« あとがきまで読むことで書誌の意義がひっくり返る | トップページ | 鹿との混合交通 »

タイムライン運休をどう考えるか

----------------------------------引用
JR西「タイムライン運休」 安全最優先…社会はどれだけ〝損失〟受け入れられるか  産経新聞 2014.11.3 15:00
 空振り三振はよくても、見逃し三振はいけない-。これは防災対策の鉄則とされる。JR西日本は台風19号が近畿を直撃した10月13日、京阪神地区全24路線の運休に踏み切ったが、目立った台風被害はなく、しかも私鉄はほぼ平常通りに運行。空振りを恐れないJR西の判断には、是非をめぐって議論も起きた。もし全面運休が平日と重なれば大勢の帰宅困難者を出す恐れがあり、一層難しい判断を迫られそうだ。
 「じくじたる思いで決断した」。JR西が全面運休を決定した10月12日、担当者の一人が打ち明けた。今夏の豪雨は広島市の土砂災害をはじめ、京都府福知山市などで大きな被害を出すなど自然災害が激甚化していることが決断を後押しした。
ブログランキング・にほんブログ村へ
 JR西は、防災対応を決めておく「タイムライン」(事前防災行動計画)を踏まえ、運休を前日に予告。利用客から「動かせる列車は動かして」と要望もあった。しかし、JR西の在来線は複数の路線に乗り入れるうえ走行区間の長い列車も多く、駅間で列車が立ち往生すれば乗客が長時間閉じ込められる恐れがある。一部区間で運行してもかえって混乱を大きくする可能性もあり、全列車を止める必要に迫られた。
 結果的には、台風の勢力が弱まったことで大きな被害はなく「タイムライン運休」は空振りに終わった。

 安全を最優先したJR西の判断はどう受け止められたか。産経デジタルが運営するニュースまとめサイト「イザ!」が行ったネット投票では「やむを得ない」とする意見が約8割に上り、評価が多くを占めた。
 ただ、今後のタイムライン運休には課題も残る。今回は偶然にも休日と重なったため、運休を知って外出自体を見合わせた人も少なかったが、それでも影響人員は約48万人に及んだ。もし平日に全面運休となれば、通勤・通学客への影響は計り知れない。
 実際、金曜日に発生した東日本大震災では首都圏の電車がストップし、JR東日本が駅のシャッターも閉じたため行き場を失った乗客は歩いて帰宅、500万人超の帰宅困難者が出た。平日の実施には臨時休業・休校といった措置が必要となり、企業や学校、行政の協力も欠かせないだろう。
 災害対策に定石はない。タイムライン運休が定着するか否かは、社会がどれだけ、運休による〝損失〟を受け入れられるかにかかっている。
---------------------------------終了
この記事はある意味、議論としては総花的な気もする。「社会がどれだけ、運休による〝損失〟を受け入れられるか」ということであるが、基本的に安定した社会生活を起こす社会はその実、特定のものに責任を押し付けてリスクを隔離することが、全体として社会は経済的には優位に立つという視点もある。そのような形で社会がどの層にも平坦な損失を受け入れることにならない以上、このようなまとめの記載は意味をなさない。
もっとも、ニューズウイーク日本版でも記載している人が居たが、「タイムライン運休」自体は類似した行為は、アメリカの公共交通機関では定着している対応であるという。

例えばニューヨーク市の地下鉄の場合は、2011年のハリケーン「アイリーン」の際は、事前に全面運休や強制避難を行ったにも関わらず被害が軽微であったために、当時のブルームバーグ市長は批判を受けました。ですが、12年の「サンディ」の際には批判覚悟で同様に「事前運休」を徹底した結果、地下鉄への浸水という大被害にも関わらず公的交通機関における死傷者はゼロに抑えられ、車内閉じ込めなどの事例も回避されています。

JR西日本は、神戸淡路地震による被害・(旧)餘目鉄橋からの強風による列車落下事故・最近の広島における天災、このところ繰り返される山口県内の路盤流出災害など、天災に関するトラブルをきわめて多く経験しているのは事実であり、更に福知山線事故や信楽高原鉄道事故などの経験から、微小なトラブルが甚大な事故とそのあとまで響くことを知っている事もあろう。そしてJR西日本が前もって運休を決行できたのは、休日であったから「必ず出ていかなければならない」といった人が少ないという事から判断したものと考えている。その意味ではかなり思い切ったという側面もあるとともに、「そういう方向性をもたせることが」経営判断としては取るべき判断と考えることが統制されたともいえる。
ただこれは逆に言うと、天災などが起きる可能性があれば、すぐ止まるというぜい弱な交通機関として、顧客から見切られるというのもなくはない。運休における損失、リスクを受け入れられない社会であったり、お互いに対価の支払いを通じて「リスクの押し付け合い」をしている場合もあるのである。もちろんJR西日本も合理化によって、事故対応できる単純な労力としての人員を抱え込める情勢にないということを示しているのではと思う。それが、「私鉄はほぼ平常通りに運行」(実際は減便対応を行っている事例もまた多かったのであるが)ということの大きな差になっているように多くの人の眼には映ってしまう可能性も否定できない。
-------------------------
まだ、国鉄と言った時代、天災のほかに鉄道が止まるのは「ストライキ」であった。当時は毎年毎年ストライキが国鉄も私鉄もあったわけである。ところが私鉄の中には鉄道を止めない間接部門のみのストライキとか、改札部門のみのストライキというのがあり、結果として迂回しながらも通勤通学はなんとかできていたばあいもあった。特に関西地区はこの傾向が明確であった。この結果、(そして私鉄の運賃が安価であった時もあった国鉄末期に至っては、国鉄切符は高価という印象まで手伝って)同じ通勤距離であっても住居を求めるには、国鉄沿線よりも私鉄沿線の方がかなり高価な取引が行われてしまう傾向があった。(というか国鉄のみしか公共交通がないところは、選択肢のない滋賀県以外では忌避された。同じように交通機関が1つしかない名張市は大阪の通勤に対しては高めの評価されていた。今や・・・(以下自粛))この辺りの差が平準化されるのは、神戸淡路の震災でJRの線路が寸断されその回復が相対的にJRが早かったとか、またJRと私鉄が競合する状況下による結果とストライキ自体の減少であるが、その反動が福知山線事故発生そのものではなく後の代行輸送の混乱に係わることになる。

つまり「リスク」は見えないし、いずれの場合にも生じうるリスクをどこかに、わからないように押し付けることによって経済的利潤をえるというという視点でいえば、運休を選ぶということを「企業の誠意」というよりも、リスクを押し付けるという側面で見ることが多かろう。そして、また企業姿勢を評価する場合、企業を社会的資本として見るよりも、企業をお互いの利潤の分担対象として見る関西地域では、「乗る側も事故にあう・定時につかないというリスクを持っている以上鉄道側も業務の責任として動かすといった按分をするべき」ということになる可能性が高いと思う。
-------------------------
上述の、ニューズウイーク日本版での記載では、このような記述がある。

ところで、今回のように毎度毎度「早めの運休」を行うようでは、マイナスの経済効果が無視できないという議論もあるようです。もちろん日本に多くの「中付加価値の製造業」が残っているのであれば、気象条件のために交通機関がマヒして、操業時間が短縮になれば、それはそのまま経済へのマイナス効果となるでしょう。ですが、現在の日本経済はそうした段階は過ぎています。
 生産拠点の多くは海外に移転されており、国内では開発と管理・調整の機能など抽象的な頭脳労働が主となっているわけです。そうした社会であれば、数日前から予測の可能な台風という種類の天災への備えは可能なはずです。むしろ、他の天災や人災的な問題と比較して、台風というのは計算しやすいものではないかと思います。もっと言えば、予定外の事象が発生した際の応用力、柔軟で現実的な対応力というのは、ポスト産業化の時代には重要なビジネススキルであると思います。

これはかなりおかしな視点であると思う。「中付加価値の製造業」が操業時間が短縮になり経済へのマイナス効果となることは今になればないのだが、「中付加価値のサービス業」がこの産業に丸ごと置き換わっていたらどうであろうか。しかも、それが人間同士の感情労働的な産業集約になっているなら、ますます天災の予測以前に明日の挙動の予測不能となっていることになる。
また開発と管理・調整の機能など抽象的な頭脳労働というものが天災が来たから備えられるかというと、これはまた異なるものではないかと思う。まあ、開発に関しては調整可能なものであるともいえるが、管理調整はむしろ災害があるときにこそ調整が必要であったり、また海外工場の管理というもをやっている場合だと日本国内で災害があろうとなかろうと、海外工場がちゃんと運営されている限り、コンスタントに瞬時対応する業務は発生するのである。そして、抽象的な頭脳労働が国内で増加するということは調整機能を国内で行う人間が増加している事で、生産というよりも管理という一種の付加価値構築に業務が変わっても、交通機関のマヒが経済のマイナス効果に直結するのはそう変わらないと考えるのである。(むしろ中付加価値のサービス業は給与への反映度合いが低いから、交通使用者としては、給与面まで落とし込んだ心理的な「安心確保」のレベルの問題にまで視点を広げるべきである)
私自体も災害直後には業務復興や人員確保などの業務が急速に増加してしまい、休むわけに行かなくなった経験をしている。
-------------------------
強風と豪雨による被災の回避は、現実的には命が危険に晒される事があるから、リスクの回避活動としては正当な手法である。だから、心理的な「安心確保」レベルの話であるわけはない。だから今回のJR西日本の行動に関しては鉄道事業者として筋が通っている。但し、「中付加価値の製造業」から「低・中付加価値のサービス業」が産業として移行したためにすでに、リスクを掛けて仕事をしているということになると長期的な私鉄への逸走ではなく、転居などによる居住地域からの逸走(都市への住居の再集中)に至る可能性が促されることもあることでジワリジワリと効いてくることは、免れないと考えている。企業活動では合理性のある判断としても、鉄道事業自体が心理的な「安心確保」で動く個人に対するビジネス(B to Cビジネス)であるからだ。

|

« あとがきまで読むことで書誌の意義がひっくり返る | トップページ | 鹿との混合交通 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/60592075

この記事へのトラックバック一覧です: タイムライン運休をどう考えるか:

« あとがきまで読むことで書誌の意義がひっくり返る | トップページ | 鹿との混合交通 »