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人に頼るための資質を育てる

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http://agora-web.jp/archives/1512783.html
社会・一般 日本は「先生族」に頼りすぎではなかろうか?  北村 隆司
「先生」の語源には詳しくないが、元々は自分が教えを受けている師(師匠)に対する敬称として使われていたが、その後、教員(大学も含む)代議士、弁護士、会計士、医師など知的職業に従事する人を対象にした敬称となった様である。
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処が、知的職業に従事する人々の質のばらつきや先生と呼ばれる人が増えるに従い、先生と呼ばれて喜ぶ人を皮肉る「先生と言われる程の馬鹿でなし」と言う川柳が流行し出した。

この事を、もう少し真面目に取り上げた池田信夫ブログ(旧館2009-04-13)には、こんな事が書かれている。

企業の中では『課長』『部長』というように肩書きで呼ぶのが日本のマナーだが、これも外人がみると奇異に映るようだ。外資系企業では、同僚は(日本語でいうと)呼び捨てで、ほとんどはファーストネームで呼ぶ。日本人には「さん」をつけるが、外人どうしでMr.をつけることは上司でもまずない。ただ中国では『先生』という敬称が『さん』に近い感じで使われているので、日本語は中国圏なのかもれない。
こういうマナーは意外に重要で、日本でもマスコミは『さん』が多い。朝日新聞は民主主義だから社長も『さん』で呼ぶ――と入社試験のとき教えられた。NHKもそれに近く、ほとんど『さん』だ。出演者にも『先生』はつけないのが原則だ。

残念ながら、NHK番組に関する限り、池田信夫ブログは時代遅れで、今ではどの番組も「先生」のオンパレードである。
「料理人」「床屋さん、髪結い」と言う慣れ親しんだ呼び方を使う代わりに、「シェフ」「ヘアスタイルアーテイスト」とカナ文字に変えて「先生」と呼ぶのが現在のNHKの方針の様だ。まさか、出演の「先生方」を馬鹿にして「先生」とお呼びしている訳ではあるまい。
それだけではない、ホステスは「マナーコンサルタント」、引越し屋さんは「物流コンサルタント」、守衛は「セキュリティコンサルタント」、廃品回収業は「廃棄物コンサルタント」、示談屋は「補償コンサルタント」、植木屋や庭師は「ガーデニングコンサルタント又は、ランドスケープコンサルタント」、花屋さんは「フラワーアーテイスト」と言った具合に「カタカナ化」にプラスして「XXコンサルタント」と読み替えて「先生」とお呼びしているのがNHK番組の現状だ。
その一方、ノーベル賞を受賞した山中教授などの呼称は「対面」していない限り「さん」呼びである。
これは、NHKの「カタカナ読み」と「コンサルタント」への尊厳の高さの表れなのか、「先生と呼ばれて得意になっている人を皮肉る」意味なのか、NHKに問い合わせた事がないので判らない。

それにしても、日本のコンサルタントの洪水ぶりは度を越している。中には、「舗装コンサルタント」「包装コンサルタント」「国産豚肉コンサルタント」「アイデアコンサルタント」「片づけコンサルタント」「イメージコンサルタント」「浮気解決コンサルタント」など自分の身の周りの問題解決まで、先生に頼る時代になってしまった。これでは、福沢諭吉が夢に見た日本の「独立自尊」への道は遠い。
暇にまかせて「ウイキぺデイア」で「コンサルタントの種類」を検索してみると、全国協会を持っている「コンサルタント業」だけで150業種を超えていた。「塾」で育った日本人は、社会人になってからも「独立コンサルタント」「献立コンサルタント」など他人の助けを借りる癖が抜けず、「ひとりだち」もコンサルタントに聞く事になりそうだ。
この調子だと「先生と言われる程の馬鹿でなし」と言う川柳も間もなく「廃句」になりそうだ。
日本は本当に不思議な国である。
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落語によくいるご隠居さんはどういう存在なのだろか。辞書的に書けば「家督、家産を相続人に譲り、社会生活の第一線を退くこと」ということだそうな。江戸の武士は自発的に隠居するには70才以上(当時としては相当な長寿である)、病気になったら40才以上でなければならないという条件もあったという。強制的に隠居をさせられるということもあったようだが、実質的な蟄居である。また武士といっても郷士だとか、商人(ただし一定の資本があり社会活動ができるクラスに育てた。この意味でも彼は実業家といえる)もそうである。かの地図を作った伊能忠敬は数え年50才で家業(まさに小さなコングロマリットである)を隠退し、江戸で隠居生活といいながら、幕府の暦方の高橋至時に師事(今となれば研究型大学の研究室に入った上に寄付講座をつくったようなものか)して勉強した結果今に名がある。ただしご隠居さんという場合、商人など今の感覚で言うと若い40台の人も多かったようである。そして、別にお金を取っていないから等価ではないのだが、無償のコンサルタントでありメンターであったりする。
それは今では対象によっては成り立たない側面がある。「ご隠居」という形でアドバイスをしてもらうことはもちろん無償のため、「もしもの責任を取ることができない」となると、放送など公共的なものでは、街頭録音(ふるっ)に参加する人と差異ができなくなるという程度であるのではと思う。少なくとも放送局としてはそれなりの人選を行って、対価を払って情報の品質を保ってる(と思い込む)のである。
その一方、ノーベル賞の山中氏の呼称は対面していない限り「さん」呼びであるというのは、対面している(番組に呼んだなら専門家としての出演料が発生する)ときと、一般的議論をするときでは発言の責任が異なることの証左と考える。

まあ、私も時々「先生」という立場になる。よくセミナーなど単発の指導だと壇上に立つ紹介を受けるときに「先生」といわれることがあるが、これは否定すると今度は講演を依頼する側の立場がなくなるということになる場合も多々あるようだ。したがってそういう場面では「先生」という言葉を否定することは難しい。
ただ個別指導(課題解決のために複数繰り返す形)の場合、相手の人数も少ないしこのような場合は先生という言葉があると、相手の依存性を上げ指導効果を低下することが著しい。この場合は先生と呼ばれたりすると、「先生と言われる程の馬鹿でなし・・・なんてのもあるぐらいで、名前を言ってもらえればいいですよ」ということにしている。後で知ったのだが「書道教授」をやっている親戚も、先生ということは禁句にさせているらしい。
放送局の事例ではたぶん「カタカナ化」+「XXコンサルタント」と読み替えて「先生」としているのは、発言に対する責任管掌の問題でないかと推察するのである。たとえばプロ並みといえる技量を持つ平野レミさん(彼女は歌手であり、調理専門人・料理人ではないが、料理器具のアドバイザなどはしてますね)が料理番組にでるものの先生扱いを嫌がって「料理愛好家」という肩書きを使っているのも、このあたりの問題かなあと思っている。

もっとも、営業上の問題から他者と差別化するために肩書きだけを言い換え・書き換えて、専門分野をアピールするものだから名前がうじゃあっと出ているのではと思う事例も多い。
「舗装コンサルタント」>土木系の専門技術者や技術士・博士号取得者・自動車の走行技術者
「包装コンサルタント」>包装機械の専門家・食品系の技術者や技術士など 
「国産豚肉コンサルタント」>食品加工の研究者や技術者・技術士
「アイデアコンサルタント」>弁理士・弁護士・特許研究者
「浮気解決コンサルタント」>弁護士・隣接業務者(司法書士など)・心理療法士
したがってこれらは、本質的にコンサルタント業務の母数が増加したと言い切れないで、看板だけが架け替えられているともなすべきであろう。
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このように考えると、コンサルタントの増加は旧来無償で「支援」している隠居クラスの人が、微小でも対価をへて責任を持たせるような呼称としただけであり、横丁のご隠居の肩書きの読み替えだったりするのではないか。つまいサービスの負荷増大に伴う、内容の顕在化・有償化であるといえよう。
もうひとつは、あまりにも社会の業務が深くなってきており、すでに自分の身の周りの問題解決まで、専門化による知識が価値を持つというのはあるのだろう。(もちろんネットで調べる範囲の知識収集は当然やってるとして)自分で考え推論することで解決できることが減ったということであるし、そのような自分の知識での推論による解決が独善的として否定されるほど、相互連携が煩雑化しているともいえよう。
たとえば官庁への書類作成はある一面では楽になった(簡易化された)ところと、社会の情勢変化で事細かく書く項目が増加しているなど、無償範囲で得られる情報や推察能力ではもう足りないところまできていると思う。質に関してコスト面からは無茶を求めるぐらいの状況では、各自のノウハウでは隣接領域の世界が見渡せない。レオナルド・ダ・ビンチのようなすべての世界に対し広く「深く」わかる人材は人間ではもう育たないし、育てることさえ成り立たないと思う。そしてこの傾向はアメリカなど「塾」がない地域でも、職分の細分化と責任分担の中で、あまねく生じていることなのではないだろうか。
むしろ、他人の助けを借りるというなかで其の質や真偽を判定できる知力を各人が持つ・・・ということが知力の基礎となって育成していくべきという視点が、消費社会の中での立ち居地とと思う。

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