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あなたならどうする

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何でも「上に相談してから」という管理職なら、もういらない 日経ビジネス 2010年9月13日(月)  武田 斉紀 
「あなたならどうしたい?」と聞かれて答えられなかった管理職
(前略)
 先日、私にとってちょっとショックなやりとりがあった。
 ある会社の新理念の導入研修を任せていただき、「行動規準を基に、現場で起こる問題について自分で判断してみる」というプログラムを実施した。全従業員を対象とし、小さな規模であったため、経営幹部から部課長、一般社員、アルバイト・パート・派遣社員までを一堂に会して行った。
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 「現場で判断する」という経営からの期待に、現場に最も近い一般社員やアルバイト・パート・派遣社員の人たちは戸惑っていた。けれども次第に「会社が示したモノサシ(行動規準)を基に、自分たちで判断してもいいのだ」と分かり、理解が進むと、「私ならこう考えて判断し、こう行動します」という意見が出てくるようになった。

 5、6人のグループごとに現場で起こりそうなシーンを想像して、行動規準というモノサシを持ってしても迷いそうな事例を質問し合って、議論してもらった。最後に私は、グループごとに<最も判断に迷った質問>あるいは<迷って答えの出なかった質問>を一つずつ挙げてもらった。
 <最も判断に迷った質問>についてはグループとしての判断を発表してもらって、会場から意見をもらった。既に会社として目指す目的は共有しているので、真逆の反論はない。むしろ「もっとこうしてはどうか」とさらなる工夫が提案される。
 <迷って答えの出なかった質問>についても、私は会場に「私ならこう考えて判断し、こう行動します」という意見がないかと質問した。恥ずかしがってか自信がないのか、自主的に手は挙がらなかったが、こちらから指名して解答を促すと「私なら・・・」という意見をもらえた。会場からは意見に対して賛同の拍手がわき起こった。
 課長や部長が集まっていたグループからも「迷って答えの出なかった質問」が挙がった。私は発表してくれた課長に、「あなたならどう考え判断し、どう“したい”ですか?」と迫った。すると彼は会場のほかのメンバーの視線を浴びながら、迷うことなく「上に聞きます」と答えた。
 私にはショックだった。アルバイト・パート・派遣社員の人たちが自分で考えて判断し、行動することに目覚め始めているのに、上司は分かっていなかった。分かっていても、できなかったのかもしれないが。私は彼にこう言った。
 「正しいか正しくないかではないのです。あなたはどうしたいのですか?」しかし彼は「それが分からないから上に聞くのです」と繰り返すばかりだった。
迷った部下が上司に期待していることは、“正解”か?
 私は現在会社の代表を務めているが、幸いなことに、アルバイトの経験も、新入社員、現場のリーダー(係長に当たるだろうか)、そして中間管理職である課長、部長。さらに小さい会社ではあったがNo.2としての役員のポジションも経験させていただいた。そして経験の有無よりも重要なことなのだが、それぞれの立場にいた時に感じた気持ちを今も忘れていない。
 先ほどの私と課長とのやり取りを、私が部下として聞いていたら、かなりがっかりしただろうと想像する。普段から薄々感じてはいただろうが、この人(上司)は、「私ならこう考えて判断し、こう行動します」という意思が持てない人だと分かってしまった。この人の役割とは何なのだろうと思ってしまう。部下の質問をさらに上の上司に伝えるだけの単なるメッセンジャーにすぎないからだ。
 現場ではマニュアルの前提条件と違うことや、予想もつかないことが頻発する。そんな時も現場は即座に判断を迫られる。相談できる上司や先輩が隣にいればいいが、それもなければ自ら判断するしかない。
 そんな状況下で上司に助けを求めた時、即座に「上に聞いてみる」と言われたらどう思うだろうか。部下は全身の力が抜けてしまい、「もうあなたには頼らない」と思うかもしれない。
 この会社で研修の成果があって、部下が「私ならこう考えて判断し、こう行動します。どうでしょうか」と相談したとしよう。部下はこれに対して上司から「自分もそう思う」、「いや自分はそう思わない、なぜなら・・・だからこうしてはどうか」といった意見や判断を聞きたいのだ。
 ここで「現場のことはあなたが一番よく知っているはずだから、あなたが判断しなさい」と突き放されたらどうだろう。それは「上に聞いてみる」と言われるのと同じことだ。
 迷った部下が上司に期待していることとは、困った状況下では“正解”かもしれないが、“正解”かどうかはお客様が決めることであって、やってみなければ分からない。上司には「ダメだったらとことん付き合うよ」と背中を押してくれたり、相談相手になってほしいというのが本音ではないだろうか。
--------------------------------後略
うーむ。こういう返事をしてしまうひといるなあ。
但し、「あなたならどう考え判断し、どう“したい”ですか?」と言う答えを「上に聞きます」として疑うことなき文化は実際あると思う。むしろそういう挙動をとりことが統制が利いた企業体であると言うことが特に多い部署もあるかもしれない。多分、このような歌を聴いても、「ほっとけばいいじゃない」と思う場合がこれであろう。

管理職に優秀な人であってもいろいろ事例がある。仕事のできるある管理職は、部課から問題点を抽出され束愛、其のときに指導するのは「ではこれをして、これを○○さんに連絡して承諾を得てから上司の△△さんに報告して、・・・・」と言う形で明確に指示を与える。中には判断に困ることもあっても「上司の●●サンの意見をはこれである。私の意見はこれである。この2つの中でいい手法をあなたが考えて動向を逐次挙げること」という。
これはトップとして、非常にいい姿勢に一瞬見えるが、結果どうなったかと言うと、この優秀な管理職が栄転してから後継の彼らがしごとが回らなくなってしまったのである。逆のパターンもあったがこれなぞ「無能な上司だから優秀な部下が育つ」ということになる。
また、これが社内の意向での調整であればいいのだが、所轄官庁が強力な業務指示・許認可権限を持つという場合にも同じことがある。これらの中には提言行為をおこなうことにより波及する効果の全貌が把握できる能力を持たない(・・・というか持ち得ない場合のほうが多い)のに、その内容の問題が起きたときの無限責任を負うことを社会が許認可権限行為者に仕向けているばあいもある。

もうひとつ言うと、アルバイト・パート・派遣社員の人たちが自分で考えて判断し、行動することに目覚めるということをちゃんと把握してあげるシステムを構築してあればいいのだが、時として「アルバイト・パート・派遣社員の人たちの職分は自分で考えて判断し行動することではなく、上司の指示に対し忠実に実行すること」を求めている場合もある。マニュアルを守り独自判断をしない・させないようにすることが標準化したサービスを均一に実施するためには「一定の品質をばらつきなく確保する」ためには必要であると言う見方も有る。(たとえばおなじものを複数の工場で生産しているような場合独自性を持たせるわけにいかない)
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もちろん、このような所轄官庁が強力な業務指示・許認可権限を持つという場合に上司に伺いを立てることを管理職の業務とする企業体はどうしてもある(有る意味航空行政がそうだったのであろう、もしかkしたら原子力行政を生かせたのも殺したのもこれかもしれない)。私の業務でも許認可の体制があまりにも重いものはそうであった。
首記の場合は、ある会社の新理念の導入研修として指導そしているのであり、その教育理念を普及するために活動されている。そして管理職に其の意図を理解できない人材がいると言うことであるのだが、もともと教育を受託捨ている段階での大きな問題として、管理職の選定と実務能力としてもともとは「自己決定」の周知が出来ていないからこそこのコンサルさんがよばれたのではと思うと、合ってしかるべき内容を述べているだけということもいえる気がするのであろう。

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