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自虐感覚(2/2)

(承前)
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このように考えると、自虐的な発言の適否は、聴取相手のきわめて属人的知識と理念に依存していると考える。

(1)自虐性のある主張は、交渉内容の調整検討をしているという姿勢を見せるといういみで、積極的であり誠意ある姿勢を見せることができることは、そのバックボーンが分かっている相手だったり、交渉相手がある程度心理的・金銭的余裕がある相手であれば、説得性を持つ。これは全面勝利というような圧倒的な圧迫感を持たない交渉では有効である。また、「暴力装置」を持たない交渉の場合、この手法は選択するなかでは効果が大きい可能性は高いものである。
(2)核心的利益を奪い合うような交渉のように、調整代が全くない交渉に陥った場合、自虐性のある発言自体が回りまわって自己のダメージの材料になる場合がある(本当の意味で自虐になってしまう)。これは事実認識自体が各々の革新的利益のためにいくらでも論理を構成できるようにバイアスが成り立つものであるからである。この状況は第二次世界大戦前の日本の交渉がうまくいかなかった場面で、いくつかみられる。
(3)文化の差異が広いため、相手文化を理解すること自体がどだい無理というのが、国際紛争でも多くある。このようななかで、文化的融合を求め自虐性のある発言で会話・交渉の糸口をつかむことは、そもそも謙譲という概念がある人のみで行えばそれなりの成果が得られる。但し民主主義ではこのような謙譲による交渉が国益上であしき妥協と見える場面も多く、更に謙譲による交渉を無意味と判断する人間を選出する事もあり、謙譲という概念自体を持つ人間が用いられていない傾向が出てきた。(一部の経済人が政治家になる場合、謙譲という概念をあえて持たないからこそ、政治家になりうる経済的資質を得たともいえる。今に始まったことではないのだが。)

こう考えると、国際社会が利潤の奪い合いになり、またエリートといわれる人の変質が各国の民主的選択の結果行われることが、自虐的主張やいわゆる自虐史観を許さない状態になっていると考えるのであろう。そして、国際的には謙遜を行うような習慣は理解されず、隠喩なき直截的言動が意図を良く伝えると珍重されていると感じる。むしろ国家間のエゴのぶつかり合いがますます増加しているため、知性的な議論自体をすることさえも、どの国でも主権者から容認されなくなってきているといえる。
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それでも、かつては自虐というのは交渉を幅広く実施したりするための、知性的な手法・駆け引きの一つであった。しかし実利においてそのような風習が消え去る場面が増えたり、自虐というものが理解されなかったり、自虐の思考が薄い地域もあるとなると、通用しない人も多くなる。国内で自虐的な話が通るということ自体、知性的な側面があると私は思うが、直截的な議論しか成り立たないというのが、昨今の世界の政治経済の方向性(一種の偏り)かもしれぬ。ますます知性が国益と相反関係になる領域が拡大しているとさえ感じる。
私自体は国益よりは謙譲という対話重視の方向性を持っているのだが、その意図を他人に説明することさえも、かなりの人に対して不可能であると達観していくしかないと考える。

アメリカは1924年に排日移民法を制定した。そもそも排日移民を敵視したのは、日本人の移民により仕事を奪われる困窮層が問題になったといわれる。
それ以前に、1850年ごろから清朝が衰退し半植民地化した中国から、安定した生活のための移住がでた。当時はアメリカも好況で労働者不足であり、またそもそも移民の国であったことから、金鉱の鉱夫や鉄道工事の工夫として多くの中国人労働者が入国した。低賃金労働をでも働く中国人労働者には白人系の国民からの反発があった。ここで雇用する側に反発が行くかと思いきや、人種的攻撃に移り中国人排斥法が制定され、欧州でも賛意があったようである。
次に、19世紀後半に日本人がハワイに移住を始める。1898年にハワイが米国に併合され、また労働力の面で、日系移民のアメリカ合衆国本土へのニーズが高まっていく。こちらも低賃金労働をでも働く日本人労働者には白人系の国民からの反発があった。かくて、白人の下層雇用を中国人移民や日本人移民などの黄色人種が奪う。この時もまた中国人同様、現地社会から排斥された。更に日本人という形で台湾人・韓国人も移住することになる。(これはある意味当然)
ところが、この後「日本人はロジックが欧米人と異なるために危険であり、排除されねばならない」とか、ある意味「日本人は優秀であるがゆえに危険であり、排除されねばならない」というよくわからない理由まででて、「黄禍」という黄色人種への嫌悪は「日禍」として捉えられるようになった。当時はアメリカ合衆国そしてカナダも対日感情は非常に悪いというか、嫌悪の対象になっている。日系人の強制収容、更には東京裁判の内容などにもこの辺りは残っており、もちろん知識人は倫理的に尊敬できるという視点を持つものもそれなりに多かったが、他方反発する知識人も多かったようである。そして敵の敵は味方ということで中華民国とは有効性を保てるようになっていたわけである(ただこれは、半植民地のための権益の取得という意味はあるのだろうが)。
このような形からのちにアメリカと比較的友好的になるのは、もちろん融和政策などもあるようだが、対中華人民共和国・対ソ連というところで立場の共通化が図られたこと、ハワイ出身者のように日本人由来の人物が政治・軍でそれなりに活躍していく実績があったこと、民族的差別自体に国際的に反省・見直しの声が出てきたことであるのだろう。その中で戦後の社会条件を再構築するのは「進んで自分の身を責め、自分の中に反省を見出すこと」という姿勢も必要で(おい)、そのうえで相手方の尊重を可能とした交渉を行うことが一つの対外的な前提条件であるということになりそうである。
ある意味、欧州(こちらはむしろ中国人の方が印象が強かったらしく、アジア人の非難としたが、他方多くの東洋人が欧州で若い時に学んでいる)でも」、オーストラリア(これは全く別な方向性をたどる)でも似たようなことになる。
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こうなると、他国ではあまり一般人民がつかわない自虐的思考前提で「利得」を得ることは、他国との交渉上の差別化にもなる。(「進んで自分の身を責め、自分の中に反省を見出すこと」は、「他人を非難するのではなく、相手様視点で謙虚にまず自分が反省するという姿勢で取り組む」ということであり、この点でウィリアム・エドワーズ・デミングの指導手法が自虐的視点を持った当時の経営者に、比較的抵抗感なしに受け入れられた理由の一つであろう(もちろん、彼の提案が理論的であることの方が主な理由であろう)。

こう考えると、他国に対し交渉の立場に就くにも、棍棒外交は第二次世界大戦終了当時の環境では、能力的にもあたわないし、他国からは忌避されうる。また、棍棒外交は軍政と通じ、国民の概念としても、もともと交渉においてある意味、儒教とか禅とか仏教的知性をもった資質が高いコンセンサスとされているため交渉による強弁が強奪とほぼ類似概念になるといえよう。これが前提なら、国内に対してコンセンサスが取れる対外交渉手法が謝罪外交とか、自虐的交渉手法しか選択肢がなかったということではと思う。セオドア・ルーズベルトは「でっかい棍棒を手に持ってれば、穏やかな口調でも言い分は通る」という西アフリカの諺を援用したらしいが、いわゆる「武士道」からすれば、これは暴徒のセリフでしかなく、忌避する価値観になるわけだし。
反対に近似文化圏として、自虐的外交手法というものがあり、棍棒外交が対欧州に対しては使えず、謝罪外交を倫理的な側面からも推進して実を取っているという認識がある国と認識していれば、そこにつけこむことは戦略としてなんらおかしな行動とは言えないのであろう。そしてこの国には謙譲という概念が少ないことから、自虐というものが弱みをさらしているのと類似という視点にいるのはあながちわからないわけではない。「進んで自分の身を責め、自分の中に反省を見出すこと」は、人格破たんした価値のない人間と近隣の人間に解される可能性は、最近の近隣国の事件対応を見るとあながちないとは言えない気もする。
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となると、使い慣れない棍棒外交を使ってミスするというより、謝罪外交で実利をとって、心理的にも交渉に圧迫感を感じない(利害を相殺する)というのを、求める日本人が多かったのに、昨今は実利をとれないどころか返す刀でずたずたになってくることがほとんどである。我々も、意識変化に戸惑っているのかもしれない。

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