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危険な土地と地名判断(1/2)

広島に縁がある人間として、今回の土砂災害に関しては、被災された方に対して心よりお見舞い申し上げます。

古い地名がなくなるというのは確かに古老の知恵の断絶であるのだろう。しかし、その経緯で内容の意図以外の改変がくわえられることで、情報の「混濁」が起こるようでは元も子もないことになる。確かに情報の一つとして考えると意味がないことではないが、それをもとにすべて決めることになってしまうというのは、本質をいさめていることになると思うのである。
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神奈川においては「谷戸」という地名がちょこちょこある。表記および読みは地域により差が見られ、千葉県での「谷津」(やつ)を、神奈川・東京都多摩地域での「谷戸」(やと)や「谷」(やと)、東北地方での「谷地」(やち)が同じ語彙であるといわれる。これらは水の集まるところというところでは集水域ということで、水利のいい農耕に適した土地ともいえるのだが、尾根筋に挟まれた狭隘な地形のため日照時間が短く、水はけが悪いと湿地状態となる。つまりある意味稲作では有効な土地であるものの、湿気が上がるうえに日当たりが良くないという事から家屋を建てて住むには良くないという見方ができるようである。

「谷地」のつく地名は宮城県でもいくつか、山形・青森などいくつか思い当るところがあるが、たしかにそういう地域もないとは言わない。実際、この谷戸の上にマンションを建てた例を見ている。大手デベロッパーの手になるものだったが、この地形を利用して建物の地下には消防用の沈殿池を設けており、そのため交通に便利な場所であるにもかかわらず、多少安価だと説明を受けた。(ある意味瑕疵を告知をしている事から誠意ある業者とは言えるだろう)そしてそこそこの高さの建物だから尾根筋に挟まれた場所だが、日当たりは高層階を選べばよいだろう。けど厄介なのは湿気が上がることで、たまたま知人の住んでいる新築マンションでも日当たりが悪い低層の部屋で、通気など工夫したのにそれでもカビだらけになって倉庫にしか使えない部屋があるということを聞いており、断念したことがある。
だからといって、地形は周囲の状況変化につき変化するものである。谷津駅(京成線)の辺りには湿地帯があり(干潟)その意味では水の多いところ、地盤が弱いところという認識であるが海浜が埋め立てとなり、山側は団地化してしまった結果、そんなに議論できないのかなと思う。
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広島災害の教訓―変わる地名、消える危険サイン    2014年09月04日 15:10 THE PAGE
広島の土砂災害で最も大きな被害に見舞われた安佐(あさ)南区八木地区が、崖崩れの多発地帯を表す「蛇」や「悪」のつく地名だったと言われています。日本の地名の多くは過去の災害を伝え、後世に警鐘を鳴らすサインですが、時代とともに消えつつあることも事実です。現代の私たちは先人のメッセージをどう受け止めるべきでしょうか。
■「蛇落地(じゃらくち)」が「上楽地」に?
八木地区がかつて「八木蛇落地悪谷(やぎじゃらくじあしだに)」と呼ばれていたことは、災害発生から約1週間後の8月26日、フジテレビの情報番組「とくダネ!」が伝えて反響を呼びました。
番組で住職が証言していた地元の浄楽寺に確認すると、13年前に亡くなった前住職の桐原慈孝さんが、山にすんでいた大蛇の首を戦国時代の八木城主が刀で切り落として退治したという「蛇落地伝説」を語り継ぎ、1976(昭和51)年に八木小学校の創立100周年記念誌に書き残したそうです。地元にはこの伝説を基にしたとみられる「蛇王池(じゃおういけ)の碑」が建てられています。また、昭和40年代までは「上楽地」という地名が古地図にも残っていて、「蛇落地」が転じたと考えられるというのです。
「前住職はこの土地の開発の歴史を伝えようとしていました。ただ、今回のような大きな災害と結びつけていたわけではないようです。『悪谷』という地名までは書かれていません」と現住職の妻の桐原伊織さん。
広島市郷土資料館に問い合わせると、「蛇落地」や「悪谷」を記す文献などはないと言われました。番組放送後、多くの問い合わせを受けたという安佐南区役所地域起こし推進課も、広島市に合併する前の佐東町史などを調べましたが、そうした記載は見つからないとのこと。「役所としては把握できていません。今回の被災地は、もともと川のはん濫による水害が多かった地域。伝説としてはあるのかもしれませんが…」と言葉を濁します。
テレビに出た住民の一人は「悪谷」が「芦谷(あしや)」に変わったと証言していますが、こちらは戦前の古地図にも見つけられません。しかし、「八木」だけでも「山間の狭い小谷」(東京堂出版『地名用語語源辞典』)を指し、地理空間情報アナリストの遠藤宏之さんが著した『地名は災害を警告する』(技術評論社)では「『ヤギ』が転石地を示す崩落地名」で、東日本大震災時も仙台市郊外の「八木山」という住宅地で地滑り被害があったと指摘されています。
広島の八木地区で現在、最大の避難所となっている梅林小学校は「ばいりん」と呼ばれていますが、「梅」は土砂崩れなどで埋まった「埋め」が語源であることが多いとか。また、八木地区と並んで被害の大きかった安佐南区緑井地区の古地図には「岩谷」の地名が、安佐北区可部地区には崩落地に多い「猿田彦神社」が見当たります。やはり地名は丹念に読み取ることで「警告」を浮かび上がらせることができそうです。
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たしかに大阪「梅田」というのは湿地帯に土を入れて田を作ったという事から来たというが、それを言うと大阪の旧市街はかなりの部分が砂洲に由来するわけである。だからと言って「埋めたから梅田」というのはやっぱりこの段階でも縁起担ぎでもとの名前をぼやかしてしまう意図はやっぱりあったのではと考えるのである。また、「八木城」というのは全国に何箇所かあり、単に城主の名前をとった場合もあるため、確定はできないものの、広島のこの事例は城主の名前ではないことから、この提唱者の事を否定はできない。

ただし、
>東日本大震災時も仙台市郊外の「八木山」という住宅地で地滑り被害があったと指摘されています。
というのはこれはどうかなと思う。というのは八木山というのは八木という事業で成功した人(現在の東北本線などにあたる日本鉄道などの経営に関与した人)が越路山という地域を買い取って開発したという経緯があるようだ。ちなみに一部には越路という地名が残っているし、この人の末裔が山頂付近で遊園地を経営しているという話もある。
たしかに「地滑り被害があった」のは事実だし、1978年の宮城県沖地震でも同じような問題があったのは否定しない。その時に比べれば東日本大震災の時の方がまし)のだが、むしろこれは大寨に学べの如く傾斜地を切り開いて棚田・・・じゃなかった住宅地に作り変えた際に土木技術が伴わなかった事の方が課題ではなかったかと思う。(なお谷戸の軟弱地盤に宅地造成したということも問題だったが、最近道路拡張などの都市基盤構築にこのような土地を流用している)更に、この土地は戦時中に亜炭という燃料としては質の悪い炭をとる鉱山がたくさんあって混乱時に乱開発されたことがあり、その廃鉱が調査できていないなど、別の問題もあるといえる。
また、八木山というのは福岡県糟屋郡篠栗町と飯塚市間にもあり、トンネルにより自動車道(JR篠栗線も)などがある。こちらも山の持ち主の名前である。
もっとも、フジテレビの情報番組「とくダネ!」が伝えたことが嘘だったという視点や讒言に関しても、私はあまり賛成はしない。「梅田」の記載のように、新開地を造成する場合、古老の知見は埋没することが多い事も多いわけで、伝承の調査というのは欠落をどう考える段階で、証明できない仮説の構築という、ゼッタイできない証明行為という側面はあるからである。八木山の場合も他の地域の場合は上の理由に合致するものもあろう。しかしこれらの調査は、あくまで資料として検討し、現状説明の補強ぐらいにしておかないと、間違った判断になりかねないとも思う。(続く)

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