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できればオフの時は

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依存症にご用心! 電話やメールの着信をうっとうしく感じたら“デジタルデトックス”  2012年12月6日 11:00 (サイゾー)
 いまや多くの人がスマホを持ち、電話やメールだけでなく、TwitterやFacebookといったSNSから無料コミュニケーションアプリのLINEなど、さまざまなツールを使いこなしている。ビジネスもプライベートも関係なく、四六時中オンラインになっているのが当たり前の状況だ。地下鉄内で数分圏外になるだけでもイライラし、中には電波の届かない地下のお店などには入らないようにしている人もいるだろう。ここまでは利便性ととらえることもできるが、電話やメールの着信をうっとうしく感じてきたら要注意。完全にデジタル中毒の症状だ。受信するのが気が重く、友人からだとほっとするようだとちょっと危険。心が弱り始めている兆候なので、早めの対処が必要だ。
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 そこで、お勧めするのが「デジタルデトックス」。これは“デジタル中毒を解毒する”というアメリカから広まり始めたムーブメントで、デジタル機器を家に置いて出かける数泊の旅行プランが人気を集めている。ホテルによっては、チェックインの時にスマホを預けると割引サービスを受けられるところも。デジタル疲れは日本でも同じ、いや、もっとひどいかもしれない。

 とはいえ、いきなり旅行というのもハードルが高い。そこで、プチデジタルデトックスから始めてみよう。まずは、休日に電子機器を一切触らないようにする。テレビやビデオもやめて、読書なり散歩なりをしてみよう。食事中に手持ちぶさたになるなら、それは禁断症状。周囲に目を移し、最近見ていないものに注意を向けよう。家族や友人、恋人との会話にも集中できるし、邪魔するものもない。半日だけでも、ずいぶんと心が軽くなるのがわかるはず。できれば、オフの時はずっとデジタルから離れるのも悪くない。
 ビジネスに関する緊急の用事が飛び込んでくる可能性があるなら、完全に離れるのは難しいかもしれない。しかし、オフの間は連絡が取りにくくなると事前に連絡しておけば、ほとんど大丈夫。それでも不安なら、上司だけに自宅やホテルの連絡先を教えておけばいい。本当の緊急時にコンタクトが取れるなら問題ないはずだ。チャレンジすればわかるが、ほとんど杞憂。デジタルデトックスから復帰し、メールを見ても特に何も起きていないのが普通だ。
 いきなり断ち切るのが難しいなら、デジタルダイエットから始めてもいい。メールはリアルタイムにチェックし、数分おきにTwitterに投稿。移動すれば、foursquareにチェックインする。食事はInstagramで撮影して、複数のSNSに投稿。読書や映画はFacebookに感想を載せるために鑑賞する……というのはやりすぎ。利用するウェブサービスを集約し、不要なサービスは解約してしまおう。今まで複数のアプリを切り替えていたのが、バカらしくなるほど平穏な気持ちになること請け合い。スマホをいじっている時間を減らせるはずだ。
 いまやデジタルは意識して利用を制限しないと、体や心を蝕むレベルまで生活に浸透している。デジタルデトックスを活用して、リフレッシュすることをお勧めする。
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国立病院機構久里浜医療センタ-(元の国立療養所久里浜病院)には、ネット依存治療部門というものがある。このように、おおむねものには習慣性があるというのは致し方ないようで、チョコレートなどの食品と同じような病状の解析手法などは類似しているようである。ところで
この、ネット依存治療部門には「第1回インターネット依存国際ワークショップ」開催にかかわる内容の発表があり、
    ・韓国におけるネットゲーム依存とその治療
    ・ひきこもりとインターネット依存 韓国の事情
というものもあるので一瞥をお勧めする。
まあ、習慣は、後天的な行動様式であり、反復して行われることで固定化される。身体的な振る舞いの他に、考え方など精神的、心理的な傾向をも含むとなると、社会性というところまでかかわるのであろう。そういう意味では電車の中でまでケータイを見ているというのは、「電車の中ぐらいは目を使わないほうがいいのでは」と思うことはある。しかし、何か理由がないと社会性の逸脱とこれらの習慣との結合を解くことは難しい。

そういう意味ではデジタル機器を家に置いて出かける数泊の旅行プランというのは、その理由が第三者に説明でき、逸失利潤が容認できるならばいいと思う。前もって今週は旅行に行っているので連絡がつかないことを承知してくださいということになることがちゃんと言えばいいのである。またPCなどをもたないで出歩くことをできるようにできる機会を、定期的に設けるようにしたほうがいい。新幹線の中などは(仕事で切羽妻っていた場合は仕方がないが)できるだけ本を読んだりとかしたほうがいいのだろう。私も時々旅行に出かけることがあり、其の中に温泉宿なども含まれるが、緊急時のことを考えるとケータイは持っていくにせよ、PCの代わりに読むべき本を持っていくようにしている。
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ただし、デジタルデトックスから復帰し、メールを見ても特に何も起きていないのはいいかというと、特に問題ないということにはならない。商売によっては、同業者から「たまたまあなたのところに情報がいかなくて、うちが受けた」ということは何度か経験している。どうも「不在です」ということで、それならほかに頼むということもあったり、また、「それだったらあきらめる」というような場合(特に潜在的ニーズの内容、極端なことを言えば「予算が捻出できたので今後のために投資したいのですぐ・・・」とか)も多い。また反対に、緊急に物品を頼む場合、担当者自身に連絡がつかず、上司に頼むということなら其の後に対応内容に阿吽の呼吸があるような業務にあっては、「いや、いいです」という対応しかできない場合もある。もちろんこのような場合その後の付き合いの優先順位も変わってしまう。つまり「常勝戦場」であることを各自の人物の資質・姿勢に求められる業務内容の場合、人格否定のような峻別が行われるということである。
つまり、人と対応する業務の場合デジタルデトックスを行うという行為が、対する「人」「コミニュティー」にまったく理解されない場合は、これはうまくいかない。顧客がそのようなこ事情を考えて頼む余裕はこのような社会状況下においてはすでにない。となると、デジタルといって逃れられない業務内容などは「生きている以上」厳然と存在する。デジタルデトックスから復帰したときメールを見ても特に何も起きていないのではなく、デジタルの世界からすれば、其の段階で「使えない」とはじかれているという場合もやっぱりある。デジタルの世界が世界の経済を支配しているとなれば、デジタルデトックスをある人がやっているからということは、日常生活の中で「無視」ということで終わってしまうのである。(特に「ムラ」社会という閉鎖系のコミニュティーではそうなりがちである)
いまやデジタルは意識して利用を制限しないと、体や心を蝕むレベルまできている。しかし、体や心を蝕むことは第三者にわからないし、相手に配慮するか配慮できる情況かは折々で不確定なのだ。そうなると、業務以外の内容で代替可能なものにおいては、日ごろからも連続して扱わないとか、わからないことをいつもデジタル環境に頼らないとか言う時間を「仕事以外のところで」規則的に調整するようにすることて、トータルのデジタル依存内容の制御をするしかないのかなあと思う。

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