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元気があっても何でもできるものではない

下世話な話である。しかし、ここまで貫く(おい)と自体に人生の喜び・自分たちの存在価値を持っているとさえ想起される。(けど当人にあったら、いかにも下世話な人と感じるかもしれないのだが)
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路上性行為の62歳男&26歳女カップル 「数年前から男女の関係にあった」2012年11月30日(金)15時54分配信 J-CASTニュース

カップルが路上で男子中学生に性行為を見せつけるという、なんとも信じられない事件が発生した。このカップルが、なんと62歳男性と26歳女性という驚きの年の差だった。事件の内容とあいまって、インターネット上では驚愕の声が広がっている。
「性教育のために勉強をさせてあげた」
事件は2012年6月30日19時頃、埼玉県羽生市で起こった。14歳と13歳の男子中学生が自転車で走っていたところ、後ろから男女2人が乗った車が近付いてきた。2人は道を聞くふりをして中学生を近くの月極駐車場まで誘い込み、車をおりて性行為を始めた。さらに女性の胸や陰部を中学生に触らせた。
中学生の親から通報があり、埼玉県警が捜査したところ、中学生に携帯電話のメールアドレスを教えていたM容疑者(62)の関与が浮上。11月28日、交際相手のF容疑者(26)と共に、県青少年健全育成条例違反容疑で逮捕された。向野容疑者は「性的欲求にかられた」、藤波容疑者は「性教育のために勉強をさせてあげた」と、容疑を認めている。翌29日にはさいたま地検熊谷支部に送検されている。
2人は夫婦ではなく、同棲もしていない
この事件が報じられると、インターネット上では「エロい漫画に出てきそうなネタだな」と内容について突っ込む書き込みがされたほか、「62と26??????」「え、男の年齢間違いじゃない??」「年齢差が…親子?」など、まずカップルの年齢に驚いたという書き込みが並んだ。「交際って書いてあるが普通に風俗嬢だろ」「AV撮影じゃねえの?」と、「交際」を疑っている人も多い。
埼玉県警子ども女性安全対策課に話を聞くと、2人は夫婦ではなく、同棲などもしていない。一般的な「恋人」という関係にあるかどうかはわからないが、最近出会ったというわけではなく、数年前から男女の関係にあったようだ。また、2人は定職に就かず、向野容疑者は添乗員など、藤波容疑者はドリンク販売など、複数のアルバイトを掛け持っていた、というところまではわかっているらしい。
2人の詳しい素性や関係については、今後の調べで明らかになっていくだろうと話していた。
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まあ、県青少年健全育成条例違反容疑での逮捕ということは、「近くの月極駐車場まで誘い込み」、屋外であっても公道ではなかったというのがあるのかもしれない。このあたりの問題が逮捕まで6ヶ月を要したのであろうか。どっちにせよ、青少年にとっては、ある意味トラウマになる行為になりうる可能性はある。「性教育のために勉強をさせてあげた」といわれても、どうも趣味と実益を兼ねた行動に関しこのカップルは自分の行動をを正当化することにとどまっているとも考える。

ただし、よく考えると遠隔地まで出て行き(都内や川口の人らしいが、また羽生までくるとなれば80キロ以上ある)こういうことをして、あまつさえ「何でケータイの番号を教えていたのか」と不思議な側面もある。つまり、この場合、このひとたちの倫理観の中に、もともと生殖活動の公開などをまったく倫理的に無視する認識があったのであろうという想像が成り立つ。つまり解釈によっては「信念をもって行った」という見方がされるという悩ましいことになるのかもしれない。多くの性的マイノリティーの打破を狙う(・・・たとえばフリーセックス活動を提唱する人々・・・)人には、もともと活動をやっていること自体に人生の喜び・自分たちの存在価値を持っている人が多い。
個人的にはそこまで深い付き合いはないのだが、実はお知り合いに、このような性生活こそこれからの精神世界であると考える人はいくらかいる。普段はまじめにお仕事をしたりしているだけにその考え方自体は尊重されるべきとは思うのだが、相容れないというむなしさもあるようである。そういうある意味信念を持っている人だとすれば、「カップルの年齢に驚いた」「数年前から男女の関係にあった」という上に「複数のアルバイトを掛け持っていた」となれば、ある意味わからなくもない。
これもかなり古い話なのだが、知人が浪人生のころ、夜奈良公園を歩いていると、公園に車を止め、ハッチバックをあけてそこで励んでいる中年のカップルがいた。さすがに避けようとしていたら車のほうから「よう、にいちゃん、興味あるなら見ていけよ」というありがた迷惑なお言葉。どうも見られて興奮する趣味の方のようであったらしい。(ちなみにその知人は見ていったそうである。)
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まあ、
『子曰く、吾れ
  十有五にして学に志す。
  三十にして立つ。
  四十にして惑わず。
  五十にして天命を知る。
  六十にして耳順がう。
  七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。』              (為政編)
という論語の記載があるが、惑わず、天命を知った人間でも耳順がう所には至らずというのを感じてしまう。元気で立って(苦笑)おり、若いってすばらしいが、残念ながら心の欲する所に従って、矩を踰えず(=思うままにふるまい、それで道をはずれない)というほうには歩み寄れないのだろうなあ(苦笑)。

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コメント

たいへん楽しく読ませていただきました。心のほうはお元気そうで何よりです。

投稿: niwatadumi | 2012年12月 3日 (月曜日) 23時22分

政治もそうなのですが、心の中や主義主張を一意に社会や国家・宗教が決めることが否定される現在、「アホ」とこのペアの行動を揶揄するのは簡単にできても、其の意義を突き詰めるとこのペアは行動に黄金律(すなわち「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」)を堅持してたり(苦笑)することもあるわけで・・やりにくいですなあ。

投稿: デハボ1000 | 2012年12月 3日 (月曜日) 23時58分

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