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教科書の電子化に関する私見(2/2)

(承前)教科書を電子教科書に移行するという話に対して、かなり前にコンソーシアム形式でお仕事のお話をいただいたことがある。まあ私はITに関しては専門家ではないこともあるのだが、教科書自体を電子書籍化するというのには、私は当時は非常に疑念を持っており、この件にかんしては、ちょっとはずさせてくださいという形にさせていただいた。
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しかし先に述べたとおり、ことかように、教科書については其の国のベースによって志向が異なるのである。
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さて、そこで私は以下のように考えている。

(1)所謂検定済教科書は、基本的に冊子により個人配布する。但し流通過程の簡素化と改訂の回数増加を狙い、基本的に学校単位でPDFなどによるデータ送付とし、オンデマンド印刷製本とする。(地図は技術上そういかないかもしれない)
というのは、教科書をたとえばアメリカの多くの州のように教室に置いて生徒に貸与して使わせ、何年も繰り返して使えるというものでは、たとえば指導後其の本を手元において復習するという行為が成り立たない。生徒・学生が書籍を入手する場合、無定見にすればまず教科書のような学問的書物を買わないで済ませることは、都市部のように教育が資産と成る地域ではあまり想起することはできないが、そもそもそのような発想が無い人にも最低限の一定レベルの教育を与えるように仕向けるのが前提である。(特段の意思がないが、テレビさえ持てない人や
インターネットを使うことの出来ない地域・所得レベルの人さえいる。まだばすで遠距離通うことを免れない地域もあるわけで。之は都市部ではわかりにくいと思う)。またさらに3年生のテキストを4年生になって見直すなどの行為を期待する必要がある場合、貸与システムは振り返りの教育を期待できないという理由である。
さらに言えば、生活の中で書籍を読むというう行為自体は、いくらIT化、電子書籍になっても歴史的内容を振り返る行為としては、当面必要である。過去の書籍や知識の蓄積を活用するなかでは、やはり当面の間書籍は必要である以上、其の習熟を考える必要である。逆に言うと過去の知識・著作・ドキュメントを初等・中等教育で自主的に遡及して学習する機会が半減するという教育は、憲法で定めた教育を受けさせる義務(国家は国民のためにある以上、国民の最低限度の文化的(知的)生活を保障するのが「教育を受ける権利」で、教育基本法では、「経済的な地位」による差別のない教育(日本ではこれが就学義務である。家庭教師で代替という形「教育」とみなされない)の機会均等、義務教育を無償とする旨を定める)がある中での質の担保に係わってくる。教育の標準化という意味よりも、一部の国民に最低限の投資しか出来ない貧困状況が生じたり、極端にいうと災害で機材が流出したような事象においても一定レベルを担保できる教育システムということも考慮するべきではないか。
(2)その他の副読本類は、現場の教師たちの裁量範囲である。また辞書は教科書ではない。これらに関しては、漢字学習帳など手で書くことによる教育効果を期待するものはともかく、ITテキスト化を現段階では機材の普及にあわせてではあるが優先して推進するべきであろう。また、一部の重要な副教材はオンデマンド印刷製本などを併用することも必要で、環境が整わない生徒に対する機材供与(印刷配布)などの配慮とは十分必要と思うが、原則的にITコンテンツとするべきであろう。

ここで、教科書の内容を電子ソフトの画像や音声などを通して学ぶ「デジタル教科書」については、教育効果もある上に、教授側の負荷を低減して一方個人指導などに振り分けることに活用できるからである。(そのために教科書のPDF化・教科指導書コンテンツ化は進めるべきと考えている。)既に一部では、効果的な使い方や指導方法などをまとめ運用研究を考えており、また教科書の付帯情報を(国語の授業で、画面表示の文章の著者名をクリックすると、関連情報が示される機能とか、理化・社会では動画とリンクさせるとか)見せるためのディスプレイ装置や、ホワイトボードを併用したプロジェクターなども展開できる内容であろう。つまり基本的な中身以上の積み上げの教育内容では、IT活用は過度な仕込み(興味本位に陥るが、機材の環境に依存するため標準化できないクラスの動画とか)でなければ、推進するのはあろう。
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教育現場では「紙の教科書の情緒が失われる」などといった根拠は、大概の場合言い訳であるとおもう。新規の教育資材を導入するコスト(維持コストが大きい)と活用するため指導者への教育(最低限の指導能力を確保させる)、さらには既存インフラの滅却コストの捻出などなやむところはあろうが、これは、投資の問題(概してここで機材が投入きないのが昨今の公的教育への資金への減少であり現状でもある)である。次世代のリテラシーは現行のリテラシーの上にあるものであるのか、まったく異なったものかというと積み上げになるということもある。
「幼稚園で一人一台iBook(多分旧アップルコンピュータの廉価版ノートパソコン。iBooksのことだったらあくまで蓄積されたをひくコンテンツである。もしiBookだったら、これは高いレベルだが、本当にどこまで幼稚園生が使えるのか)を持っていて、ネットを調べながら授業を受けているのを見て」ああこれはダメだと思ったのは、現状を見ていないと思う。まあ、幼稚園の場合はなんともいえない(ツールに徹するというのはあるが)のだが、では、今の中学生の下1/3レベルの生徒が計算をするのに、何でも携帯電話を出してくるという悩みはかなりの人の認識にある。へたすると九九のマスターさえ疑わしい、読み書き算盤レベルでの問題もある。(個人攻撃は避けたいが、こういうのもあるらしいし・・・・
これでは店舗での計算の暗算が出来ずレジのうち間違いなどあってもなんか変だなという指摘が出来ないし、就業の難しさがある。また、看板が読めないのでいちいちケータイを触るという形で、基礎的な読み・書き・算盤能力のほうが低下し、検索などで知識を得る其の前段階でとまってしまっているというのはいかがなものか。
機械を使うものはその機械を扱うに対して、対等になるべく資質を持つべき努力だけでもたなければ、機械や其の後ろにアジテーターが隠れると使われる資質しか持たない人材になる。あるいみケータイの「振り込め詐欺(旧称オレオレ詐欺)」にあるような問題が出てくるのであろう。少なくとも記憶や考える行動には、現段階ではキーボードの無い電子書籍リーダーやタブレットPCでは教育しにくい危惧は、現段階ではある。というのは、ITコンテンツにおける講義は、電子書籍リーダーやタブレットPCでは基本的に受身になる傾向があるようだからである。其のあたりの工夫は導入後の検討材料である。
あとひとつは字というものに対する意識低下である。杞憂でなければいいが、最後には短文と印象だけで語る技術が身につく場合はあるが、其の習慣付けは「印象だけで語る」感性依存型人間・・・というより感性のみしか判断能力を持ち得ない人材を作ってしまう懸念はある。究極のところ水は低きに流れ、人間も又同じとなるならば、音声ソフトによるリーディングソフトを使って、それのみに傾斜する教育環境というのもあろう。
少なくとも記憶や考える行動には、現段階では字として書かないとしても、キーボードの無いPCものでは教育できないという危惧は、現段階ではある。まあ、どの分野でも、デジタル化すると一気にアナログ媒体は廃れていくが、問題はアナログ媒体で作られたものは、有用であってもデジタル媒体に転写・移行となることもまた少ない。このため、レコードが消えるといってもその機構や思想、コンテンツがどうしても後世に影響を残すため全部は廃止できない憂いがある。(過去の知己を完全に決別するような生活や科学体系なら、まああろうが、そのようなものが現段階で知識層として幅広い知見を得られ、資質向上できるのかは疑問)やっぱり「紙」というのもそういうコンテンツではあろう。

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コメント

こんにちは。学校教科書の電子書籍化は、紙の書籍以上に目が悪くなりそう(自分の感覚だけですが)で反対です。ディスプレイの発光と紙の反射光とは目に与える影響が異なることを研究している人はいないんでしょうかね…。

投稿: niwatadumi | 2012年5月 3日 (木曜日) 08時51分

>ディスプレイの発光と紙の反射光とは目に与える影響が異なる
参考となるのはこれでしょう。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/04/h0405-4.html
ただし、ディスプレイの技術進歩が早すぎて、評価が対応できていないのではと考えます。

投稿: デハボ1000 | 2012年5月 4日 (金曜日) 10時10分

デハボ1000 さん、参考資料ありがとうございました。読んでいるうちにやっぱり目がショボついてきました。きっとプリントアウトして読んでも目が疲れるのは同じかも知れません。単に自分がトシなのだと…。

投稿: niwatadumi | 2012年5月 6日 (日曜日) 23時09分

気になるのですが、韓国やシンガポールでのIT教育機材って国家予算で充足できているんですかねえ。(シンガポールはともかく、韓国でも所得地域差は激しいですし)

投稿: デハボ1000 | 2012年5月 8日 (火曜日) 22時42分

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