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文章を書くことが苦痛な場合

論文作成の指導と言う仕事をしていると、定型的な技術論文をフォーマットどおりに作ることができても、独自の表現・見解を求めるようなことを期待するとまったくなすすべがないという人がいるのに気がつく。
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企業の人がこのように文章を下手でも独自性をもって書くことができないというのも問題だと思う。実際まあ捨てるクラスの本でも、其の感想を書くようなことはなんらかできるものであるし、つまんないものを読んだと思っても感想などを書くことが出来たなら、悪書とて糧になると思う。
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http://topics.jp.msn.com/wadai/spa/article.aspx?articleid=1328247
【ド底辺校の夏休み】宿題の読書感想文でパチスロ攻略雑誌を取り上げた生徒に呆然  2012年8月28日 09:03 (日刊SPA!)
 「九九ができない」「アルファベットのA~Zを順番に書けない」など、とても高校生とは思えない学力しか持ち合わせていない、ド底辺高校生たち。

 偏差値40以下の彼らに「学期末テストを受けさせるなど至難の技。その代わりに、夏休みを利用して読書感想文を書かせたんですが、提出される内容が本当にひどい」と語るのは、公立校男性教師のE氏だ。
 「クラスの半数が『走れメロス』で提出してきたんですが、文面がみな同じでした。仲間うちで書き写したんでしょうね。まともに書いてきたかと思えば、『銀河鉄道の夜』を『ニートの妄想』『ミヤケンって童貞っぽい』と失礼なコメントに終始した女子生徒もいました。宮沢賢治を“ミヤケン”って、お前の友達か! 400字詰めの原稿用紙1枚の感想すら書けないんですよ」(E氏)
 それでも文学作品の感想なだけマシだ。
「昨年、私の学校では読書感想文の作品を指定したら生徒からブーイングが起きたので、自由に書かせることにしたんです。そうしたら漫画の『ワンピース』、ライトノベル『涼宮ハルヒの憂欝』はまだしも、『散らされた純潔~女子高生淫夢の放課後~』という官能小説を読んできた生徒がいて、『AVもいいけど、たまにはこういうのもアリ』と文字どおりの感想でしたね。しかも、自分なりのヌキどころや実際ヌイいた回数まで、丁寧に書いてありました」(私立校男性教師・H氏)
 しかし、それでも小説。しまいにはパチスロ攻略雑誌で感想文を書いてきた生徒もいたという。
「“ART”(注:アシストリレータイムというらしい)や“中段チェリー”とかパチスロの専門用語ばかりで、内容が全くわからなかった。あと、強烈だったのは、『東スポ』の『街頭淫タビュー』(※素人女性がH告白をする人気コーナー)ですね。彼女の性癖や好きな体位などのエロ情報を記事風に紹介。比較しつつ、最後は『オレの女が一番』って結論づけていました。今年は一体何を読んで感想文を書いてくるのやら」(同)
 夏休みも終わりに近づくと、「胃が痛くて、夜も眠れなくなる」というH氏。彼らの提出する宿題にはそれほどの破壊力がある。(後略)
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自分は小学生のときは地元新聞に綴方(大正自由教育運動的な言い方をするとまさにそのような内容)を掲載された経緯があるが、その後そちらで大成はしていない。正直言うと、本を読ませたいのか、本を読ませることを動機つけにして感想文を書く行動をさせたいのか、この先生が(実在するなら)考えてる目的によってまったくやり方は異なる。
本には必ず言いたいことがなにがしらある。(もちろんエッチなことで妄想したいと言うニーズもあるわけだ)それに対してのレスポンスをどうかくかというのは、動機がどうであれ、官能小説を読んで「たまにはこういうのもアリ」との感想と、この本の所望される目的たる、「自分なりのヌキどころや実際ヌイいた回数」を書いていると言うのは社会性がこの生徒にないと言う議論はおいておいて、まあまじめにやっとるではないかと思う。
パチスロ攻略雑誌で感想文を書いてきた生徒かあ、これは「自動車改造用の技術書」に感想文を書いてるのにちかいのだが、逆に書けると言うのがひとつのその価値である。まあ試験の採点となるとむずかしいかもしれないし、専門用語ばかりで、内容が全くわからなかったのは勉強不足とはいえないだろう。(大体、高校生がパチスロの研究というのが別の問題があるんだが)
また、「彼女の性癖や好きな体位などのエロ情報を記事風に紹介。比較」という上に『オレの女が一番』って結論づけって、これまた其の手法に感嘆するべきことであろう。
他方 『銀河鉄道の夜』を『ニートの妄想』『ミヤケンって童貞っぽい』とした女子生徒に対しては、誰かの入れ知恵でなければ、この『ニートの妄想』なる判断は論文になっているぐらい、現代文学研究のなかでも重い話なのである。(例:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480061096/amazongryphon-22/もちろん、宮沢賢治を“ミヤケン”ってのもなんだが・・・・
どうも、読書感想文を成績評価につかうのはともかく、いったいなんのために作文を書かせたのかが明確になっていない以上、この教師の資質も聊か疑いたくなるものが有る。
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けどここまで見ると、一応は感想文をかこうとした人間は読んでいるなあと思う。(『走れメロス』で提出し文面がみな同じというのはもちろん否定するべき問題であるが)
半わかりでざっと読む段階で時間がない場合、批判するだけ批判すると言う手法もある。1・2回私も用いたが実は、ことのよしあしは兎も角として、其の論理を貫くためにちゃんとした典拠を提示する(その結果半わかり状態から読み直しが必要となり、結果的には良く読んでいることになる)ことが徹底されたならば、実は書きやすいと言う側面がある。(このような書き方はほかの方も似たようなことを提案していた)まあ、他人のアラをほじくるのは書きやすいのでイエロージャーナリズムが良く採る手法とも言える。
もし、本を読ませることを動機つけにして感想文なる文章を書くことを採点評価するなら、少なくとも字数を埋めるようにフォーマットをそろえるなどをしないと意味がない。
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まあ、上述のように論文指導などをしている場合、かけないと言う人のほかに書くことは出来るけれどもまとまらないという事例が有る。
字数が足らないと嘆く場合に、同じ言葉でも吟味して、一字でも多い言葉をえらぶ、形容詞・比喩をを増やす。
「せりふ」を入れるのはあまりよくないが地の文をいれてしまう。情報を抽出して紹介して異数を調整する。など手法はあるのだが、まあこれが出来るのはまず「独自意見を文章を書くことを出来る」ことが前提である。となると、まあ独自意見をちゃんと書くことが出来ることを先にぎろんするべきではないのかとも思う。
一体何をしたいのか、先生の意向が学生に通じない(先生の資質と学生の姿勢であろうが)ということに問題が実はあるんではともっている。

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