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デザイナーとエンジニアの中間(2/2)

(承前)
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http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20130613/287580/?ST=NMC&P=1
技術は隣人の生活をどう変える? デザインエンジニアはひたすら考える 学生たちが挑んだ、斬新なアイデアの創出(第3回)  2013/06/17   高野 敦=日経ものづくり

 英Dyson社のワークショップでの講義と試作を通じて「デザインエンジニア」の仕事の一端に触れた東京大学や東京芸術大学の学生たち。最後は、2人の現役デザインエンジニアが学生にアドバイスを送った。ワークショップの講師を務めたダイソン シニアデザインエンジニアのAndrew McCulloch氏と、工業製品やソフトウエアのデザイン/設計を手掛けるtakram design engineering(東京都港区)代表でデザインエンジニアの田川欣哉氏である。(後略)
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前回、書いたように私はデザインエンジニアという人と仕事をすることには恵まれなかった。その後仕事以外であうことはあっても、仕事として一緒にするデザインエンジニアやプロダクトデザイナーにはあったことがない。ただ、会社勤務を始めたとき、企業外からプロダクトデザイナークラスの技術者を顧問として招いたという場面にはあったことがある。けどこのときは、プロダクトデザイナーに仕事をしてもらうには、技術的問題が多すぎたというのは感じる。しかしそれ以上に、デザインエンジニアはほとんど動けなかったのである。
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まずチームで物事を進めようとすると、必ず意見の相違が出てくるから、意見同士を戦わせるにしても、たとえばAのプランを推進するのにも、Bのプランを推進するにも基礎的工作機材を触るための予算さえ捻出できないため硬直状態におちいってしまったのである。さすがに、衝突を恐れて簡単に意見を引っ込めるということてはない。皆が意見を出しても結果的には既存の製品形状や既存の設備から変えるための予算処置が出ないで、かろうじて捻出できたのがデザインエンジニアの顧問経費ということで、ほとんど自分の人件費を捻出したこと自体が何も独自性を発揮できないという大本の原因だと気がついたのであろう。

いろんなプランを出しても、最終的に無難なアイデアしか生まれないとなることから途中で業務辞退を願いだされるという事態に陥った。(このときは他のエンドユーザー向けで、量産効果のある部門の担当に入ってもらいそれなりの効果を得た。)幸か不幸か、討議による意見否定は相互の人格否定につながりやすいが、それになるまでに諦観が出てしまったということである。

一方デザイナーとエンジニアの職分はその担当内容のロジックが異なることもありいまや企業ではどこでも専門化してしまった。その結果、デザイナーとエンジニアは全く異なる職種と考えられてしまった。デザイナーが形状やスタイルを考案し、エンジニアがそれを技術的に実現するという役割分担の場合、エンジニアが機能を考え、デザイナーがその機能を実現するための“箱”をデザインする。
この役割分担では良いデザインにならないともいわれており、デザイナーとエンジニアの役割が融合することを今は製造サイドは期待している。つまり職分分担が進みすぎた結果、外観やハンドリング、機能や品質の両方を進化させようとしている全体を見ようとする人材がいないとものが成り立たなくなった。
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しかし、その後の業務でもデザインエンジニアやプロダクトデザイナーは仕事に絡むことはなく、結果的に私がそのような立場になるしかなかった。その理由は前回と異なる。
企業が技術をもって生活を代える提案をするまではいいのだが、生活を変えるべきソーシャル的な影響を与える商品提案は企業が行う社会的責任でもなければ、社会的責務でもない。 むしろ社会がその動向のなかで変わっていくことに対し批判をせず、いかにその現実に追従するように技術的ストックをもち、時代に寝ることができるのかというのが、製品化の中で技術的進化がある程度行き着いた場合の、考え方であるというのである。
この元原稿にもあったのだが、日本のエンジニアは、手掛けている技術が実現したときの、社会への影響や、世の中の変化に関心が薄いという。隣人の生活が自分の技術や研究でどう変化するのか、どう変えたいのかということを考えることが少ないということであろう。

ただ、企業は(時として政商とか、極端な企業城下町いう場面ではなりうるのだが)基本的に企業としての選挙権は持たないし、社会を制御するための強力な権力は(ごく特殊な事例である国策会社でなければ)もちえない。またあくまで資本主義の場合有権者は企業体とは同じではない。もしそこで製品開発によって新しい生活を提案・訴求することは当然あるべきことであるが、そこで圧倒的力で選択肢をなくすように寡占化以上の独占化を図るような行動は、有権者による自由な資本主義を瑣末に扱うことになる。製作したモノが社会に及ぼす影響について一緒に考えていくことは、たとえば製品開発の場面では語られていいのだが、社会に与える影響を前提として製品を売り出すというのは、不健全な社会を構成する事に企業が加担する危険性がある。技術が社会に及ぼす影響といったものづくりの背景を考えることは一理あるが、ややもするとある「社会に及ぼす影響があるからこの製品を売りに出すというという視点」は資本主義の根幹にかかわるということを語る人がいた。
確かにデザインのいいものはその社会を豊かな感情で満たすというところはある。しかしデザインのよさ、製品の入手性の良さ(=安価)、製品の品質や利得の高さ、といった場合になると、大概トレードオフになる要件であり、どれが製品の成り立つ要件という中で技術がまったく評価されない製品となって、意匠のみが製品の評価になるとか、価格のみが製品の評価になる、一定の品質レベルへの収斂が評価対象になるとすれば、すでに無意味な付加価値をどうつけるかということで売り上げを伸ばすか、設計を変えずに従来の製品を定番製品として維持するということになる。
そう考えると設計者が社会を変えるという前提で製品を作りこんでいくのは社会に対する冒涜であるという意見なのである。つまり「技術は隣人の生活をどう変えるのかをひたすら考えるデザインエンジニアは、大衆に対する意見誘導をする側面から、資本主義下の利潤回収行為としては理にかなっているが、自由主義においては独善的行動である」という認識である。
日本のエンジニアは、手掛けている技術が実現したときの、社会への影響や、世の中の変化に関心が薄いというのもあるが、少なくとも社会は自律的に変わるもので、技術者が一人で代えると言う意欲は、製品設計には副次的にかかわれども本質と思うのは少なくとも企業が大手振って行うことではないという言葉を聴かされたことがある。そして今で言うソーシャル・ビジネス(社会的企業活動)を製造業で主にすえて行うことは、企業が行うことはできないとまでいうのである。(この事例として製糖会社が島を所有し、島の開発とともに行政も担っていた、戦前の北大東島・南大東島の問題点を示していた)
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要するに、技術オリエンテッドでシーズのみで製品を作るということは売れる保障もないしというリスクを持っているのだが、少なくとも大量のCMや、ある意味情報の矛盾点などをマスキングした操作などを主体的に行って、社会的影響を基にした製品の販売計画は、技術者のなすべき信義にも取る側面があり、それだったら設計者が社会を変えるという前提で製品を作りこんでいくモチベーションは善意の顔で悪事を働いているということになる。したがってそのような中では、デザインエンジニアやプロダクトデザイナーは全体をまとめるような立場にはなってはいけないし、もしそのような付加価値にみで製品が売れるというニーズの変化があれば、新規開発のみの撤退か清貧からの撤退も考えるべきという見方だったのである。これでは、デザインエンジニアやプロダクトデザイナーというものを価値があるものとして見出さないという意見は、あるいみ筋だけは通っている。
これは企業が発想の転換を提案する以上のことをするのは、企業が倫理概念の集合体以上のものになってしまったらあり、しかしそれは資本主義を前提とした企業の設立目的に対し自己矛盾だというのだろう。

なんだ、企業が自分で「成長」の足かせを持ってるならば世話ないなあと思う向きもあるかもしれない。しかし本当は企業というものにいろんな理念があるということが前提であるならば、社会を変えないという前提でただ「愚直(笑)」に社会を変えるようなことをしないで、社会にひたすら追従するという企業体の考え方があっても尊重するべきであると思う。BCPという意味では企業の存立を疑うのかもしれないが、基本社会の永続性は維持するのと会社の永続性を維持するのはそう反する要素も多いという考え方なのであるから。

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