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エッセンシャル版の読み方

要約版『エッセンシャル版マネジメント 基本と原則』をかねてから購入してあったのだが、落ち着いて読んだ。普通ならビジネス本を買ってとあきれる人も有るだろう。けど、ピーター・ドラッカーは、やっぱり経営管理論の分野でははずせない研究者であり、その理論は保守性が高いが、日本人にとっては平易である。これは日本における経営論においてもやっぱり基本文献になるのだろうと思う。
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ユダヤ系であるドラッカーは、ナチスの勃興で19世紀的ヨーロッパ社会の原理が崩壊するのを目撃しアメリカに家族とともに逃れたが、そこには国という枠以上に巨大化した、巨大企業があった。この経験がなした結果、彼の著作には大きく分けて組織のマネジメントを取り上げたものと、社会や政治などを取り上げたものがある。本人によれば彼のもっとも基本的な関心は「人を幸福にすること」にあった。

ドラッカーは著書「マネジメント」で、従来の全体主義的な組織の手法を改め、自律した組織を論じ、 「成果をあげる責任あるマネジメントこそ全体主義に代わるものであり、われわれを全体主義から守る唯一の手立てである」と述べる。全体主義というものが絶対的に避けなければならないというのは、彼の基本理念である(多少こだわりすぎているかもしれない)そして、日本の企業研究を入れており、事例としても「文化の多様性」をあくまで資本主義の下ではあるが考慮しているのは出自と経験によるのだろうか。
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もちろん、細部においては私の見方とことなるというものはある(たとえばプレイングマネージャーに関する考え方など)ただ、之なんぞは昇進と言う形で其の位置・職位に来る場合と、トップの指示としてくる場合とは違うようである。
特に日本で今良く売られている要約版の『エッセンシャル版マネジメント 基本と原則』においては考えなければならないようだが、要約した段階ですでに其の中途の経緯が出てこない内容になっている。

つまり、原典は論理性を持って導出しているマネージメント論が、一般に読まれやすくなった要約版になっているのだが、この段階で理解を助けるために、なぜそうなったのかと言う視点が読めなくなっている。つまり理論の導出の典拠がみえなくなるのである。
こういう文献の理解はたとえば「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」のような、使い方をされた場合(あ、ちなみにこの小説自体はその昔少女小説といった通俗小説としては良く出来てるし、どこにフォーカスを当てれば人々が買ってくれるかというところにうまくウエイトを置いているのは評価できるかな)きわめて教条主義的視点でしか評価できなくなる。
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概してその教条主義的側面が、結果的に其の筆者の言葉のバックグラウンドから見えない状況になっていることがある。
たとえば、
(1)漢籍を読むとき、たいした内容のないものでも 孔子のせりふにして「子曰く・・・・」とやってしまうと知らない人はだまされる傾向にある。
(2)半田屋という定食やの連鎖店があるが、以前あった「めしのはんだや」 ブランドの店では、達筆で書かれた「貸借は友を失う  ゲーテ」の文言が店内のいたるところに貼ってあったり、伝票の端に書いてあった。けどゲーテ由来では無く、ハムレット第一幕、第三場 からである。このように金言をいいそうなということで、結構ゲーテは使われているようである。
(3)毛主席語録は訳本が日本でも売られているが、内容が今までの最高指導者となった毛沢東の著作などからセンテンスだけを引用、編集された語録である以上、其の論文の前提が失われている。会合などでは「『語録』の××ページを開いてください。毛主席はわれわれに教えておられます」と引用するとか、攻撃を向ける相手に暗唱させたり、内容の一部を都合よく解釈して批判の材料に使ったりした。おなじことで著作を使われるのは「松下幸之助」「本田 宗一郎」にあるようだ。
(4)ヒトラーの著作が『わが闘争』として出版され良く売れていたが、和訳本は、英語版からの重訳・部分訳で、日本人に侮蔑と嫌悪感を示す部分は和訳前に省かれていた。海軍省軍務局長の井上成美は原書で読みこれを問題視することで「・・・ドイツを頼むに足る対等の友邦と信じている向きは三思三省の要あり、自戒を望む。」という通達を出したと言う。
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簡潔に理解するのは、この要約版はおすすめである。けどあくまでエッセンシャル版であるということ、それを心にして読まないと、また人に薦めないと(そして危なそうな人には薦めないゆにしないと)極めて危ない、思考停止を促す本になる。いい本だけにその怖さは認識しなければならない。日ごろいい飼葉を与えていたら道の草をついばんだ馬が慣れず、出先で下痢するようなものである。

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