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切符をハイケンス

私、若いころ毎日のように客車にのっていたことがあった。通学に一時山陰本線京都口を使っていたのである。もちろん数時間かかって走る遠距離普通列車(甚だしくは車販まで乗っていた)に、市内で10分ぐらい乗っていたにすぎないのだが、何分にも始発駅から乗るとこのようなオルゴールが毎日聴けるわけである。 
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で、この発車時のオルゴールは「ハイケンスのセレナーデ」(Ständchen, Op.21-1)を使っている。昭和初期オランダの作曲家でドイツをベースに活躍したジョニー・ハイケンスの作になる。どっちかというとクラシックの演奏家としての活動が多く、演奏旅行活動が多かったが、もっぱらドイツでの活躍があったようである。ドイツにて活躍したハイケンスは第二次世界大戦の終結後、ナチス・ドイツに対する協力的な姿勢(というかドイツにいて活躍となればそうなるだろう)を問われる、すなわち親ドイツ派と見られてしまい、終戦後連合国に逮捕され、獄中死したという。但しこの獄中死というのは原因不明の自死ということらしい。

このような経緯もあるのか、そこそこ作品もあったようなのに、(少なくともOp.21-1という整理番号があるということなら21曲は作っている事になるらしい)ジョニー・ハイケンスの曲はこのほかには、ほとんど残っていない上に、ドイツでもオランダでもそこまで有名ではなく忘れられた存在になっているようである。(ただ、彼の生家は印刷工場として残っているとか。)

但し、クラシックといってもいわゆるクラッシック愛好家がポピュラーと称する、 light classical musicに近かったものであろう。その意味ではいまでいうイージーリスニングに立ち位置は近いのではと思う。ある意味(言葉は悪いが)毒にも薬にもならない曲であったのではと思うのである。むしろそのような主張の強くない曲を作っていたからこそドイツで活躍されていたともいえるのであろう。主張の強くないラーメンが、それなりにニーズがあるのと同じように。
というのは、1930年代にナチス・ドイツが、「有害または退廃的である」とみなした音楽を排除したことがある。(芸術においても、「退廃芸術」を排除する行動を行っている)となる中で、主張の激しい作品・作者は圧迫されたということがある。
Wikiによれば、ナチスが退廃音楽とみなした音楽には以下のものがあげられる由。

●ユダヤ人の作曲家の作品。
●アフリカ系アメリカ人起源のジャズを取り入れた作曲家の作品。
●社会主義者の作曲家の作品。
●現代音楽の作品。モダニズムはドイツ文化を破壊するものとして、ヴァイマル共和政時代の多様性を否定した。

この迫害は作品の作風による判断のため、穏健なヒトラーの支持者の作品でも迫害を受けたということだから、作風自体を社会に添わせるしか処世術としてはすべがないともいえる。けどナチスに敵対する人間にとっては、なぜドイツから出なかったのかということになる。実際、多数の音楽家が亡命したり隠遁したようである。その自己批判が戦後に自死を選ばさせた側面もあるのかもしれない。
但し、これにおいて、どうもハイケンスが主義主張があってこの作風で生き残ったともまた思えない。単に「楽しい、軽い、思想性の薄い曲」を書くという彼の仕事が当時のドイツの国情では問題にならなかったという感じがする。退廃芸術を排除したドイツの芸術界の作品は、現代となれば独創性がないだるい、しかしその分当たり障りなくどっちかというと「ほっとする」作風にしかなっていない。その意味では、残念ながら「ハイケンスのセレナーデ」にもだるい、しかしその分当たり障りなく聴けるというのは当てはまる。
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そして、日本でもこの曲は比較的取り入れられたようである。
Wiki 英語版によると、このような記載がある。
In Japan the Serenade became a popular song, and so it was selected in 1943 by NHK, The Broadcasting Corporation of Japan, as the signature tune of "The Evening Show for the Front Line", a radio programme to entertain serving Japanese soldiers and sailors. After WWII, Japan National Railways (JNR) chose part of the serenade for use in its passenger cars. It is still used on some of Japan Railway (JR) trains.

the signature tuneというのは日本語ではTheme musicと大差はない。
"The Evening Show for the Front Line"と書かれていると、うわっ・・・すごい番組に見えるが、邦題は「前線へ送る夕」という。the Front Lineがそのものズバリ、「前線」なのである。前身番組を経て、1944年1月にこの番組が開始。生公開番組で傷病兵や出征兵士の家族を招いて、舞台には当時人気の芸能人が硬軟とりまぜて続々出演し、スタジオからは前線兵士からの手紙や家族からの手紙が、アナウンサーによって朗読されたようだ。放送内容が残っているわけではないが、いくらかの同名のレコードが残っている(ただこのレコードが同時録音のものかは不明である)。 テーマ音楽はこの「ハイケンスのセレナーデ」のパイプオルガンのソロで、午後8時開始、9時のニュースを挟んで放送したようだ。 
こういう記載もある。
1942年8月:交換放送「前線と銃後を結ぶ」放送開始
1943年1月7日:同番組の発展形「前線へ送る夕」第一回放送
テーマ曲「ハイケンスのセレナーデ」が親しまれる
日比谷公会堂からの中継放送
会場には出征将兵の家族を招待。
午後8時以降、出征各部隊の要望による音楽や演芸などを放送
家族の声や唄などを交えて放送
9時の報道を挟んで、東京のスタジオを介して外地派遣の勇士と銃後の相互激励などがあった
以後、毎月9日、24日を放送日とする

交換放送というのは連続中継放送いうことと同意である。
番組は日本国内(いわゆる朝鮮・台湾を含む)・満州を含む占領全地域、短波(当時国内では法的に聴取不可能)ではアジアから太平洋全域に放送され、戦場と国内をラジオで結んだ。更に今のNHKでもよくある中継技術を生かし、前線からの中継放送企画が評判だったようである。もちろん長崎送信所から短波で送り、外地ではそれをキャッチして再び中波にして聞かせ、また逆に外地からの情報を短波で受信したと言うことになっている。当時の社会情勢では、軍の番組として各国に類似したものがあったらしい。
また、もちろん内容も変わったのだがNHKのラジオ番組のバラエティー番組には今でもかなり構成が似ているものがある。「はつらつスタジオ505」は水曜日 20:05 - 21:30の間 9時前後がニュース等を挟んで放送されていたわけで、構成が似ている。一時は「この番組はNHKの国際放送を介して、アジア・太平洋地域の方にも同時放送でお楽しみいただいております」というアナウンスがテーマソングをバックに番組当初にアナウンスされていた。(なお中南米方面には時差の都合で再放送をしていたようである)後継で同じ時間帯の「きらめき歌謡ライブ」も海外同時放送であるが、ここは当方はまだ確認していない。

こう考えると、WWⅡ中、日本でにこの曲が採用されたのは、ある意味政治的には妥当な採用ではあったようだ。これとは別に英国BBCでは1940年代に番組に使っているという記載もある事を考えると、そこまで神経質なものではないという視点もある。むしろドイツでも人気なものでもいいものなら積極的に使うという姿勢を尊ぶべきかもしれない。これがその後に国鉄の客車のオルゴールに使うことになった由来はちょっとわからないようだ。もしかして車掌が切符を「ハイケンス」というおやじギャグ由来なら、耳当たりがいいとか、聞きなれているとかいうことがあるのではとも思う。(今だと逆に「軍靴の足跡が聞こえますわ」という文句が出そうな気もする。)
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さて、BBCではバイオリンによるものが放送され、日本ではパイプオルガンやオルゴールである(電子オルゴール自作というのまである)。またマンドリン演奏バグパイプによると思われるものが聞かれる。そこで、マンドリンでできるならば音域でも演奏技能上でも大正琴でもできるはずと思ってみたのだが・・・速度によってはいくらかの練習が必要であるが可能と思っている。けどこれができたからと言って、演奏会で受けるかはまた別問題である。

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