に応じて職場から離れざるをえないのが現実だ。職場から遠くても、郊外の庭付き一戸建てを選びたい人もいる。いったん生活の基盤を首都圏で築いてしまったら、地方移住は難儀だという人もいるだろう。
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集中できる環境は人によって違うのではあるとは思う。
それはそうとして、過去に通勤時間door-to-doorで、片道0分(自宅での仕事)・0分(自宅以外の仕事)・5分・10分・40分・70分・80分・90分・180分といろんな通勤時間を経験した人間の経験からすれば、通勤時間は30分ぐらいを目途とするのが一般的には向きではないかと思うのである。
通勤時間が5分というときは地方都市で事業所の至近に住んでいたのであるが、これはある意味つらかった。というのは、帰宅して外に出ることは少なく、おまけに地方都市であるため外に出る必要性もなく、知的意欲が全く働かなくなってしまうのである。更に、戻っても仕事のことを考えてしまう始末。幸いにも同僚がやってくるということはなかったのだが、この環境はかえって社会環境や外部の変化に対する意欲を失なわせ知的能力さえ衰退させることになるとさえ感じたものである。
では片道0分の自宅(都市部)での仕事はどうか。インターネットを使っているのが前提としても(ちなみに私はその意味では1990年代前半からメール環境を自宅に作っていたから早い方であろう)これはまた仕事の内容にはよるが、知的生産を外部に供給する業務では十分な外部環境がインターネットが普及した現在でも、なかなか作れないと考える。もちろん、お店等や町工場など家業としての展開ならばメリットの方が高くなるとは思うが、その分配送などで外部の世界には関わるので、通勤時間の最小化に反し、業務上の移動時間はそれなりにある。更にこの場合でも雑事が入ってきて、知的意欲が全く働かなくなってしまうことも生じ始めた。
そのため、私は自宅の外の隣接したオフイスで仕事をするのに切り替えて、いささかの業務の推進は得られたのだが、その当時は逆に外部へ出向くことも増えてしまうため、差し引きあまり変わらなくなってしまったのである。

どっちかといえば私の業務内容は、イケダ氏に似た側面もある。そのため「移動の時間損失に無頓着」「「移動のコストに無頓着」というのに対する嫌悪感はまあわかる。ただ問題提起は意味あるが、この対処については「在宅勤務」か「職住近接」しかないという結論を持ってくるのは短絡的である。
中核市より小さい地方都市での仕事をやってるとわかることであるが インターネットの普及により情報偏差が地方でも少なくなったかというと、ルーチン的な内容の情報はあまねく地方でも有意に得られるのだが、逆に動向調査や法規解釈の変化などの情報が今度は強く意味のある情報になってしまうため、面談でしか「価値」ある情報が得られなくなってしまったという、一般情報のデフレと特定情報のインフレという二極化が進んでしまったともいえる。このため、ルーチンが決まっており一定技量の定量的な活用となる業務によっては「在宅勤務」か「職住近接」はそれなりの成果を得ることはあるのだろうが、少なくともイケダ氏の業務(そして、ちきりん氏の業務)では、短期的にはともかく中長期的な資質の「維持」でさえもかなり難しいという側面があるとも考える。まだ、都市部に居住するというだけでちきりん氏の業務の方はモチベーション維持はやれそうである。

かといって通勤時間が180分というのは、これはこれでつらい。この通勤「行為」でたとえ着席であっても体力が無為に消耗してしまうのである。本を読むにしても180分は結構きついし、またここまで長いと乗り換え等も生じてコマ切れになってしまうことから、有効に使えないのである。これはこれで、職場で「いることがその人の価値の全て」という業務ならともかく、行動的かつ革新的な思考活動を業務で発揮するのはかなり難しいと感じた。
となると、知的能力を発揮するためにはまあ多くても60分ぐらいの電車通勤、自動車ならラジオなどを聞きながらでも45分ぐらいが高々通勤時間としては限界かなあと思うのである。
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また、セキュリティなどの制約から、まだ日本では「在宅勤務」ができる環境が整っているとはいいづらい。ヴイエムウェアが約2100人のビジネスパーソンを対象に行った調査では、7割の人がPCの社外持ち出しを「禁止されている」のだそうだ。個人所有端末を業務で利用できる割合(BYOD)も22%と、アジア太平洋地域12か国で最下位だ。
反論が容易に思いつく結論に、ネットには「なーんだ、そんな結論しか出せないんだ、という感じ。浅い」との声もある。実行が難しいという人が多いからこそ、現状があるわけで、読者はもっと画期的な提案を期待しているようだ。
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但し、私の場合は「在宅勤務」ができるような業務内容にはなっている。実際出張に行って(顧客の専用PCを長期借用する契約にしたこともあるので)その場所で遠隔的な仕事はでき、PCの社外持ち出しは業務上(一定の規定の下で)行うことはできる。個人所有端末を業務で利用は特殊なプログラムを入れるため実際不可能であるが、業務によっては持ち出せる環境があるというのは一定の効果があると考える。つまり、ざっくりというと日本の場合50%ぐらいの「ビジネスパーソン」(定義がはっきりしないが)は「在宅勤務」に近いことができるともいえる。
ただこのような遠隔的な業務においては、その業務は微小な調整・面談による指示等になってしまうため、業務内容によって向き不向きがかなりあるとは思う。実際、このような状態で事務所の外に出っぱなしの場合、ある種の業務はメール等で把握しても、指示に関しては権限移譲をしたところでかなり困難な経験をしている。サテライトオフィスやノマドといわれるタイプの場合、たとえば小規模な営業等ではその機動性を生かすことは可能であるが、クリエーターの場合は業務に集中し、打ち合わせなどが頻繁でないという場合は、専用区画が自宅か事務所かのいずれかに必ず必要であると考えることも多い。そしてできれば精神的な安定を保つため、自宅にはあんまり仕事を持ち込まない方がよさそうである。

「在宅勤務ができる環境というのはイケダ氏の業務だからできる」ということを言いだすと、全体の変革についていかなく退化した思考になるので避けるべき論述である。また、「在宅勤務」が有効になる業務もあるともいえる。ただこの「在宅勤務」で業務をインターネット環境で活用するという手法は技術でも営業でも専門職で「作り込む」性格が強い業務内容では有効なことであるが、業務調整などメールでの齟齬がどうしても免れない業務ではかなり問題になってしまう(虚偽を見抜けないなどいろいろ)ため、日本特有のすり合わせ環境の仕事の動かし方においては現実的でなさそうである。そして、「日本特有のすり合わせ環境の仕事の動かし方」自体の全面否定は、文化的な否定と体制移行時のノウハウ喪失につながるリスクが強くあるため、早々できないという側面もあるといえるだろう。

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