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それでは誰も生計が回らない(2/2)

(承前)
さて先ほど省略したところにも、同感するところと違和感を覚えることが交錯する。
---------------------------引用
2013-03-12 自分の強みを活かすというアホらしい発想
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20130312
まさかと思いますけど、「自分の強みを活かして勝負する」ってのが「いい作戦だ!」と思ってる人はもういませんよね?(中略)
今どき事業戦略を立てる時、「自社の強みは何か」みたいなところから考え始める会社って、もうそれだけで終わってる。
そういうのって、技術を企業が囲い込んでいた時代の発想なんだよね。今や、技術は世界中の企業(や大学や研究機関や個人)が持ち寄って組み合わせて使うものになってるんだから。
わかってる?
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個人でいえば、「やればできるのに(やらないなんて)もったいない」みたいなのも同じ。
んなもん、ナンモもったいなくないってば。

人間は「やればできること」ではなく、「やってて楽しいこと」に人生の時間を使うべきなんです。
「自分が他者より巧くできることをやるべきなのだ。やらねばならぬ!」みたいなのって、超貧乏性な発想だよね。 
ピアノが少々巧くたって、好きじゃないなら長い時間かけて練習したってしゃーないやん。そんなん人生の無駄使いでしょ。苦痛なだけじゃん。宝なんて持ち腐れてればそれでいいんです。
子供に関しても、「この子の得意なことは何だろう?」とか考えてるとトラップにはまる。「この子のやりたいことは何だろう?」って考えないと。
(中略)
就活する時とかも気を付けたほうがいいよね。「わが社の強みは・・」とか威張ってる会社はロクなもんじゃない。そんなもん、消費者(=お金を払う人)には何の関係もない。
そうじゃなくて、「うちの商品はこれだけ売れてるんです!」って言ってる会社のほうが圧倒的にまともです。
強みから出来てようが、弱みから出来てようが、買ってきて集めた技術から作ったものだろうが、「これが欲しかった!!」みたいなもの作ってくれれば、それでいいんです。
反対に言えばこれからは「これが市場から求められてる!」と思うものなら、外部から人を雇ってきてでもわが社が提供する! という覚悟のある会社じゃないと生き残れない。
「自分の強みを活かしてできる範囲」しかカバーしない企業なんかお呼びじゃない時代になってる。
(後略)
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私は「自社の強みは何か」みたいなところから考え始めるというよりも、「今何を造りたいのだろう、何が出来るのだろう、何をすれば自分たちが楽しくよくなるだろう」というのがトリガーであるというのは同意する。ただしこれ自体もロジックとすれば独善的である。「わが社の強みは・・」とか威張ってる会社は、消費者にはあまり関係ない価値基準をもって自己評価しているから独善的であるというのはわかるが、対消費者に対して独善的そのものには大差ない。
もちろん、圧倒的保守的客層がいつも定番の製品を、まず確実に変化なく供給し、変化があるものを供給されたらこまるというのを求める、強みがあることが消費者に評価されている場合・産業の集積も割りと現実にはある。たとえば伝統的な食品においては、自分たちが楽しくよくなるというのは消費者にとっては求めたくない特性になることも多々ある。
となると、「自分の強みを活かしてできる範囲」しかカバーしない企業は、それなりの市場規模の中で縮小再生産ということにはなろうが、逆に絶対なくなりえない企業になるともいえる。その代わり「自分の強みを活かしてできる範囲」は確実に守るということが徹底されなくてはならない。
そして、ソーシャルビジネスという範疇にも入るだろうが、世界中の企業らが持ち寄って組み合わせて使う技術(そしてそれらはおおむね満ってきた段階では荒削りなのはいいとして、多くは連関が取れていない独りよがりのものである)においては、社会の中で爆発的に取り入れられる場合も多いが、反対に多くのものは一過性で終わってしまう。寄せ集めを再構成をしない限り、その次に最適化を図るというわがままな消費者には対応できにくいのも、また寄せ集めの限界だからである。(特にいい製品といわれながらも最適化や進化を行えない製品を顧客が立ち去り型で見捨てるというのが、日本では多く、さらに海外で根付いた製品でも日本市場だけは受け入れられないのは、更なる最適化・カスタマイズ化・ドメスティック化が寄せ集め工程の中では出来にくいという側面もある)
技術を企業が囲い込んでいたということはなくなったとしても、お金を回収する、収益化するというシステムを囲い込む行為が企業というもの(既存企業とはいわない)にある以上、そしてそこから国家経営が構築されている現状が、一応機能している(機能していないというのは貨幣のない世界とも言える)ことからみる。すると、やりたいことをやるというのは社会が個人の収益蓄積に寛容な場合は成り立つが、傾斜課税とか懲罰的徴収が想起される個人の収益蓄積に対して寛容でない社会ではさてどうだろうか。
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「今何を造りたいのだろう、何が出来るのだろう、何をすれば自分たちが楽しくよくなるだろう」というのがトリガーというのはまさにソーシャルビジネスである。しかしソーシャルビジネスが大きくなり、業務分担した企業体になると、何をすれば自分たちが楽しくよくなるだろうというような共通の理念の精神的見返りは全体では一応の成果を得ていても個々人レベルまで落とすと、大きな差がついていると考える。つまりソーシャルビジネスはそのままではその規模が大きくなりえないため、安定した業務になりえないし、ある程度の大きさになって安定化したソーシャルビジネスはすでに考えたくもない「自社の強みは何か」というような財務的思考を考える必要がでてくる。

ソーシャルビジネスとしてマイクロクレジットと呼ばれる貧困層を対象にした比較的低金利の無担保融資をやっていたかの「グラミン銀行」自体はわが社の強みがどうこうという話でなく「今何を造りたいのだろう、何が出来るのだろう、何をすれば自分たちが楽しくよくなるだろう」というところから始まっている。これは今でも保たれているのだが他方、グラミン・ファミリーという非営利を含むベンチャー企業集合体の総称では、その投資先などの関係もあり、理念の同意はあっても、必ずしも全部が非営利というわけに行かないということになってしまった。本体のグラミン銀行の経営と分けているので本質的に問題とはならないのが現状救いであるが、この場合、高い理念の創業者が亡くなったら、財閥化ないしは破綻する両極端の可能性もある。
こう見ると、ある程度の社会的活動を篤志的概念にしてもいざ高度に実行すためには資産の集積を求めるしかなく、その段階では峻別の都合から、やっぱり「自社の強みは何か」というところから発想をすることを否定するわけには行かなくなってしまうのであろうと私は考える。グラミン銀行にしてこれかと以前はソーシャルビジネスの限界というものを私はつらつら思ったことがあった。

で、こうとかああとか愚考していたら、そのうちこういう記載が見つかった。
--------------------------------引用
ちきりん女史の釣果を妄想しつつ2歳になった次男の写真を晒す雑記
(前半略)
 技術戦略を考える上で、どこかが開発した技術を調達して製品開発することのリスクというのはとても大きく、必然的に自社の強い技術に特化して、ない技術についてはクロスライセンスをするなどして調達をかけ、将来そこの会社とビジネス的に対立することがあってもお互いに技術を融通しあうことなしに製品開発計画が立ち行かないという状態に持ち込まないと話にならないわけです。ただ、それは、ゲーム業界やクアルコムなど通信業界のルールではそうだ、というだけで、ちきりん女史が語る内容というのはもっとフツーの世間一般な会社を想定しているのでありましょう。
 それは、業界他社や労働市場の誰よりもこれに秀でている、秀でていようという戦略が取れる企業や個人が少数だからだとも言えます。スキルを持っていて、「この技術の提供で飯が喰えています」というイノベーターからすると、技術が相対的に優れていてコスト的に良ければそこそこの営業でも仕事が取れてしまう。逆に、まだこれから成長しようというところで、お前がいなくても他の誰かがやるからという環境でのし上がっていこうと考えている人からすると、お前の強みは何だといわれても無いわけですしね。
 「顧客を熱狂させる」というのは素晴らしい提案です。(後略)
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私は、普通の会社でもある程度基幹株主が社外にいたり(つまり同族会社でメインが親戚筋だとか、社員持株会が筆頭株主ということでない事例)して、基幹株主がその投資回収を主な生業にしている場合、結果的にその業務内容においては「自社の強みは何か」みたいなところを考えたくなくても、形だけでも考えなければ出資者への責任が免れないようにならないようになってしまったと思っている。

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