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半年お休みしてました。

半年雨のエントリーで気が付いている人もいたかもしれませんが、BLOGを御休みしていました。しかも半年も。
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もちろん体調不良やPCの入れかえ、知人の死去などいろいろあったのですが・・・、書くことに対しというより、主体的な記載を行うことが、本当に「公益にとって」許される事なのかということに気がかりを覚えたのですよね。
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2ちゃんねる管理人として有名なひろゆき氏が「無敵の人」という概念を提示している。 「逮捕されると、職を失ったり、社会的信用が下がったり」するものだが、「元々無職で社会的信用が皆無」であり、逮捕や刑罰を「リスクだと思わない人たち」が存在しているのが「現代の社会」だということらしい。
 そして、「一昔前までは、社会的信用の無い人の発言力は居酒屋で騒いだり、雑誌に投稿したりするぐらいしかなかった」として、彼らの社会的影響力の少なさを指摘した。現在は今や彼らとて、ネットには触れる環境になり、犯行予告で警察官を動員させたり、飛行機を遅らせたりさせるだけの発言力を手にし、時になたで芸能人を切りつけたりという事象に発展すること言う。

更にネットでの犯罪予告によって、社会が大きく混乱する現状に対して「でも、欲望のままに野蛮な行動をする彼らを制限する手段を社会は持っていなかったりするわけです」というわけ。更に、「無敵の人は気が向いたときに社会を混乱させることが出来ますが、無敵の人が社会を混乱させる前に無敵の人を止めることは誰にも出来ない」「日本が法治国家であり、人権を尊重する限り、彼らが逮捕を恐れる可能性は少ない」という意見である。
ただし、ネットにつながるという以前に実力行使による「無敵の人」の問題はあったはずである。たとえば新宿西口バス放火事件のような事を考えると、確かに(もっともこの犯人の生い立ちを考えると、意図して無敵の人になったとは言えないのだろうが)、確かにネットはなかったが、「火のついた新聞紙」と「ガソリンが入ったバケツ」が手に入れられるということで、すでに「無敵の人」は存在しえたともいえるのである。美空ひばりに塩酸を掛けるとかいうのもその一種かもしれぬ。
また、確かに逮捕をリスクと思わない人(それこそ暴力団とか)が増加する意見はあろうが、政治力の強くない世界の国や、政治力以上に民間の意識が強く異見があり対抗勢力になる(宗教的な問題も含む)国ではままあることである。法治国家が理由というのは一面的な気もする。
「社会的地位の無い人々であっても、それが即、多くの人々を恐怖に陥れるとういうことでは無かった」というのはフランス革命の一部の側面や、日比谷焼打ち事件等を考えると、無敵の人に「着火」したという人はいるのだろうという差異は思い図れるが、本質の差はそこまでないのではと思う。法治国家で人権に寛容ということなら、単に顕在化したということで、蔭ではそうないことではなかったのだろうと思うのだ。
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ただネット環境の存立自体がそもそも公益を反した存在を顕在化するものという見方に対して、自分がどう対応するように考えておけばいいか・・・ということに逡巡していた半年であった。

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