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才能が高い人が逆に陥ってしまう思いこみ(1/2)

http://engineer.typemag.jp/article/horie-mcea
「世界が変わらないのはエンジニアのせいでもある」堀江貴文氏がフリーエンジニアに向けて放つ5つの提言
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ここではなかなか面白い事を言っている。このなかには逆説的なものを含む。
首都圏コンピュータ技術者株式会社の広報宣伝の一環らしいが、この会社が登録エンジニア向けの25周年記念フォーラムに、ゲストスピーカーとして堀江貴文氏を呼んだらしい。「フリーランスと起業」をテーマに、講演を行い、ストレートで刺激的な言葉を使って、エンジニアに向けて5つの提言を行ったということらしい。いわく

「しばらくITの世界から離れていた僕が、ここ最近になって、この業界に戻ってきたのはなぜか。それは僕が思っていたほど、世の中のイノベーションが進んでいないからです。社会全体が古くさいシステムに囚われているのは、皆さんのようなエンジニアのせいでもあります」

従って割り引くべき過激表現はかなり意識して言っていると思える。
【1】客の言うことを鵜呑みにするな。エンジニアは自ら提案を
【2】カスタマイズするな。汎用的なソリューションを世界へ
【3】「富豪プログラミング」に慣れるな。昔の技術が役に立つ
【4】これからはスマートフォンがカギになる
【5】情報を手に入れろ。そして手に入れた情報を基に動け

まあ、これ自体をどうこうという気はないが、刺激的といえどもなかなか骨のある発言をしている。独創的な視点を持っているのは多くの人に知られているが、その分、その独創的な視点に対し追従することが能力的にあたわない人をどうするのかというとろを意図的に払いのけている気がする。彼には能力が変わっていく一人の人間の中での能力変動は、あまり実感できないのではないか。
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私が一つの示唆として印象的だったのはこれである。

【2】カスタマイズするな。汎用的なソリューションを世界へ
livedoorをやっていた2000年ごろに、SAPの会計システムを5000万円で導入しました。周りからは驚異的な低価格だと言われました。僕はそれでも高いと思ったんですけど、なぜそんな低価格で導入できたのかと言えば、ノーカスタマイズだったからです。しかも、PC Linuxで日本初の導入事例だったから。
逆に、多くの会社がなぜカスタマイズしようとするのか僕には意味が分かりません。
例えば、SAPの会計システムはそのままだと、黒字がマイナスで表示される。でも、それは「黒字の時はマイナス」ということを全員で共有すれば済む話。なのに、それを変えるのに何十万、何百万と金を取るのがSIerです。
エンジニアはその片棒を担がないで欲しい。僕は、そういう仕事はあまりいい仕事じゃないと思います。
カスタマイズすると、応用が利かないシステムになってしまう。せっかく、いいアプリを作ったら世界中に一気に広がる時代なのだから、汎用的なソリューションを世界に広めていって欲しいと思います。

実は、私も似たようなことがある。
新たな計測システムを用いて評価する機構を企業内で構築することになった。もともと製造ラインに取り込む必要があるということになっていたから、専用プログラムを構築することが前提になりそうであったが、「評価するべきは今のところは使えるか使えないかであり、使えないという信号が出てから過去の測定実績をオフラインで見ても問題はない」と説明し、汎用性のあるものでスタートした経緯がある。大概の「カスタマイズ化」による問題はその次の変更過程である。
要するに、担当する人間も新規にかかわる人間であり、使用する内容も新規であるならノーカスタマイズでokであり、システム組の時にその相手側との取り合いの時につなぎの部分を考慮するということでじゅうぶんである。
さて、「livedoorをやっていた2000年ごろに、SAPの会計システムを5000万円で導入」できたのは、マン-マシンインターフェースの問題であり、単にそれまでの会計システムがきわめて低レベルであったのかを示している気がする。仕様を変更したら追従できないのが実は扱う側の人間であり、ソフトに合わせて人間の頭の中の思考過程を変えることができる人は、ある程度業務経験がつく中堅技能者ではほとんどいない。またす思考過程を変えることができるといえる少数の人も、頭の中で換算して対応しているという形で行っている限りは、作業能力の向上・作業中の錯誤減少ができないのである。
では、海外のシステムではどうかというと、新しいソフトになじめない技能者はさっさと河岸を変えるようになってしまうし、そのため意識下に残っていた問題点が新しいソフトにおいてまたぶり返すというのもあるだろう。永年雇用習慣が薄いからこそノーカスタマイズでの運用刷新ができるわけである。そして、新しいソフトになじめない技能者は結果的に全く違う仕事にかかわらない限り、しばらくの間は意識化に残るということで技能者のキャリアを失せることにつながる。

『「黒字の時はマイナス」ということを全員で共有すれば済む話。』である。しかしその切り替えを簡単に行うことができるというのは、頭がよく「読みかえ」がスピーディーか、ある意味記憶力がなく前のシステムでもルーチンできな作業しかできなかった人(もともとその前の作業も頭に定着していなかったわけだから、次の作業でもレベルが同じ)というのが多い気がする。共有すると簡単に言うが、一定の熟練者にとって、変更の知識の共有は可能でもそれを実務に展開するのにはもう一つハードルがあり、さらにこれらのハードルは年齢が行くほど越せなくなっていると、多くの場面で感じている。
まあ確かに、「そういう仕事」は、SIerの業務というか仕事の付加価値としては低い。それなのに、企業の継続的業務遂行とか人事面・技能継承の側面では必要となりがちであるからこそ、「変えるのに何十万、何百万と金を」出すことができるとも言える。もっともそこの仕事量を吹っ掛けるのもSIerの収益確保術(ある意味ぼったくり手法)ではある。だからこそ、「そういう仕事はあまりいい仕事じゃないと思います。」という言い方は、いいとこをついているとは思っている。
基本、「カスタマイズすると、応用が利かないシステム」である。但し応用が利かないからこそパッケージで売れるという見方をする人もいる。この人たちにとっては、「いいアプリを作ったら世界中に一気に広がる」行為は収益確保という前提ではそのスキームを安売りしているという認識が多いのだろう。汎用的なソリューションを広めるのは社会的に意義があると思っていても、書いたシステムの付加価値を全般的に押し下げていくという利潤の現実的な計算と将来性が見えないという不安はあるのだろうな。
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カスタマイズということになると、日本人全体で「身近なところの改善」でまず自分の手元で最適化するという意識を持っている代わりに、お仕着せの作業仕様・環境に従うというのはどうも苦手なのではと思う。上に「いいアプリを作ったら世界中に一気に広がる時代」というのだが、このようにアプリをいれて自分に最適なように改善していくのはどうも日本の特性のようである。(続く)

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