« ヘイトスピーチ(1/2) | トップページ | PCダウン »

ヘイトスピーチ(2/2)

(承前)
人種、民族、国籍、宗教・思想、性別、性的指向、障害、職業、社会的地位・経済レベル、外見などといった欠点を取り上げ、これをある人種や民族の固有の特質であると定義し、その存在をおとしめ、憎悪、暴力をかき立てるような主張をすることをヘイトスピーチという。
ブログランキング・にほんブログ村へ
そして、在日コリアン街で旭日旗掲げを街宣するなど、ぬきざしざしならない状況になっている。一方ヘイトスピーチを確信的に行う人・信念として行う場合には、完全実名の場合もあるし匿名でない形で行う人もある。これが論理的でなく、第三国に対してもあらぬ誤解を招いているのも事実であろう。果てはそれだけ日本は追い詰められているんだという解釈も出ているぐらい。
------------------------------------------
ただし、気になっているのは係争がある中国や、国境問題に対していささか問題がある国は複数あるのだがこのようなヘイトスピーチというより示威行為にいたった事例は、ちょっと今までなかった気がする>(強いていうと安保反対とかベトナム戦争に対する対アメリカというのがないわけではないが、これは追い出せという議論とはちょっとウエイトが異なると思う。)となると韓国が槍玉に合うのは理由があるのかという気もする。

まあ歴史的な問題で、相互に問題があったというのは関東大震災のときの排斥行動などあろうし、日本に仕事を探し定住した人間があまりにもおおくなったことから移住制限を行ったりということをやっておりことが、韓国の知識階級からしては反発を招いたということがいえよう。そして先のヘイトスピーチを招く内容によっては、市場の食い合いが特に非知識層の単純労働市場においては激しく競合したというのがあると思える。
中国から来ている人間は、例えば中華料理などの独自性のある専門職であったりするなど、従前での日本人の労働内容と重ならないエリアでの業務として評価されている場合も多く、こういった業務では、労働市場はお互いが補完する関係でむしろ新規市場開拓を促すものが多いということもあろうと考える。
また、中国国内事情もあり日本国内での中国人雇用に関しては、期限が設けられている場合は前提である。あまり日本人の雇用を失って中国人を雇用するというモードは少なく、また、其の中国人も定住化することはあまりないように感じられているようである。不法滞在の場合は日本人がおおよそ関わらないような業務とい言うこともあり、やはりあまり日本人の雇用には関わらない。さらには日本人が残念ながら就労することを躊躇するような業務には関わらないようであるといえよう。
しかし韓国の場合は、同じ自由主義国家ということもあるのか、日本に滞在する期限に関しては一般外国人と同様であり、またどっちかというと給与水準もそこまで日本人と差が出ない(といっても経営陣からすれば2/3ぐらいのコストですむ)のである一方、担うべき業務領域が殆ど日本人と変わらないということがある。つまり必ずしも潤沢に供給されているといえない業務領域で、労働市場でのカニバリズムを起こしやすいことが元々反発を招きやすい理由と考える。 お互いが補完する関係でむしろ新規市場開拓を促すという領域がそもそもお互いに少ない。同じことが日本人が韓国に入ることによってもあるのだろうが、韓国へ仕事を得ることは元々労働者の余剰感があったりすることからニーズがないともいえるので、現象が現れにくい。かつて単純労働などの高度付加価値が得られない内容では、どうしても相互排除的な行動がになってしまう。
このような排除・打ちこわし(ある意味排除意識は英国のラッダイト運動と類似した側面を持つ)とわたしは思っている内容は、労働市場の熟練度の排除にともなう労働市場価値の低下に、海外流入者の増加がさらなる市場価値の低下を促し、失業の機会が増大し、しかもすでに農家などに戻ることが出来なくなっていた(不況時に一時的に郷里に戻ることで労働力のバンパーになっていた機構が、農業生産物の対価まで低下してしまった現状ではバンパーが硬直化し機能しなくなった)労働者が起こしたという解析も可能である。
--------------------------------
ただし、韓国に対しての日本人の排除意識は、実は他の国と極端に異なっている側面があるという調査がある。というのは他の国に対する敵対排除意識は、それなりの専門職や高度技術者などのエグゼクティブにおいては、相互扶助という側面から低いという傾向がある。しかし、これが韓国においては専門職や高度技術者が日常業務での嫌悪感も、意外と高いというのである。また、全国各所でいろんな要素を含んだ形で「嫌韓デモ」が行われているなかにも、そのような高度知的労働者が多いという話があるらしい。これは本当なのだろうか。
一つは、高度知的労働者の間でも技術や知的労働において、カニバリズムをおこして今まで持っていた知的財産が急速に意味を成さなくなったり、特許係争などで負けたりということで精神的に参ったという事例があるようなのだ。これらの話は当人たちはあまり明らかにしないし、例えば韓国人そのものに恨みを持っているのではないため、通常の社会活動においてはそのような反発意識を持たないようである。ところが、いざ業務に関わろうとすると消極的な対応をを取って、消極的忌避を行ったりするという形になるようである。
個人的には韓国との仕事をしたこともあるし、中国との仕事もある。中国の場合わたしのキャリアの中では、人間としてすばらしい人も多いのだが、相反する内容についての議論については、口角飛ばして人格非難直前まで言い争うという側面があるため、ここでの中庸を求める人にはたまらないであろう。しかし、わたしの経験ではこの場面を1かゼロに決めた段階で(ここで相手の言い分をまったく封じうる説得力を持って納得させた場合でも同じことに注意)それなりに相互に納得できるという関係構築になる。その意味であくまで理性的な議論をするときはアメリカ人と基本的には近いという印象がある。
ただこれらはたまたま相手が国営企業の幹部とか専門家(・・・だったがよく聞くと共産党員だというので、これはある意味文句なしにエリートである)だったからすむものである。一般の人たちとの交渉では感情論や政治的駆け引きを必要とするので、実はやりきれない感じをしてしまうかもしれない。
他方、韓国の交渉の場合はあまり詳細は述べないが、日本国内であう韓国人さんとの印象とは違って、屈服させなければならないという立場におかれているのか、交渉ごとにおいて相手が有利になるととことん有利になるように話を持ってこられるとか、当方が有利になると慰安婦問題を持ち出してくるなど、開って報告書を出しても日本企業幹部には信じられないような事象いであってしまうのがわたしの場合は多いのである。そして階層的に優位な関係構築をもとめようとする。其の反面、わたしたちが技術指導に行くというように、圧倒的に地位に差異があるときは指導という感じより隷従的扱いを彼らがするのでこれまた困ってしまう。この隷従というのは技術を持ってくるというような圧倒的指導体制であり、実は其の手法を教えるとを意図しても「結果だけ教えろ」という技術移転というより技能移転をなってしまうのである。このような場合対応が特別よいという複雑な感じを受けることがある。
--------------------------------------
このような差別意識を持つことは相互の相乗効果を得るという意味ではまったく不毛で、どちらがかったまけたという議論でしかならないということに終始しているということを憂うものだけど、ではこのようなレイシスト的資質を持った人をそうでないようにするということができるのだろうか。
よく実際に行って、中国人・韓国人に会えば印象が変わるという意見が多く見受けられる。一面そういう側面もあろう。
しかし、実際悪い所だけみつけて帰ってくるということも多い。わたしの知っている高度技術者などの比較的資質の高い人においては、中国人・韓国人に会えば印象が変わるといっても、もう金輪際付き合いたくないと言い出す人がどういうわけかあまりにも多い。果ては技術指導に行ったら、自分の出していた国際特許を黙って使っており、それを知らない振りして「こういう特許がありますけど」といったら、それがどうしたと優先的権利を行使し、どうやらそれを知って招聘したということを暗示されたという人さえいる。
つまり、日ごろの業務レベルで仕事に関してカニバリズムを起こすということがあっても、より高度な社会活動の中では相互に刺激するというような社会活動がある。国際間の輸入輸出などが相互に影響されているならそれでいいのだろう。また、同じように、韓国や中国だってものすごい量の人格のバリエーションがあるはずである。だから個人間の付き合いでそれを全体的に拡張されたら、それは類推のしすぎであるといえると考える。

だが、そうだとしても「韓国出張で接待された店では、箸紙に「独島はわが領土」と書いてあった」というひととか(まあこれは悪意でそうしたとはいえず仕方がないとわかっていても)、韓国に出した供与技術によって契約外の日本への逆輸出をされ、契約違反を訴訟したが持ちこたえる前にこっちが撤退したとか(これは契約の縛りも悪い)、欧米の契約社会ではありえないリアクションを起こされた事例とそのような事象への対応力に日本が不足しているのを見ているし、そのために神経を参らせた人物も幾人か見ている。このような場合、結果的にはたまたま今まで日本の持っている技術に対してまるっぽ同じ市場に入ることでという市場の志向を同じところに求めることが相互の市場の食い合いをしており、それがすべてのところで起こっているという認識がある。
もう一つは個人間の付き合いでは決して敵対すると言う概念はない人たちでも、其のコミニティーが相手を敵対することを「社会的使命」とした所属員の任務というものが提示されている場合もある。中国人・韓国人に会えば印象が変わるかもしれないが、中国人・韓国人の集団に会うときの印象・・・つまりある目的達成を求められた集団はまた別の挙動をするということで、結果的に二面性が際立つだけである。日本人でもそういう人は実際多いんだが。
-------------------------------------
で、わたしの場合はどうするのか。
中国とのお仕事の場合、政府間の交渉や技術の相互流通の場面では、まあある程度言うことをしっかりいって、決裂することを怖がらないという姿勢で行くのが一つの方法といえると考えている。もっとも民間同士や地方政府がからむと、とたんに情実的要素や袖の下がからむことがあるのだが、そういうところには手を出さないか、専門のコーディネータとの一緒の活動を行うことが一つの手段だろうとわたしは考えている。あと、民間交流に関しては、お金でなく例えば時に無償でアドバイスをするなどの活動だったり、「それはよくないと思うな」というような善意のアドバイスを相手が圧迫感を持たない程度に行うということで達成するのが一つかなあと考えている。
では韓国の場合は・・・、いままで韓国人とは交流をたかめたものであっても、むしろそれが「日本人と付き合っている」と相手が社会から非難の対象にされ、業務上疎遠になることさえあった。是々非々で対応するのが業務上のわたしの能力では手一杯であり、基本的には韓国と付き合っている業務の人のサポートに回るという方法で交流を深めるぐらいしか出来ないと思っている。不毛だという自責はある上で。
わたしは韓国人とのいい出会いに恵まれなかったのだろうか。

|

« ヘイトスピーチ(1/2) | トップページ | PCダウン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/57316685

この記事へのトラックバック一覧です: ヘイトスピーチ(2/2):

« ヘイトスピーチ(1/2) | トップページ | PCダウン »