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あざとく見えないように誤魔化すには

先日、人前で話をしているときにふと言葉が出なくなってしまった。
「えー、今回の講義におきましては、思考訓練を・・・・思考訓練を・・・、大事なことなので二回言いましたが、・・・・繰り返すことで、習慣づけを行うことを意図しております。」
はっきりいうと、流行の冗談であるようにごまかしたのだが、明らかに一部の人には「入れ歯安定剤」とばれていたので(笑)がおきたのである。

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以前の私なら、まあミスったで終わるのだが、このときは非常にいやな記憶が思い当たってしまった。落語家の8代目桂文楽の故事である。
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8代目桂文楽は細部まで緻密に作り込み、寸分もゆるがせにしない完璧主義者で、高座に出る前には必ず演目のおさらいをし、「高座で失敗した場合にお客に謝る謝り方」も毎朝稽古していたという。

1971年8月国立劇場小劇場で大作『大仏餅』を演じることになった。前日に別会場で同じ演目を演じたため、この日に限っては当日出演前の復習をしなかった。そして、高座で噺を進めたが、滑らかにはなしだしたもののある台詞を思い出せず、絶句した。文楽は「台詞を忘れてしまいました……申し訳ありません。もう一度……勉強をし直してまいります」と挨拶し、深々と頭を下げて話の途中で高座を降りた。以降すべてのスケジュールはキャンセルされた。引退宣言はなかったものの二度と高座に上があがらず、程なく逝去した。このとき、舞台袖で文楽は「僕は三代目になっちゃったよ」と言ったと伝わる。(3代目柳家小さんは明治時代に名人と歌われ、優秀な弟子を育てたが、末期は脳軟化症による重度の認知症になり、同じ話を続けてしまう、別の話が混ざってしまうなどとなってしまい引退したという故事がある。)

反対に、6代目三遊亭圓生はホールでの落語会で、江戸の名物、「武士鰹大名小路生鰯……」の言い立てでやはり絶句し、数分間の沈黙の後、ようやく思い出し事なきを得たもののその直後、「思いもよらない一言」をもらした。これは良くも悪くも三遊亭圓生の性格と、最後(落語協会分裂騒動で一門弟子を連れ落語協会を脱退したが翌年失意のうちになくなるという境遇)を予告するような悪魔の一言である。
「あたくしもおいおいに桂文楽になる」
そう考えると、うまく処理したというのはほめ言葉でもなんでもないのである。頭が回っていない証拠になりうるのである。
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さて、今度は某所でお話をしているときにこういう話が出てきた。自己啓発プログラムでの他の外部講師のパワーポイントにただ一言。
「じゃ学習するのは・・・今でしょう」
某予備校のCMが元ねたである。

これはNHIでもネタにされていた。(サラリーマンNEO)
NEOリクルートスクール / NEOビジネススクール / NEOシニアスクール : ビジネススクールのCMをモチーフとし、 画面構成や登場人物(講師)の名前・雰囲気まで東進ハイスクールのCMを模倣したもの。

確かにこの場合は他の外部講師の計画・仕込みということになる。しかし使い方を間違うとあざとくなるというきわどいものである。小手先の話し方というのは、得るものも大きいがリスクもあるんだと考えさせられる。

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