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まったくしゃれにならなくなった

かなり前(前回2009年の衆議院選挙直後)にこの漫談(を模擬したピン芸)を見て、私は非常にショッキングな影響を受けた。これ以外政治ネタをあまりTVではしない人(独演会では派手にやってるだろうと思う)のだが、まあ彼女の作りこんだネタに対して、現実がこの漫談の追認に似たようなことになってしまっている。

MIYUKI TORII THE RED THEATER 20091021 投稿者 taro1982
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まあ、政治家の資質というのは、大方其の時代の社会体制と庶民の資質にかかわってくるのであろうし、軽はずみな意見はするべきでないのだが、よく技術者の中で話題になるのは、日本では技術者が総理大臣になるのは極めて少ないが、中国に限らず、諸外国では技術者・理系研究者・理系教育者が首脳になる例が多いという。
何で日本は少ないのかという議論である。
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いわゆる日本の政党では自民・公明に「文系」出身者が多く、民主・共産・社民に比較的「理系」出身者が多いという。そのため、自民党が政権を担っていた時期が長かったから、結果的に戦後首相のほとんどが「文系」から輩出されている。もちろんこれは簡単なことでなく、元官僚や法曹関係が多いのが自民党だたからということもいえるのだろう。自民党で戦後総理になった理工系の人は田中角栄氏・鈴木善幸氏の2名といえるそうだが、其の資質はともかく田中氏は土木・建設技術者として会っても調整型のなかで隠然と力を持っているタイプらしい。こういうエピソードを聞くとあまりロジックを組んでじっくりとというよりは感性を先立たせ、そのあとに論理性を伴うという形のような気がする。一方、鈴木善幸氏の場合は水産技術者としての専門教育を受けているが、その後の職務はシンクタンク(しかも水産経営)の研究者というところから立脚しており、また初当選直後は社会党に所属していたので、社会人としてはどちらかというと管理畑だったのかもしれない。

では民主党の場合はというと鳩山由紀夫氏という事例がある。彼は東京大学工学部卒で大学で教育をしていたり論文を書いているが(ただし経営工学で数理経済学に近い)、頭がよくということは、他人がわからないという苦しみを体得できないということから、場合によっては第三者への説明・納得が下手ということになりがちである。
そしてそのあとの、菅直人氏は東京工業大学理学部応用物理学科で、これまた理系の中でも実学系でない。ただし、彼自体は社会運動家の側面を学生のころから持ち、弁理士資格を持っているから、社会人となってみるとどちらかといえば理系の業務にはずれないが遠からずというころである。
そして、今のドイツの首相も研究者である。(もっともそれ以前の首相は多くは法律家であったりしたからこれまた特異ともいえる)

他方、近隣の中国共産党の執行部は理系出身者で占められ、かつてソ連でも全部ではないにせよ多くの指導者が工学や理学の習得をしていた。
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ここでドイツの例を出したのは、過去の歴史の経緯から日本人とよく似たメンタリティーを持っているということを考えるといいのではということである。どちらの国も今は「リーダーシップをとる」という政治家に対しては、否定的な感じを持つことが多いということらしい。
理系の業務においても文系でも同じといえば同じなのだが、業務を進めるのは
●其の人なりの仮説を理念や概念・事実の積み重ねを典拠として組む
●それができるかどうかを資料などによって考え、場合によっては実験もする
●それを確定させてから実情にあった運用・使い方を他人に示して運用を考えて実運用に落とし込んでいく
ということが必要とされる場合が多い。
ところが、この手法はリーダーシップ(時として指導者)がいて、其の指導に対して下部組織が現実にあわせていくという社会制度なら成り立つのだが、ボトムアップによる政策提言があり、かつ其の政策提言がまったく相容れない間反対のものであって、それらをロジックで考えても五分五分と言う場合が多いばあい、「其の人なりの仮説を理念や概念・事実の積み重ねを典拠として組む」ということが、必要となってくる。
となると、ここにはボトムアップによる政策提言とともにこれを取捨選択する首相らへの国民からの権利移管を伴わないといけないのだが、後者は過去のリーダーシップをとる行為自体に瑕疵が付きまとうという事象から、大概成り立たないようである。つまり、リーダーに求める資質はコンパイル能力と調整能力であり、業務を増し遂げる資質は多くの国民から求められられていないことになる。
確かに調整能力となると、今度は
●実情にあった運用・使い方を考えて体系が維持できるかを合議する
●それができるかどうかを資料などによって考え、場合によっては実験もする
●微調整をして運用の実務的混乱がないような仕組みに載せる
となるわけである。ビジョンというのは後つけでなければ、混乱を生じさせる。

才能あふれる技術者は大人数の企業経営者に適さず、経営者であることは才能あふれる技術者たることをあきらめるものという説を説く人がいる。そして、ドイツの首相も研究者であるが調整型の政治家に徹しているとも言う。よくビジョンを示せということで政治家を揶揄するものがいるが、ビジョンを示せば概して独善的となって離反するものの多いこともまた事実である。
ロジックのない人間が尊ばれる(社会の中枢にいる)のは欧州では其の国のステータスを脅かすものであるというが、そもそも、その根底には社会階層の歴然たる蓄積とそれを壊すことのできない通念が支配しているからである。社会的階層形態がぶっ壊れた社会では論理性よりも感性である。そしてスタッフのほうに論理性が求められるとなるのだろうが、では現実のスタッフはというと・・・。

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