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日本人の心は他国民に共感を強要できない

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笹幸恵 海外の慰霊碑のありようを嘆く     2013.1.24 08:12 産経新聞
 芸術に疎く、美的センスも持ち合わせていない私だが、先日縁あって鹿児島の沈壽官(ちんじゅかん)窯を尋ねた。数々の万博や展覧会で世界的にも高い評価を得ている薩摩焼の宗家で、15代続いている。
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 薩摩焼は、1598年、慶長の役(朝鮮出兵)に参加した薩摩藩主・島津義弘が朝鮮から連れてきた陶工たちが祖である。彼らは国を思いながら薩摩の地で技術を磨き、島津家の庇護もあって薩摩焼を発展させていった。大正15年生まれ、すでに一線を退いている十四代沈壽官氏は、司馬遼太郎が著した『故郷忘じがたく候』の主人公だ。

 その十四代から、司馬氏との交流の日々を聞かせてもらった。人間味あふれる2人のやりとりはじつに魅力的で、時を忘れた。自らを「茶碗屋」と言う。若い頃は、朝鮮征伐などと言ってケンカを吹っかけてくる連中と渡り合った。戦時中は予科練に志願したいと親に頼みこんだこともあった。軽妙な語り口とは裏腹に、時折、鋭い眼光がメガネの奥から覗く。私は自己紹介代わりに、拙著『女ひとり玉砕の島を行く』を手渡した。海外の慰霊巡拝のルポルタージュだと知ると、彼は静かにこう言った。
 「海外の慰霊碑はどうなっていますか。日本人の心は、ちゃんと残っていますか」
 いきなり本質をついた問いに一瞬たじろいだ。残念ながら、慰霊碑の多くは落書きされ、銘板は剥がされ、草むらに埋もれてしまっている。そこに「日本人の心」が残っているとは言い難い。いや、この現状こそ「日本人の心」であるならば、一体どれほど地に落ちたことか。自身にまとう歴史的運命を受け入れ、その伝統とともに誇り高く生きてきた十四代を前に、私はただ恥じ入るばかりだった。
 かつての将兵たちは、まさに故郷忘じがたく、今も日本の行く末を見守っているに違いないのだ。その足元を忘れ、目先の出来事についてごちゃごちゃと勇ましいことばかり言う日本人の何と多いことだろう。海外の慰霊碑のありようを思うにつけ、その薄っぺらさが情けない。(ジャーナリスト)
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1597年豊臣秀吉の朝鮮出兵で島津義弘の軍勢の捕虜となった陶工・朴平意ら朝鮮人が翌年薩摩国日置郡につれてこられた。のち、彼らは現在の鹿児島県日置市東市来町で朴平意を庄屋に任じて陶磁器製造を許された。島津光久は保護と統制の表裏一体の政策が進められる。日本人社会から完全に隔離し日本名を名乗る事や日本の衣服を身に着けることを禁じ、薩摩藩御用焼として陶磁器製造を監視下に置いた。そして日本人社会と完全に隔離して薩摩藩御用の焼物の生産維持と言語を含めた朝鮮風俗の保持を強制するためのものであった。ただし日本人による彼らへの犯罪行為は厳罰に処せられ、郷士待遇であった。しかしこれは不自然な行為でもあり明治時代になると、陶磁器の販路開拓には不便だという実利的問題もあったようで、日韓併合後、住民は自ずと日本人姓に改姓した。ただし、当地出身の優秀な外交官で太平洋戦争開戦時及び終戦時の外務大臣であった東郷茂徳のように早いうちに日本人としての教育を受けた形もある。まあ言い方を変えれば、技能の高い朝鮮人は当時としては「意識の高い人間」といえるところもあり、それを拉致してきたのだからこそ、アイデンティティーはどこにあるかを彼らは悩んでいるのかもしれない。
この文章の筆者は右翼の論客であり、その視点のバイアスが強いということは前提としておくが、問題提起自体はあり程度意味があるのだろうとは思っている。ただし、記念碑自体の意味合いの問題になるのだが、確かに慰霊碑は其の地域に関係した人に関係した人にとっては意義があるのだろうが、その地域で大切にされるかどうかは別問題である。
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機械でも設備でもそうだが、日々の清掃管理というのはそれなりに手がかかるものである。
たとえば、常時誰かを頼んで、日々の掃除や管理をさせる。もちろんそういうことをやっていなくてもOKな材質を選んで建てているのだが、むしろ問題なのは、毎日の整備・掃除(特に熱帯地域の湿度による鉄材の腐食や雑草の生える速度は半端ない)による急速な劣化であって、基本的には人間による巡回管理が頻繁いなされていなければならない。その速度は時々日本人が慰霊にくる程度の頻度ではまず済まない。
となると、悲惨な状況の慰霊碑の管理となると、地域の人にボランティアを頼むか、お金を出して管理の人間を雇うなどの金銭的処置をするかという選択肢がのこる。あとの選択肢は古朽に任せるかだが、この記事ではそれを期待していないのでとりあえずは省く。
まず、地域の人にボランティアを頼むとなると、地域の人にこの慰霊碑の意義を理解していただくことから始まる。しかし、大概の慰霊碑はその海外の人が理解できる内容とはほぼ遠い。まず言語が日本語と英語だけだという場面もあるし、それ以上に彼らが言語が読めなかったりする。その前提があっても慰霊する対象が、かつて自分たちの生活を脅かしたような場合には、まず心理的にお手伝いしたいというモチベーションが出てこないわけである。
その上で亡くなった人を慰霊するという行為自体が理解できないという場面もある。子供の死亡率が元々高いとかいう場合には、元々慰霊という概念がないこともある。この人たちに、たとえば公共設備を寄付するなどの目に見える効果がない場合は、なかなかボランティア的活動をお願いすることは難しいし、「日本人の心」という彼らの生活観とかけ離れたものを提示することは、彼らに対する思いやりと情緒を大切にすることとはいえないのである。かつての将兵たちは、今も日本の行く末を見守っているという思いはおおむね共有化する認識はあるが、そもそも日本という国にこだわることが全世界的な存在価値の低下を招くという認識の人に拮抗している場合は、このような意見は、金銭的とかというなまなましい根拠を出さないと説得できないのである。
次に管理費を工面するとするとして、金銭的処置をする側面がひとつありうるだろう。そして、慰霊碑に関わる親族による篤志が必要かと思う。もちろんこれを国家予算にかぎらずとも期待することは出来るが、実際にはこちらも人材の派遣となると予想以上に高額になるし、だからといって現地で人材を雇いということが出来るのだろうかというと、意識差があって難しい。さらに日本人が誠意を持ってやっていても、経済活動で相克することで、結果的に慰霊碑を見守ることは逆に破壊行為を招くこともあるのだ。
こう考えると経費以上に、慰霊碑を維持するということは日本人の信条を提示することではあるが、現地の人たちにとっては存在意義を理解する資料もなければ、意欲もわかないため、独りよがりにしか見えないということを考える視点もあろう。彼ら地域の人に協力を仰ぐには、経済活動などで競合をしたような事情で日本人自体の存在自体が地元の人の生きることの邪魔になってしまうことはある。日本人の心がちゃんと残っていることが、碑の存在価値を邪魔者と認識させる場合もあろうと考えると、心で訴えることよりも実利で訴えることにしないとならないのではと思っている。たとえば学校などの建物を寄付し、その代償として慰霊碑の維持管理を訴えるとかが考えられる。つまり、日本人の心や文化ということを訴えることが、相手の国の心や文化ということを共感を得る余地がなく、金銭的に潤沢という形にならない場合、空気読めという無理筋を通すことは「相手に対する思いやりと情緒」をそぐのではと思う。
そして、私は海外の慰霊碑が維持されていることが、「日本人の心は、ちゃんと残っている」というのとは、同義なのかといぶかしがる。恩讐は物品や遺跡としては消えていき、徐々に歴史の記録に移行されていく。その歴史の記録に移行させる事に注力させるのがこれからの活動であるわけであろう。歴史の記録に移行させる事はたとえば上記した学校の建物の寄付とか、農業技術支援など、金(=この場合は人件費が主)の継続的な負担でなければならないわけで、碑の建立という単発活動でまかなうものとは違うはず。本当は、日本人の心を残すということが主題なのではないか。こう考えると、少なくとも資本主義の中で動くには、「日本人の心」を守るためには「日本人の心」もまたいくらかは変質していかなければならないという自己矛盾があるのではと思う。
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薩摩焼の宗家が、自身にまとう歴史的運命を受け入れ、その伝統とともに誇り高く生きていったのは、技術という心のよりどころと、そのよりどころをある意味(意図せずとも)維持した薩摩藩というある意味意図しない偶然のなかで存在を見出せたという、文化に対する価値観が大きく変わらなかったからこそある現実対応であろう。けど実は薩摩焼の宗家たちは、実に現実に対ししたたかでなければならなかったからこそ、文化的なものを守ってきたという側面がある。そして、碑など長期的に維持できるものは彼らは多くは持ってなかった。これは幸いであるが、消耗品となっていることもある陶磁器を作っていたが、その高等な造作で「碑」と同じ存在に作り上げたという自負があろう。結果的に薩摩焼の代々の宗家は、碑にならない可能性のあるものを、「碑」にしたのである。
「海外の慰霊碑はどうなっていますか。日本人の心は、ちゃんと残っていますか」と、十四代沈壽官氏はおっしゃったと書いている。しかしこれは海外の慰霊碑は決してよい状況でないとしても、本当は「日本人に日本人の心がちゃんと残っていることが重要」という沈壽官氏の示唆、問題提起(執筆)をした笹幸恵さんへの更なる提案・視点のアドバイスではないのかと、私はうがった見方をしている。

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