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「倫理教育」義務づけ以前の話

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研究不正防止に連帯責任、補助金を一時停止も  (2013年9月29日11時21分 読売新聞)
 研究費の流用や論文データの捏造(ねつぞう)などが相次いだのを受け、厚生労働省は27日、研究不正の防止策を公表した。
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 研究費の補助金を受ける研究者の所属機関に対し、管理体制を抜き打ちで調査したり、不正が収まらない場合に全研究者に「連帯責任」で補助金を一時停止したりする。厚労省は指針を策定し、来年度から運用する。
 厚労省は、研究者の所属機関に倫理教育の実施や、捏造防止のためのデータ保存を義務化する。研究費の管理にあたる責任者の配置も求める。管理体制を整えているかどうかを抜き打ち調査する。
 厚労省が改善指導をしても不正が続けば、事務や施設管理にかかわる経費分を削減、所属する全研究者への補助金の一時停止にも踏み切る。
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研究者に「倫理教育」義務づけ…文科省中間報告  (2013年9月26日20時56分 読売新聞)
 研究費の流用や実験データの捏造(ねつぞう)など研究不正が相次いでいる問題で、文部科学省の作業部会は26日、研究者に対し実験データの長期保存や倫理教育を義務づけることなどを盛り込んだ中間報告をまとめた。不正行為について調査権限を持つ第三者機関「研究公正局(仮称)」を国に設置することも検討する。

 中間報告では、インターネットを使った倫理教育プログラムを開発し、研究者にその受講を義務づけた。さらに、実験データの捏造を防ぐため、研究データを長期間保存させて、研究者が不正行為に手を染めにくいようにする。
 大学や研究機関の管理責任を明確化するため、倫理教育責任者を置く。不正行為が疑われた場合、定められた期間内に大学などの独自調査が終わらなければ、研究費の執行を停止するなど厳しい罰則を科す。
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このところ、臨床研究データ操作や論文の改ざん、架空研究費の詐取などの「不正行為」が発覚している。特に研究費の不正はたびたびあった。日本学術会議は再発防止のため「科学者の行動規範」を2006年に制定した。科学者が倫理綱領を守れず、主体的かつ自律的に科学研究を進めることができないというなら、新たな規制や機構を設けることが具体的になろう。
ただし、
 「社会の発展を支えるために自由な科学研究活動は不可欠だが、特定の会社の利益を代弁したり研究費を獲得したりすることが目的になっている。」
という指摘が散見されるがそれ以前に、
 「特定の会社の利益を代弁したり研究費を獲得したりすることが、社会の発展を支える『自由』な科学研究活動の維持には不可欠になっている。」
ということになっている側面もあるのではと思うのである。実はお金(実験経費から人件費まで)の絶対的不足の側面を倫理教育というところでカバーしなければならないといううこと、さらに研究成果を出すための経費が天文学的に上がっていることはあろう。
本当に行いたい研究活動を行うには、従来なら極端な場合ペンと紙を使い、また極端なところ学生の技術習得を目的とするもので得られたのだが、昨今はそれこそ物量作戦でのかばをえるなら、製造元(この製造元という企業体の中に利益相反があるのだが)が研究室に総額11億円超の奨学寄付金を提供していたということをどう考えるかということになる。其の奨学寄付金(利益といえない)が臨床研究に対し総額11億円というのは、暴利とはいえない節もあり、依頼研究ということになると企業側としてはそこまでおかしな額でないのに大学の研究としてはこれぐらい得ないと研究施設としての維持ができないということがのが厄介である。そして学生からの授業料は頭打ち、公的支援はあくまで利益行動の活動には払いにくい側面もある。あと、これらの大学は製薬会社に対し人材を採用してもらうという関係(ここで大学が優秀な学生を推薦するという関係がすでに成り立っていないは否定されていることに注意)もあるわけで、社員だった人物がが研究データ分析に深く関わっていたこと自体も倫理的には否定されても帰属意識がどこにあったのかは読めない。
たしかに、自社製品に有利な結果を導き、利潤を獲る意図はもともと企業側にあるだろうし、奨学寄付金自体はそれが免れない。当の患者にとってはとんでもない話で、その意味で論文を執筆した研究者の責任は免れない。
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もちろん、単純に特定の人物が利潤を得ている、根幹を疑う場合もまれにあるようだが、研究費をめぐる不正の発生要因は、研究費を集めるためのスポンサーが実際企業利益の還元であり、公的な支援やスポンサーの強くない研究資産が急激に相対的に存在をなくしていることから、競争の激化が原因だ。このほか期限付きで雇用される任期制ポストの増加で長期間かかる試験(すなわち投資の圧縮に繋がる)を短期間のうちに成果を求める圧力が高まり、研究者が追い込まれている現実もある。だからといって不正を許すことは問題ではある。
そうかんがえると日本学術会議の行動規範を実効性あるものにするには、規範習得を公的助成への応募条件とするし、文部科学省も倫理教育の履修を研究費支給の条件とする方針を固めているというのは、問題の本質はもう学術会議や文部省が考えているのはおおむね責任の転嫁であるという場合もおおいようである。というのはこれらの行動は「研究の不正を行う」と倫理的問題ではなく、研究資源の圧縮が極めて厳しい状況になっているともいえる。もっといえば莫大な人件費、天井知らずの費用(多くは専門家の人件費)をまかなえれば、研究成果は一定レベルまでは達成できるという見方もできてしまう。この場合投資に対して収益が回収できるかは別問題であるが、研究をしたということでは社会に還元するという大儀と、研究活動実績だけは得られるので雇用維持という目的は達成できるのであるな。
まあ公的投資としての文科省の補助金には国費が投入されており、透明性の確保はある意味必然性はあるのだが、その文科省の補助金では研究ができなくなっているので下手すれば「公的活動をする」大義名分のために公的支援を得るという側面さえあると考える。大学や研究所に対する公的資金投下自体が毎年減少し、企業投資を呼び込むようにすることによる大学運営を薦めているなら、このような問題はますます増加するということにはなろうが、それを研究機関の監督側が質の向上を図るには、このようなや倫理教育を義務づけることという本質的問題を回避した形しか手法がないという苛立ちはあろうかと思う。
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科学研究の不正は社会に対する裏切りとはいえる。しかし、昨今にいたっては社会に還元する「いい研究」は倫理的という其の時代・社会環境・心理的誘導にかかわるものでなく、「儲かる研究」というある意味絶対的に数値(≒金銭収益)にかかわることが評価されるものに偏ってきており、その結果人類の生活をよくのは次の要求になるような場合も少なくない。こうなると学者への信頼を揺るがす不正行為がどうこうというより、もともと倫理や技術的な意味合いで学者を評価することが、少なくなっているという、そもそも「日ごろ学術的視点を持つ人間が多い環境では其の価値が埋没している」ために回りまわって倫理教育しか手が下せないということになってしまった。そうなると、社会が研究内容・研究活動に金銭的投資を行うことを雑にしかできないので、科学研究の不正に追い込まれたというサイクルもあるようである。

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