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イメージの固定化をJ-POPから見る(1/2)

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<1>  ママレード・ボーイがリバイバルされているようである。
『ママレード・ボーイ』は、吉住渉による少女漫画に類型化される作品。テレビアニメ化・劇場アニメ化・テレビドラマ化もされている。主人公たちの恋愛模様を描いたことから、特にトレンディドラマという類型にアニメながら分類することもある。今でいう日曜朝のアニメ枠で小学校上級生をターゲットにしたものであるが、女児向けアニメとしてはこの時間帯としては高めであたっという。ただ、それにしても、キスがやたら多い(これは演出上とはいえ著者は苦言を呈している)し、ある意味両親が「夫婦交換」をしたことから話が始まるというのは、現在なら絶対放送コードに引っかかるだろう。(事実最近再放送がない。もう地上波では絶対再放送できない作品のひとつともいえる)。

また聞くところによると、このアニメはアメリカでは英訳放送されたものの、そのほかの国では、カップルがお互いの相手を交換すること(英:swinging)を「青少年向け」の読み物で堂々まじめに展開したという、ちょっと倫理的にきわどくタブーに切り込んだ話題ということもあるのか、放送に乗らないのに好事家の間でDVDが回っているという代物と聞く。
まあ、内容の話ではなくてそのテーマである『笑顔に会いたい』(濱田理恵)の使い方である。

このように、主人公の高校生にとっては、基本的に恋愛にすれどもすべてが先行き不透明な前提でこの話が推進していくのだが、この主題歌が和音として安定させた形でなく、かなり不安定な形で楽曲のボーカルが終わるということを考えると、この楽曲は今でもこの時代のアニメとしてはカバーされる事例が多いのも理解出来る。
他方、こういうマニアもいるのだが・・・この入れ込みは原作にかなり依存しているのだろう。
<ケンコバ>

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もちろん番組とは別の楽曲として扱うなら、下記の2事例は高く評価できるのだが、あくまでこのストーリーの劇伴とするなら、ちょっとちがうなあと感じる。いずれも後年の作である。
<竹達彩奈>(省略)


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もちろん今の人なら原作としてとして離れた形で聞くというのは自然だし、もとのアニメが放送しにくい状況というのもある。曲と原作が別の視点で評価されるのはあろうかと思う。そして考えなければならないのは、このようなアングラ的評価は、既存倫理観を少しずつはずしたところにトリガーがあるからこのようなものがいまなお評価されているということである。(続く)

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