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恩讐はいつまでも去っていかない(2/2)

(承前)
このような過去の由来・怨念を反故にすることは、実際は歴史的にはある程度は前向けの行為であり理知的な行為と見なされてきたようである。それは欧米の小説などに見られるし、その影響が翻案として導入された結果日本では明らかに勧善懲悪ものにある。(戦隊モノものにもありますね)
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たとえば『恩讐の彼方に』という菊池寛の短編小説がある。
江戸時代後期、大分県の耶馬溪にあった陸路の難所による、今に残る青の洞門という有料トンネルを開削した実在の僧・禅海の史実に取材した作品である。ただし禅海は、小説の主人公の「了海」のように独力で掘り続けたわけではない。(托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇って掘ったわけでありが、その寄進を集めるのにも苦労した)つまり今におけるソーシャルビジネスというかNGOの推進者のほうが適切である。また敵討ちの話も菊池による創作であるため、このころの時代のメンタリティーを反映したものではない。

むしろ仇討ちというのは江戸時代は武士階級に限らず孝子の所業として大目に見られるどころか、賞賛される倫理的に推奨される行為である。また、敵討は決闘と同等であるため、仇討ち・果し合いの風習から決闘が犯罪と扱われない状況でもあり、また敵側にもこれを迎え撃つ正当防衛が認められていたことを考慮するべきである。
そして、欧米においても多少振る舞いが異なるが、決闘というものがあった。ヨーロッパでは決闘は違法とは扱われなかった。決闘は、「神は正しいものに味方する」と信じられていたこともあり、その結果は絶対的なものとして受け入れられていたのだが、近世になって、この内容が人的内容で公正でない(被疑者の詐称)などがあったことで禁止とされてきた経緯がある。しかし、決闘が社会秩序の維持に悪影響をもたらすことがわかってきた。 A が B を殺害すると、 A の父が処刑され、したがって A が B の近親を討ち、 B の近親の子が A を討つというような複雑なものになったら、もう決闘は自然の摂理などと言うと法的秩序に対し整理がつかないのである。「恩讐の彼方に」はそれを前提にした社会秩序の文化的な構築の結果である。
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そういう意味では決闘のような力による現実裁定を合理的でないと解するのは日本にとっては、「外来の合理性の有る発想」を取り入れているわけで、合理性が法規定なりという近代国家の成り立ちや、設定用件に由来するということを認識している場合は、日ごろの考え方に一定の反映がされており、過去の成り立ちを忘れられずこだわっている間は、文化的や経済的に先を見据えた「合理的」関係構築を図ることが成り立たないと考える例が多かった。また、過去の歴史に係わっている間は自分たちにも社会的向上がみなされないと言う考えをもつことがあり、結果的に過去の歴史(というか経緯)にどれだけ係わっているかを取捨選択するのが現実的なのであろう。
つまり、日本では社会でかなり高い地位を持っている人にとっては納得いくものであっても、このような前提のない近接したアジア文化によってはおおよそ「恩讐を無視することは納得いかないもの」ではないかと思う。
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そういうことを考えると、終戦の詔書の文章は特に英文はキングスイングリッシュで、国のレベルを保とうとしたといわれているのふだが、その国威を保とうとするなかに、このあたりの意識を高くしようとする意欲が、本意か虚勢かは別として見え隠れするとも思える。内容の正邪とか、国体の有無や是非ををここで議論はしないが、途中からそういう過去にとらわれることを進歩の妨げにという雰囲気のところが出てくる。
-----------(句読点を入れた)----------------
(1)「今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ、尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ、朕善ク之ヲ知ル。」今後日本国の受けるべき苦難は普通ではなく、並大抵ではなかろうと私も思っており、国民の本心も私はよく理解している。
(2)「然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ、萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス。」しかし、私は時の巡り合せに逆らわず、堪えがたく忍びがたい思いを乗り越えて、未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである。
(3)「朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ、忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ、常ニ爾臣民ト共ニ在リ。」私は、ここに国としての形を維持し得れば、善良な国民の真心を拠所として、常に国民と共に過ごすことができる。
(4)「若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ、或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ、信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム。」もしだれかが感情の高ぶりからむやみに事件を起したり、あるいは仲間を陥れたりして成り行きを混乱させ、そのため進むべき正道を誤って世界の国々から不信感をもたれることは、私が最も強くやってはいけないと思うことである。
(5)「宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク、神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ、總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ、國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ。」国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、責任は重くかつ復興への過程は長いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、正しい道を常に忘れずその心を堅持し、誓って国体のある姿の真髄を発揚し、世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。
(6)「爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ。」国民は、これら私の意をよく理解して行動してほしい。
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この場合、国際的な終戦に対する宣言というのは前段にあり、ここでは書かなかった。後半や国民の動揺防止がメインであろう。そこで多少この詔勅は、今までの経緯を引き継ぎ(3)(5)ながら、恩讐を踏まえても前を向くという意向がどうも見えるのである。
なぜ 過去の経緯を引き継いだ行動をとるかについては、国体をどう考えるかなどの思考過程が一元化されない以上評論は難しいが、歴史的経緯に係わらず論理思考が否定される中で、先行きの明るさが見えない(提示されていても其のとおりにならなくなってきたなどの経緯から先行きが明るくても、其の発言の信頼性が低くなっているというのもある)場合、典拠になるのが過去の経緯の分析をする材料・資質が乏しい状況では、起こったことしか
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今回の各国との島嶼の所属問題において、韓国と日本、中国と日本と言う意味ではかなり其の典拠が異なるし、また其の典拠由来には文献など相当の蓄積がある。この是非を論議することを文献で遡及することは必要だが、基本的には国際的な司法組織の上で付託する形にするのが比較的落ち着きやすい議論と思っている。
ただ、この過程で清朝末期の問題、果ては朝鮮出兵の批判まで飛び出すとなると、悪あがきと言うような現代基準の、過去を恩讐のかなたにもって行き、次の発展を持っていくと言うのは西洋的な発想であって、それ以外の地域の人には欧州流の合理的発想の訓練を得たごく一部の人しか得られず、また既に述べた過去の歴史に典拠を見出す人が1人でもいたら、一応歴史と言う典拠があるがために、非常に小さい割合で其のことを声高に叫ぶ人がいても他人が原理原則にのっとった形の歴史基準の非難を妨げることは出来ず、結果的に過去の歴史の再現性を典拠にした後ろ向きの発想になるし、それが一番説得力を持つ。
実は、他国と対峙する場面で国有化をしたことに問題意識を持っている国は、もともと恩讐を無視することでは心理的な問題が解決できず、国境問題に限らず政治的問題は人の命と軍事力(資力)と言うことでしか処置できなかった時代では、既に恩讐で政略が成り立っていくことは成り立たなかった。また、あだ討ちや決闘というのが社会統治上阻害するような場面がなかったともいえる。(日本で曲がりなりにも受け入れる余地があったのは、江戸時代の安定環境と、それに対した明治維新の時に有用な人材を失っていた反省があるといえる。海外諸国に比べ痛みは大きくはないと言えるかもしれないが、このような反省と思索を行うことの出来る人材と社会の環境が、偶然あったというのもあるのかもしれない。)
だから、香港・シンガポールなどでは公には通商・国際的地位・近年の行動のことなどもあって特に今まで所属問題に対し過去ずっと無発言をしていた(もちろん国内向けの教育ではこのあたりを教えているらしい)が、第二次世界大戦時の開城時の惨殺の問題は潜在的にあるため、通商問題を含めた批判が出てくる。(無論同じことを、其の前の統治者に求めるところもあり日本だけに対するものではないともいえるらしいが)
また惨殺問題に関しては、其の事実があるのか否かという問題があるのだが、現実問題国家の意思の有無ということがあっても『1人でも違法性が国内法によってあっても、非道なことをやるものが1人でもいれば、それだけで趣旨が拡張されてしまう。』という先に書いた会津戦争の遺恨が今に繋がるのと同じメカニズムであることに気がついたであろうか。
このような視点を見る限り、わが国がなくなるまで(ないしは支払い能力がなくなるまで)支払いなどを求めると言うのは、東洋の思考回路においてはごく普通であってむしろ、70年ぐらいの過去に対してはもちろんやったことを問題視するのは当然ということになってしまう。
もっとも韓国には恨(ハン)というかなり特徴的なモチベーション設定がどうもあるようだし、一意に上述の例を挙げるべきとは違うと言う見方もあるそうだが、それをはずすとて、ほかの東アジアの国に対しては、少なくともかなり無理して脱亜入欧したと言うことで、東アジアの論理より感情を優先するロジックが日本人にはやや見えにくくなっているのが、問題がどうもかみ合わない原因になっているということを私は憂いてしまった。恩讐をかなたにするのは西洋的な「頭だけの」発想であり、恩讐はまずなくならずつぶれるまで絞り上げるというのがどうも、朝貢貿易を受けたりしたりと言う社会の成り立ちの源の設計であるのかもしれない。

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