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身元バレ

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AV女優の“身元バレ”はなぜ続出するのか? 週プレNEWS 3月14日(水)13時9分配信
 AV女優のプライベートがネット上で暴かれる事件が立て続けに起きている。昨年初頭、人気AV女優Kが所属していると思しき“某大学のゼミ写真”が晒されたほか、E、Y、Sといった女優たちも大学や勤め先の会社名が暴かれ、なかには本名が特定されたケースすらある。
 これらの「特定しました」と書かれているネット上の情報を、女優やメーカー側が自ら認めたわけではない。しかし、このことが話題になったタイミングで、当該の女優がPR活動を自粛したり、時には引退にまで追い込まれているのは事実。デビュー作の発売直前に現役のK大生であることが暴露されたYに至っては、発売自体が中止になった。
 こうしたいわゆる「ネット晒し」は、これまでも芸能人やブロガー、時には素人相手にも“祭り”のようにたびたび起きており、決して珍しいことではない。しかし、なぜAV女優ばかりが立て続けに狙われるのか。ITジャーナリストのI氏はこう解析する。
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「ある意味でAVはネットの『メインコンテンツ』のひとつ。なので、AV女優に対してもネット民は興味を持っています。誰かがネットに『会社の同僚にAV女優がいる』などとバラせば、そこにネット民たちが群がり、情報を収集しだす。そして、たちまち特定されてしまうのです。そんな“祭り”の情報を彼らは常に狙っていますから」

 本人特定に至るパターンの多くは、プライベートの彼女たちが他人のブログやHPなどにたまたま登場しているところを発見されるのがほとんど。しかし、なかには自身のツイッターやブログでヒントになってしまう情報を自ら発信してしまった女のコもいる。実際、3月に“現役の高専生”と指摘されたSは、ツイッターの内容と学校のスケジュールがかぶっていることから特定された。
「俳優やアイドル、グラドルに比べてもSNSやブログなどを利用しているAV女優はたくさんいます。しかし、危機意識の薄いコが多いように感じますね。芸能人以上に身元などの細かな個人情報が漏れないように気を使わなければならないと思うのですが……」
「AV」というネット上で関心度が高いコンテンツに出ているものの、彼女たちの危機意識は芸能人よりも薄い。「ネット晒し」が原因で引退されては元も子もないので、情報管理にはくれぐれも気をつけて欲しいものだ。
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まあ、最近のAV女優には、「現役東○生」「元看護師」「××で優勝」といった肩書がつくことが多くなった。この正誤が結構問題になるひともいる(本質と関係ないと私は思うのだが)からであろう。もちろん“全部ウソ”ということはなく、本人との打ち合わせと確認、さらには本人の安全や将来を考えて年齢や出身地に多少フェイクを加えることもあるという。しかしそのフェイクが其の存在価値という人もいるからことは複雑である。 それでもこうした肩書きをヒントに本人が特定される事例が増え、これが原因で引退に追い込まれた女優もいる。
 ほとんどのAV女優は本名などの素性を明かさないし、最近は女優さんも周辺の悪い波及を考え公開していない事例も増えた。だが、ブログやツイッターでファンと交流したり、告知をするのは営業政策上当たり前になっており、何気ない写真や文章の一部からでも個人情報は漏れてしまうらしい。(そのため全部ウソとならないというのもある)それどころかあることないことが追加されていく結果、人権侵害ぎりぎりのところになっている場合もある。
もちろん、芸名を持って人前に出る以上は芸能人と同じである(それよりももともと所謂AV系と一般の芸能人の境界は現在日本ではきわめてボーダーレスである。階級意識の希薄な日本でこその存在であろう)。しかし一方で、タレント化、いまだ一般的な偏見も避けられないAV女優という仕事でもあり、プロダクションも雇用の関係では守る方向性はあろうが、もともと極めて芸能界自体がAV女優も自分の発言や行動に責任を感じながらやるしかないというものもある。
あと、まったくの素人からのデビューという場合のAV女優の場合と、風俗関係のようにある程度プライベートを売りにして従前商売をしてきたという人もあって、この業界は其の制御手法が確定できない。(たとえば風俗情報誌などで活動することを前提とし、AVで売れた場合、其の活動を前提にして再度風俗や水商売の活動をすすめる場合もある)
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しかし、確かに中等教育の段階でのこのような活動は、現実未成年ということを考えると運用上にも問題があるのだが、実際の高等教育の場合、そもそも大学の名前を公式に出して仕事をしていない場合、其の個人の自覚になるというのが健全であろう。

過去、京大では時々こういう事例があったらしく、教授会で「こういう学生がいるが・・・」とある教授が言い出したものの、「議題にすることすらバカバカしい!」と処分の議題にすらならなかったという。どういう意味かはわからないが、京大の校風なら、「個人の心情の自由」と解するのだろう。他の某旧帝大でもにたようなことがあり、その人は現実には数本の撮影の後、あっさり学業(医師だったか歯科医師だったかと記憶)に戻り、今はそこそこの社会的活動をしているというと聞いている。つまり、AVでの登場自体が法的規制にならない以上それを元に制裁するのは、学問の独自性の自爆という認識もあろう。これは、そのような業務においても「体験すること」を趣旨として自力で考える人事の養成を旨とするというのもあろう。
「大学を出ている人は頭が良いとか悪いとか言う問題ではなく、自分で目標設定をして、その目標に向かって努力をすると言う経験を通過してきている。そこに値打ちがある」というのが、知性派で知られる辰巳琢郎の言葉だそうで、似たようなことを時々言っているのを見るが、これが本当の大学生ならば自分で目標設定をして、その目標に向かって努力をすると言う経験をするのが必要でたまたま、それがAVであっても否定できないという認識なのだろう。私もそうおもう。
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一方、之とは別に、では生涯教育やキャリア形成という意味で、大学で学習したりすることを否定することはできないであろう。というのは、向学心のある人に対して一定の資質のある人材であれば受け容れるべきというのはそれなりの見識である。それが、逮捕などされていてもその内容によっては問題とならない(というのは、思想犯などの場合があるからである)。
そうなると、たとえばAV女優が同時に大学に行って勉強すれば、向学心があると評価され、学生が生活のためや自分のなすべきことのためAVに出る(というのは、昨今、経済状況から学資が乏しく、また旧来の単純バイトがフリーターと奪い合いになっており、家庭教師も学習塾タイプの教室に奪われ、学問を続ける生活のためにこういうバイトをするパターンも実際多いらしいのである)というのは、一概に現在は否定できないというのである。また、ある一定の期限でこの手の仕事をやめて企業に就職するというのも、相当増加している。
一律に同意かは判断の分かれるところであるが、こういう倒錯した意見もある。、

1957年、新東宝映画の社長・大蔵貢(後の大蔵映画社長)はある女優を重用し、娯楽映画に重用したが、そのあまりの公私混同の件で記事になった。、記者会見をした席上、「『女優を妾にした。』と記事にあるが、女優を妾にしたのではない。妾を女優にしたのだ。」と発言して大スキャンダルになる。しかし、この発言が元で、大蔵貢は社を追い出され、まもなく倒産する。(現在の国際放映)

むしろノープランの人は徹底してそうだが、反対に強い目標設定をしているAV女優さんも、現実には増加している。そのためには相当精神的にタフである必要もあるようだが、まんざら私たちはそのような奇特な人材の「生活設計」に対し否定できない状況に来ているはずである。

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