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あり地獄の周りで押し合いへし合い(1/2)

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受給者が語る「生活保護」から抜け出せなくなる理由 「抜けたとたんに医療費全額負担」「プライバシーへの干渉」など  2012年6月2日 15時00分  ロケットニュース24
お笑いコンビ「次長課長」河本準一さんの家族の、「生活保護」不正受給疑惑が持ち上がって以来、その制度が取りざたされいる。このところ芸能人の家族が受給しているケースが相次いで発覚すると同時に、本当に生活が困窮している人が、受給できないといったケースもあるようだ。
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そんななか、とあるネットユーザーの発言に注目が集まっている。その人物は過去に生活保護を受けていたそうなのだが、一旦受け始めると容易には断ち切ることができないと語っているのだ。
「The_Faceless_D」さんは、結婚したことを機に受給を辞退したという。それまで保護を受けていたのだが、抜け出すのには相当な努力を要するとつづっているのである。その理由について公開した内容を、要約してご紹介しよう。 

■元受給者が語る生活保護から抜け出せない理由(要約)
「生活保護受給者には、貯金がない。しかし、抜けたとたんに、医療費の支払いが全額のしかかる。生活保護を抜けたとき、そのあと、医療費の支払いをしようとしても、支援法の適用がないことを知らなかった。そもそも、自立支援法自体知っている人がまれだと思う」
「生活保護受給者は、基本的には相談に乗ってくれる友人もおらず、専門的なアドバイスをくれる専門家のつてがない。そもそも、きちんとした知識を持つ専門家自体がまれである。生活保護受給者が孤独なのは、生活時間が荒れてしまうからだ。友人とも縁が切れてしまう」
「この生活は泥の中に眠るようなものだ。明日も今日と同じ日をやり直すという気持ち。明後日もずっと死ぬまでそうだ、と思うとそれはそれは恐ろしい。明日も明後日も心配なく生きることができる。それは、ありがたい。しかし、ここから抜け出る手だてはない」
「結局のところ、生活保護から抜けるためには、そこから引き上げてくれる存在が必要である。お金を貸してくれたり、専門的なアドバイスをくれるような存在なしには、抜けることは大変に困難だ。貧困は貧困を呼ぶ。貧困とは、貧困から抜ける手段を奪われることらしい」(以上、Twitterより引用) 
ポイントをまとめると、「お金がないから保護を受ける、しかし抜け出すためには、お金が必要」であること。そして「相談できる相手がいない」、そのうえで「生活を改善する気力を失っていく」とのこと。金銭的な支援と人道的な支援、このふたつがなければ抜け出すのは難しいようである。(中略)今後生活保護について、制度の見直しや改正がなされる可能性がある。本当に困っている人の力のなるようにして頂きたいものである。
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制度設計と言う意味での見直しをすることになるだろうし、それを国会議員が提言するというのはある意味正しいことである。しかし、其の段階で氏名が特定された結果、まあ八つ裂きのような「特定しました」情報の嵐である。
問題提起の段階で個人の資質に依存する項目もあろう。しかしこのような特定人の名前を出さないと、着目する人がいなくなり問題解決が図れないというのが現実であると思う。この人材に河本氏が妥当であったかはことの経緯を見ると疑わしいと私は思っている。

そこまで人権意識をが強くなかった時代の私の経験である。
小学校ごろ、炭鉱離職者の移住があって、小学校にも其の人たちの子供さんが入ってきた上、其の人たちの家にも遊びにいったこともある私としては、そもそも、生活保護を受給する段階で、受けないようにするためのロードマップが創られていたかを考えると、ほとんどの場合それが出来ない状況になっていることにきがついた。
一般に、ハローワークが中心となって、福祉事務所と連携して、就労・自立の意欲が一定程度以上ある生活保護受給者及び児童扶養手当受給者に対して、以下のような就労支援事業を実施する。
(1) 就労支援コーディネーターによる支援メニューの選定等
ハローワークに就労支援コーディネーターを配置して、ハローワークの責任者等とともに「就労支援メニュー選定チーム」を構成し、対象者と個別に面接を行う等により、本人の希望、経験、能力等を勘案しつつ、適切な就職支援メニューを選定、振り分けを行い、対象者の誘導等を行う。
(2) 就職支援ナビゲーターによる就職支援
ハローワークに就職支援ナビゲーターを配置し、きめ細かな就職支援を担当者制により一貫して行う。

しかし、このよう炭鉱の閉山といってもこのように地元の就労支援体制がととにっていたのかというと、なかなか現有の人員では充足できていない。生活保護にかかる経費というと、就労支援事業や其の人件費があるのだが、いまやハローワークは支援機関というより支給機関としかならない・・・というか事務量に人員確保が追いつかないのである。となると、生活保護を配分ベースに重点化するか、支援するための人件費に依存するべきであろう。
ところが、この就職支援ナビゲーターに近い存在の人が所謂民生委員なのだろうが、わが町は新興住宅地であり決定的にこの人が不足していた。大体もって民生委員は名誉職で無報酬と言う傾向があったのである。
そうなると受給者個人の「資質」が大きく影響されてくる。しかし受給者が前職に最適化した生活になっていればいるほど、よっぽど幅広い資質を持った人間でないかぎり負の再生産は起こる。
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前にも述べたのだが、この当時友達の家にいたりすると、手伝ってくれと言う話があった。民生委員が来るから白黒TVを隣家に避難させてくれ・・・というのである(当時はTVは贅沢モノとされ、支給対象者は持ってはいけなかった。後に白黒TVはOKとなり、そのうち白黒TV自体が国内一社しか作らなくなって廃番になるとこころでカラーTVはOKになる)
しかし民生委員さんにとっても炭鉱離職者の生活の立て方なぞ炭鉱のない地域の高齢の有識者(其のときは退職した小学校の校長さんであった)にはわからないものである。また、炭鉱の事務職であった人(これは閉山前の給与未払いのために資産を売ってしまったとか、持っていた土地がボタ山に埋もれたとかで無一文になったとかあるようだ)など高学歴の人も混ざっていたが、これらはそのうち企業の事務方に採用されたりすることで割りと早めにでていき近所に家を買うなどと言う人も多かった。
問題は、先祖・親類一同炭鉱夫で、親類一同職を失ったとかいう事例もある上に、彼らの勤務先(この団地の場合は自動車工場と金属加工などがメイン)と炭鉱の仕事の職能がまったく合わないということがあるようだ。そのため、結果的に工場勤務に対しなじめず(そして親子代々とかだと他の職能に対応する環境もなかったのだろう)ということで、食うや食わずの生活で、其の反面「最低限のスキル維持」がパチンコだと言う話さえあった。(そうでなければアルコールに浸るとか)
私のクラス50名のうち10名近くがそのような家の私邸で、中には同級生の品物を盗むもの(わたしは教科書を盗めれたこともある。隣のクラスの子がつかっていたのが翌日わかる)、学校に履く靴下がなくはだしでくるものと言うのもいた。
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まあ其の面で私は恵まれたほうで、私立中学・高校に通うことが出来た。この当時の小学校の同級生には、高校にいけず就職(・・・教育に理解がないのか高校自体無理だった・・・)とか、運がよければ勤務先にある学校(当時はそういう学校を持つ工場も多かった。10年ほどのちに私が勤務した工場にもそういう学校があって最後の卒業生をおくるところだった)にいた子もいた。
じゃあ、町の私立中学校の同級はそういうのがいなかったかというと、実はいた。(私立であったが、宗教系の学校で社会貢献の面から学資が当時そこまで高くなかったということもあるらしい)
学業がそこそこであった彼は受験直前、家業の養豚場が父親の死去で経営が成り立たなくなり、かといって当時は同業者が買収できる市況でもなかったらしく、奨学金と生活保護を一部補助で学校に来ていた同級生がいた。当人は電子工学をやりたかったのであるが学費がかからず、しかし浪人できないので地方の、しかしその道では有力な国立大に行き、出てからは家の近所の大手電機メーカーに戻って、今はなんとケータイの設計をしているのだ。(ちなみに大学に入学した後、実家の養豚場と豚を同業が購入し、かつ養豚場の現場担当として彼のお母さんを雇用したことで、生活保護は其の段階で打ち切ったようで、そののちは奨学金の返済に苦労したそうな)
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で、大学でどうかと言うと、やっぱり似た理由で当人は奨学金や学費免除、家はいくらか生活保護という家もあった。ただある山村出身の人は、地域全体が貧困線ぎりぎりの状態で(但し申請していないため受けていない)あるため、受けることを試みる人は「やる気が有る」とか「この地域を見切っていくひと」という正負の見立てをされるんだとか。
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こうなると、生活保護を受けるという場合には個人の資質の評価などが本当は必要である。しかし、これは本質的に個人の価値観というところもある。そのため画一判断にはなじまない。しかし、其のためにある程度規律正しい支給基準をさだめることはできなくても、ガイドラインに従った支給基準を見直す人材が払底し(さたに民生委員が無給のままであるため、希望者も少なくなり、また資質のあるものが希望しなくなり)結果的に、事務所の臨時職員が調査したら調査された人のほうがいい生活をしているということになってしまう。(これはこれで、正規労働の給与が生活保護のラインを割り込んでいること事体が、むしろ大きい問題であるのだが・・・・・・)
したがってこの結論をすると現在の状況では生活保護にかかる人件費などを総合すると最低限の運用コストでまかなうと言う現実からみれば、不公平な受給者への支給を止めるということで削減したコスト以上の人件費を充当していないということになり、生活保護というシステムのなかで削減と言うのは、運用の改善は前提であってもコスト削減にはなりえない恨みがある。また外国人への削減と言うのも、他国のシステムとの相互運用のバランスを間上げると実はかなり無理がある(つまり大方のネット右翼の意見は国際的バランスや、人権感覚から運用することで国の権威を貶めるということになってしまう)。

また、北欧以外は子の親への扶養義務を法的に持たせている国が多いのだが、実際の運用ではこれが無理と言うのが大方の国らしく努力目標に限ったりしているため、同じような問題を抱えているとか、逆に今までの感情的な問題で扶養義務をうまく運用できない事例はおおいそうな。(北欧は子の親への扶養義務は法的にない。家族と言う概念が近世に急速に崩壊しており、家族と言う概念よりも自由と責任を前提にする社会うぃ優先させていると言える。其の分、税収がかなり高くそれを割いている)
このため、同居家族がいれば支給額が減少するという概念は実は日本だけである(遅れているとさえいえる。また貧困の負の連鎖を促すという言い方になる)。そのための偽装離婚などがモラルハザードを招いたことも一因である。
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もちろん法律的に問題ないとはいえども、河本氏の場合は道義的な問題は「近年においては」あるというのは私もあるのかなあと思ってた。(それを公表することかどうかは又別である)もちろん若手のときに苦労した折受けたことは仕方がないかなあと思うし、その際奥さんが(もと芸能人であることを隠し)社交界で支え、月40万円を得ていたと言うのだが、実は社交界での給与の場合これは「個人事業主」として扱われるため、税前、健康保険前であるため、サラリーマンの給与に比べかなり目減り要素がある。また今の河本氏の給与も「個人事業主」として扱われる。そうなると資産管理上、不動産などを買って物品化するのは通例なら全うな節税行為である。
多くの芸能プロは旧来の歴史的経緯から仕事量次第ではまったくギャラが発生しない歩合契約の個人事業主(彼の場合は屋号が本名ですね。)がマネージメントや税務業務を受託しているという形をとる。詰まり所属芸人がお金を「会社」に借りることは、普通の会社員が給与の前借りということをするのとは異なり、取引先からお金を借りると言う厄介な法的問題が起こる。ファイナンス会社を持ってるのはこの問題もあるのかもしれない。ただこのようなことを前時代的と見る事例もあり、たとえばホリプロでは所属芸能人は社員(契約社員であるようだ)で社員の健康診断の義務なども有るが、その代わり税務はサラリーマンと同じ天引きである。また、給与制としている他の例でも住居を借り上げ社宅として生活費や交通費など、ある程度の出費に関しては事務所で負担する形もある。まあ、その意味で河本さんの所属する会社は、古典的システムに近いとも言えるそうだ。一方、芸能人の給与はたとえば一人の人に払っても、その人が今度は一緒に仕事をするマネージャーや衣装担当さんの給料を払うと言う形を採る場合もあり、この場合税法上すごい給料が払っており(但し支出控除も大きいが)・・と見える。
まあ相対に自営業の収入は業態ごとに単純比較しにくい。

さて、苦労の結果売れっ子になった河本氏の活躍を思うと、今は扶養者に対し生活保護を受けないほうがいいように考えるのが普通と言うのは私も思っていた。そしてお母さんが生活保護が当然の権利(一応役所裁定があった)という言い方になっているのも、母子家庭であること、怪我をしていること、怪我の後勤務先が倒産したこと、今は老齢であることと言う憂いはあってもここ数年は支給はなくてよさそうに思った。議論は其の背後の事情と、民生委員らの判断事情はあるかもとは思っていた。
ところが、その後(公人とはいえない彼に対し、人権的にいかがかと言う報道であるが)奥さんの母親も受けており、扶養義務が多くはなくても親族にたくさん生活保護を受け支援に値する人がいる・・・となれば、これはバランスをくづせば家族内のうらむを買うなどの問題が出ていることは容易に想像がつき、どうもケチとかどうとかということより、カネを稼ぐ人一人に全員がたかるに近い、とんでもない情勢が彼の元にあったのでは。となると、倫理観どうこうでは制御できない現実がどうもあったのではと思う。
親族全員が貧困線(この場合相対的貧困率の対象となる。これは、単身者:手取り所得が127万円、2人世帯;180万円、3人世帯:224万円、4人世帯:254万円 (2007年))以下となる場合、報道のように4人最大ばらばらに扶養すれば最高500万円はかかるとなれば、確かになやむだろう。となると、本当はこれを判断した人の調査能力の問題である。
ただ、ここには役所側には調査権限もなければ、人員も少ない。さらに篤志の無報酬の人が判断する場面も多い。そのため、こちらに判断が向かっていかず、受給者の資質自体、むしろ申告の不条理さに問題が集中している。
(続く)

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