« 落語って面白い | トップページ | 嫌われることを覚悟した本 »

とりまきのよしあし

-----------------------------引用
天皇、皇后両陛下が被災者お見舞いなどで仙台に   2012年5月12日(土)19時53分配信 読売新聞
 天皇、皇后両陛下は12日、東日本大震災の被災者お見舞いと、国際会議開会式出席のため、新幹線で仙台市入りされた。
ブログランキング・にほんブログ村へ
 陛下は、心臓の冠動脈の手術後、初めての泊まりがけの公務となった。両陛下の宮城県訪問は、昨年4月の被災地お見舞い以来で、13日は、津波で被災した仙台市若林区の小学校建設予定地にある応急仮設住宅を訪問される。
-------------------------
両陛下、仮設住宅訪問=被災者一人一人励ます―宮城  2012年5月13日(日)15時36分配信 時事通信

 天皇、皇后両陛下は13日、仙台市若林区の小学校建設予定地(注:仙台市立荒井小学校建設予定地)に建てられた仮設住宅を訪れ、東日本大震災の被災者を励まされた。194世帯381人が生活する同住宅は、津波で壊滅的な被害を受けた同区荒浜地区の住民が7割を占める。
 両陛下は、一人一人に「こちらの生活はいかがですか」「大変でしたね」などと声を掛けて回り、仮設住宅内にできた町内会役員らと懇談。住民が復興を願い、荒浜地区のシジミの貝殻で作ったストラップ「福幸(ふっこう)かえる」を持ち帰った。 
------------------------------終了
荒浜地区は仙台市内といっても比較的田舎という感じが強い地域で、都市型近郊農業と兼業がメインのところである。今回の地震における津波被害で壊滅しており、仙台市内の市街地のほうに移転しているということである。
まあ、立憲君主制における君主ということを考えても、老齢・病み上がりとのことを思えばある意味頭が下がるということは私は感じる。
宿泊を伴う地方でのご活動は半年ぶりで、皇后さまと約30分間、仮設住宅を歩きながら被災者に声をかけた。化学関係の国際会議の1泊2日の短い日程の中で陛下は一貫して「仙台に行くなら、被災者を見舞うことはどうしてもしたい」と述べられ訪ねられることが決まったという。当然、それは君主としての意識の高さもあろう。
ただしこれには、これらをフォローするスタッフの調整も多いことは否定されないわけである。、そして時に意図の忠実な実施を思うがあまり、一部にある皇室忌避の人を排除しなければならないお見舞いということが出てしまうのであるようだ。治安業務自体は予防保全の側面があるから、どうしても目的達成のためには、免れない行為ではある。
さて、 

そん‐たく【忖度】:[名](スル)他人の心をおしはかること。「相手の真意を―する」
という言葉。「顔色をうかがう」というよりも、指示をする人が意図すること「なんとかさんの思い」とかいう形である。もっとも、相手の気持ちを掴みという行動をおこなうこともこの中に入るわけで、空気を読むとは本質には別のものである。しかし、成果を取りこぼさないという業務の上での指示系統、統制の中に組み込まれると本質以上の行動をやってしまうことになる。実は「顔色をうかがう」「真意を把握する」というような、辞書のいう軽いノリではないどころか、其の顔色ひとつでその人の命を決めるほどの重さを持っている。それは結果までの一貫性を実際には求めるということだといえる。
そういう前提であるとたとえば治安業務自体は予防保全の側面があるから、皇室忌避の人を排除しなければならないお見舞いとなってしまい、天皇・皇后が意図した民意の把握が不十分になるどころか、曲がって伝わることになってしまう。多分、北朝鮮のえらいひともそういう環境になっているということも、実はあるのかもしれない。
-----------------------------------
先にちょっと語った私の母は戦時中京都の郊外の国民学校の生徒だった。当時兄弟9人もいた彼女の生活は決して豊かではないが、父親は刑事として仕事をしており、既に職業を得ていた兄・姉もおり(兄は丙種で兵役免除であった)、また家で野菜などを栽培していたので極端な飢餓はなかったようであるが、同級生の弁当は貧しいどころか、兵役のためか家がサラリーマンだった場合は収入が乏しく、弁当を持っていない子もいたようである。
昭和20年になって、近所の有名な古刹に学習院からの転校生が来て、一緒のクラスで勉強を始めた。要するに疎開であるのだが既に京都市内も疎開するものもいた。郊外だからいいという判断かもしれないが、さすがに皇室となると食材が乏しい地域へとはいかなかったようである。(このあたりあまり母は詳しいことを言わないのだが、同じ年齢というなら、常陸宮正仁親王ということになってしまう)
ただし、其の授業であるが、カリキュラムはまあ普通の状況だったようだが、問題なのはいつも御付が付いており、しかも食べられない生徒も多い中、アルマイトでなく、お重の弁当が持ち込まれるわけである。これは面白くないと彼女は思ったらしいが、高貴な人とも聞いており、特にそれを学校で示すことはなかった。(なおもし、常陸宮正仁親王であるならば、幼少時に疾病をわずらい、かつ満4歳で宮中を出て傅育官のもとで育てられるという記載があるから、健康面の考慮もあったとはいえる)
さすがに気になった私の母はある日父親に、
今度転校してきた皇室の子(!)がすごい弁当を食べているのだが、ご飯を食べられない子も一緒なのになぜあんな弁当を御付の人がもってくるのか・・・
と聞いたらしい。父(私の祖父である)は、ははあ・・・そうか、そういうこともあるんだなとにこにこ笑っていたらしいのだが、この様子を姉などが見ていて「まずいことを聞く。場合によっては不敬であるとなりかねない」と周囲はひやひやしていたのである。
というのは当時父親は現在の京都市上京区にあった京都市警察(当時の呼称)中立売警察署に勤務していたのだ。(庁舎は京都府庁、京都市警察本部の近くにあり、現在施設は京都府警察本部中立売庁舎となっている)しかしここの管轄は京都御所全体が管轄で(ちなみに中立売庁舎は今でも京都御所のど近所にある)其の関係で、皇室の警備関係にはそれなりに重大な責任があった。(このためポツタム宣言の受託においては暴動防止や自決発生予測などのこともあって、早めに情報が来ていたらしく、祖父は家族を集めて8/11ごろに終戦の説明をしていたらしい)。このように皇室に関しては直接業務に係わる事象である上に上述のように、京都市警察と中立売警察署は事実上相互に情報流通が激しくあったようである。もちろん宮内庁管轄とのやり取りが仕事上有り、ストレスになるようなこともあったのかもしれないが、必要以上に神格化されている現実と、周辺の人々の忖度が段々ヒートアップしていたのも実は祖父は実感していたものの、立ち場上なすすべもなかったということではと思う。
----------------------------------------
忖度という行為は社会性としてはひとつの必要な資質であるが、それが社会的責任や、人事評価や業務性かとなると過剰な思考がもたげる。信賞必罰は企業経営の中では必要不可欠なことであるが、これが運用上不均衡が避けられないことから、徐々に過剰な対応になることは、残念ながらよっぽど意図しないと難しいことのようである。
つまるところ「忖度」という言葉が、相手の心を推し量ることが行き過ぎて人の顔色を伺うような言葉にすり替わるのは、資本主義社会では実社会の中ではさけられなかったことではないかと思う。
まあ、変な話であるが、ナチスドイツの政治体制の中でも、之に近いところはあったという。強力なリーダーの中において活動する政治集団においても、もしトップがそれなりの資質をもって新機軸を提唱することをしたとて、それがその下に集う人々が推察の上でトップの意見を現場を知らずか知っているかを問わず、教条主義的にやってしまうことはあるようである。
まあたとえば橋下氏が革新的な政策を打ち出すとした場合でも、彼自身はかなり多忙という現実はある、そこで理想的には分権をおこなっていくわけであるが、問題はトップが革新的であればこそ、その下についてくる人との齟齬が生じてしまうことである。そこで独走するものあり、忖度をする段階で過度な推察を入れてしまい、意図が曲がっていき其の責任は橋下氏におよぶ。
残念ながら政治団体においては、そのカリスマ性が高い政治家であればあるほど、付いてくる人材が「考えないタイプの人材」「威光を笠に着る人間」がやっぱり混ざってしまうのであろう。いや、ほかの政党、さらには企業体などでもこの弊害は免れないのである。(カリスマ経営者に付く社員と話すると、トップの発言をことごとく振りかざすタイプがいて、しかし其の意図を逸脱した我田引水系の発言をやってしまう、残念な人がまた多いのである・・・)そして、こういう人が威光を笠に着るのと忖度による強引な意見誘導を組み合わせてしまい、結果的にトップの意見を反映することに失敗したり、また価値を損じたりすると感じるのである。
その意味で天皇の被災者お見舞いに際して、独善的という意見をまま聞くことがやっぱり今もあるのだが、私たちはこれが本当に其のトップの意見なのかを見極めて情報を判断する必要があると考える。

|

« 落語って面白い | トップページ | 嫌われることを覚悟した本 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/54702566

この記事へのトラックバック一覧です: とりまきのよしあし:

« 落語って面白い | トップページ | 嫌われることを覚悟した本 »