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ローリスク・ローリターンのほうがまだいい

長期不況の原因は単純ではないが、その一つは新しいビジネスを開拓する企業が出てこないことだ。近年日本の起業は先進国でも異例なほど少なく、それが大企業に成長したケースはさらに少ない。
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原因は政策的ファイナンスではないようである。投資意欲が低いのであろう。これは金もうけの欲望ではなく、新しい事業を成功させたいとか世界を変えたいとかいう「おもしろさ」なのだが、リスクをとることを支援するしくみが必要だろう。ファイナンスの多様化をしても、ハイリスクの起業がしにくいし、そもそもそういう経験もあまりないので、ノウハウが蓄積されない。ベンチャーキャピタルが出てこないというのもあるが、実のところベンチャーキャピタルのほうでもリスクをとったものは事実上業務が続かないということで、市場の退場が多いようで、交通事故状態である。むしろ後追いで追加融資を行なうことがメインという「えせベンチャーキャピタル」というローリスク・ローリターンスタイルのほうが成功率を上げ、社会の信頼をあげているというおかしな話が出てくる。

ローリスク・ハイリターンの職場を多くの人が選ぶのは当たり前だが、社会的にはその次になにを選ぶかというと、ローリスク・ローリターンを期待するようである。ハイリスク・ハイリターンを期待するものはいるが、それはもしリスクが顕在化したときにはほかの社会の人のリターンを減らすことになる。つまり、社会での合意形成を第一とする場合、関係ないところでハイリスク・ハイリターンを期待する分はいいが、それが波及するととたんに抑止に動く。さらに、日本の大企業は給料も社会的地位も高く、いったん入れば40年間の雇用が保障されるというのがローリスク・ローリターン社会を求めるという理由になりがちであるが、雇用が突如社会変化によってなくなった場合、それが全部浮かび上がる余地がないという社会構成に入ってしまうし、貧困の再生産に繋がりやすい(復帰策をとられると、他の人のリスクに係わるので排除しようとする)のも事実であろう。
よく、「日本人にアニマル・スピリッツがないわけではない。終戦直後、ホンダやソニーを生んだころの日本は、世界一起業家精神の高い国だった。それが成熟し、系列化されることによって新陳代謝ができなくなっていった。」というが、おおむねこの認識の間違いは、ホンダは持っていた企業を戦後売った(其の企業は今も盛業中である)ことによるファイナンスがあったこと、ソニーも創業者の実家が債務保証しうる(したわけではないが一時株主になったことのある)酒造メーカー・専門商社である。むしろ満州などで起業した純民間企業はことごとく痛い目をあっており再開ができなかったものが多い。つまり、起業に対する考え方と社会の認識が異なると見たほうが良かろう。つまり、そもそも起業というものよりも第二創業といわれるほうが向きなのかもしれない。
その意味である意味徒手空拳で起業したのは、ロッテだったり、ソフトバンクだったりというものになる。しかし之に対しての社会の認識は、余計なバイアスまで混ぜ込んでしまいある意味高くないという場合もまま見られるし、徒手空拳で起業したこと自体が資金調達の弊害になるというのは、ローリスク・ローリターンのほうがまだいいという安定した社会を求める一般株主の意識下視点の現れであろう。
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株式会社ファーストリテイリングの柳井正氏が絶賛している本がある。International Telephone & Telegraph Corp. 社長を務めた中興の人、ハロルド・ジェニーン氏の『プロフェッショナルマネジャー』である。
私自体はぱらぱら見ただけである。(そもそも柳井正氏の経営方針はトップダウンのよさが効いているが、経営トップの思想を移譲できないという現状から見て、其のトップの意思がちょっとの指標設定ミスを修正できるような柔軟性を持っているかが、今になれば疑問と思っている。どこかにダイエーの中内氏のような危うさを持っていると感じる。)しかし、それを前提としても見ておいていい本とは思う。

仕事は、ゴルフやテニスやヨット乗りや…、その他のどんなものにも引けをとらないくらい素晴らしい冒険だ

という言いかたをされている。事実起業の面白みはそこにあるが、起業していない人、さらに起業というものが社会秩序を乱すと考える場合、この言葉はむしろ悪意を増徴させるものになる。(そもそもゴルフやテニスやヨット乗りを好きにならない人も多いし、冒険自身を好まないのか其の手の映画がはやらなくなっている原因。戦隊モノシリーズでも最近は隊員の相互の心理描写が(それこそエバンゲリオン以降であろうが)強く出ており、なんか単純な活劇シーンの動機説明が重くなっている。)
経営上の重要判断の際、状況をはっきり見極めれば決定は容易にできる、つまり「事実が決定してくれる」

これは私もそうだと思う。ただし、状況をはっきり見極めるためのツール・資料を隠蔽することも当然あるわけで、其の隠蔽や隠れた問題点が読めるという経験と知識・それを指摘できる多面的知識と経営スタッフ(それこそホンダの藤沢氏のような)が必要である。最近の場合このデータが莫大で其の解析にどんなにPCで合理化しても人件費と時間、さらには内容の相反ができるということは覚悟する必要があろう。つめりこのことは事実が決定させるためには、事実を収集するスタッフにボトムアップ的改良意識(隠蔽と紙一重)がないことが必要という、業務意識との相反が出てくることは意識が必要である。
私が発した最も短い命令は「今後、一切の長期計画は一切無用とする」だった

長期計画・長期目標の達成はあくまでも目の前の目標を達成し続けた先にある、ということを意識した発言であるが、これは使い方によっては業務忌避の目標になりかねない。それと長期計画は無用であっても経営の目指すところを明確にしないと、身動きが取れない。
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この3つとも経営者でなく雇用される側が「ローリスク・ローリターンのほうがまだいいという安定した社会を求める」構成員であればほころびが生じるという問題点がある。このため戦前でも闘争心や閉塞感のある社会を嫌って海外に行く日本人はやはりいたが、そのようなアニマル・スピリッツはもっぱら中国大陸のような、「なんでもあり」なところを探して行なわれた。これは鉄道技術でかなり明確に現れているなど枚挙にいとわない。しかしそれらが戦後どうなったかはご存知の通りで、引き上げという段階で破綻していった人間の多いこと。
つまりこのような理由から日本での創業をゼロからするには法規の係わらない先駆的行動で違法性が後付けで出てきて、社会的に抹殺されることを覚悟しておく必要がある人間しかつとまらないと考える。結果的にはスピンアウト・カーブアウト・第二創業・分社化+MBOという形に対し政策的ファイナンスをおくか、それが難しければベンチャーキャピタルの業務の志向を持たせるぐらいしか成り立たないと考える。

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