« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月の記事

現場に触れるから疑う能力が得られる

正月に『武士の家計簿』という映画をみた。2003年刊の新潮新書の歴史学者磯田道史の著書を底本として2010年に映画化したもの。
ブログランキング・にほんブログ村へ
監督は森田芳光。
-------------------------------------
森田芳光監督急死 61歳、急性肝不全 遺作「僕達急行」来年3月公開  讀賣新聞 2011年12月22日
 「家族ゲーム」「失楽園」などで知られる映画監督の森田芳光さんが20日午後10時15分、急性肝不全のため東京都内の病院で死去した。61歳。東京都出身。(中略)

続きを読む "現場に触れるから疑う能力が得られる"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

黙れ!

---------------引用
「早野黙れ」と言われたけど・・・2011年12月30日 (金)
 昨日紹介した東京大学早野龍五教授のTwitterでの呟きをまとめた記事がありました。
"「早野黙れ」と言われたけど……科学者は原発事故にどう向き合うべきか "(中略)
ブログランキング・にほんブログ村へ
 それにしても、東大当局が学者に対してかん口令を出したのですね。これはとんでもないことです。今までに経験したことがないことが起きている、こういうときにこそ、蓄積されてきた知見と科学的方法がその力を発揮するときでしょう。それを「黙れ!」とは・・・・。

続きを読む "黙れ!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

医師の感覚(2/2)

(承前)
秋田県である村では招聘した、僻地診療の経験が長い医師がのきなみ1年たたずにやめてしまうという話がある。村長は「言われ無き中傷により、心に傷を負わせてしまったことが最大の原因」と語る。
この医師の完全休診日はわずか18日。土日や祝日も村内を駆け回り、お盆期間も診療を続けた。しかし、盆明け1日休診にすると「平日なのに休むとは」と再び批判を受けたというなど、クレーマーが蔓延している。 無医村になったら村民が困る。自分で自分の首を絞めているともいえるのだが、それでも最低限の医療従事者がいないと村が成り立たないため、均衡の町村の医師に誘導するカウンセラーを雇っていくことになったらしい。
ブログランキング・にほんブログ村へ
この村は、工業団地やショッピングセンターもなく、また、誘致した工場も倒産したり逃げ出している。公共交通機関としてはバスがあるがその本数も年々減少傾向にある。(参考であるが、田舎でバスがなくなる場合は、自家用車でカバーできるからという場合もある。しかし平均所得がきわめて低い地域や限界集落の直前の場合、自家用車購入目的のための貯金などもできないと言う理由で、民営バスの依存度がそこまで落ちないという場合がある。総生産高の低下に依存する輸送量低下のほうがパラメーターとして大きくなる場合がある。)

続きを読む "医師の感覚(2/2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

医師の感覚(1/2)

先日20数年ぶりに郷里で、複数の知人とあうことになった。10人ほどとあったのだが、このうち半分が医者。私の日頃おつきあいしている人たちと違う人たちである。日頃の面子とはかなり変わったはなしを聞くことが出来た。
ただし、医者と言っても開業医はほとんどいない。臨床勤務医である(中には大学病院などの勤務で「教授」という肩書きの人もいる)し、地方の診療所に期限を切って派遣というのもいた。中には病理解剖などが専門の人間(専門医)もいるが、研究者でもない。となると、必然としてかれらにとっての「薄給」と言う話になる。
ブログランキング・にほんブログ村へ
地域にもよるが最近は、医師不足が顕在化している一方で都市部においても医院の過剰感があり、昔のように開業すればなんとか・・・というのは甘えしかないんだとか。公立の医療機関とか、大学などでの勤務だと兼務は基本的に難しい側面があり、ある程度の理由(例:論文執筆に関わる案件)がなければたとえば医院の臨床医療のお手伝い(バイトですかね)は受けにくい。論文執筆などの視点がなければ、なかなかこれも難しい。

続きを読む "医師の感覚(1/2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

そば2題

各地で駅そばを食べることは多いが、どうしても最近出向く静岡県内でそばを食べると、こういう味付けもあるのかと感じることがある。
ブログランキング・にほんブログ村へ
一般には、静岡県内で「かつお出汁に濃口醤油」の関東風、三重県は名古屋の影響の強い北部でも薄口醤油による関西風のつゆが主流という。愛知県内でも、東三河地方(豊橋市付近)では、静岡県と同様だが、尾張地方(名古屋市など)・西三河地方(岡崎市付近)では味醂等の甘味が強いかつおだしベースのつゆである。そして、米原駅の立ち食いそば店は、薄口醤油と昆布の風味を生かした、明らかに関西風のつゆの立ち食い店であたっという。つまり「関ヶ原」が東西の境目になっていると言える。このような見解は種々の調査結果がある。
この感覚は先日、名古屋にいった際、きしめんを食べてさらに感じたことであった。
-------------------------------------
但し、沼津駅や三島駅・御殿場駅の蕎麦屋さん(桃中軒という駅弁の会社でもある)で食べるそばは、もちろん色からして関西のものとは大幅に異なるが、いざ食べてみるとかなりの違いがある。

続きを読む "そば2題"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

声が出せなくなったら

実はこの正月、ある日突然声が出なくなってしまった。
風邪である。いくらインフルエンザの予防接種をしても駄目は駄目であった。熱が出てはいないが、頭痛はする。
とはいえ、早く直そうとしても喉・声のダメージはどうしようもない。しかもこの間に遠隔地でのセミナーの講師が入っていたのだ。
ブログランキング・にほんブログ村へ
けどそれから戻ってもさらに悪化していて、来週の別のセミナー講師はどうしたものかと思っている。(とはいえ代わる人も確保できないのだが)しかもこんなにのどが治らないというのも例年のことから考えても不思議である。相当今回の風邪は悪質なのか。

続きを読む "声が出せなくなったら"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ばらし放題の車一杯

京都府八幡市に通称『ポンコツ街道』と呼ばれている事故車の買取、自動車解体、リサイクルを専門にした町工場が建ち並んでいる場所がある。口の悪いのはもぎ取り屋などという。一般でも自動車部品を安く購入することも可能で、交通の便も良く関西一円のカーマニア、改造マニアにはよく知られている場所でもある。
もぎとり屋さんは欧米のようにDIYの盛んなところでは、郊外の広いところで遣ってる事例はあるが、日本ではむしろ中古部品は専門の人がばらして部品コードつけて流通させるほうが多くなっているんだとかで、業者自体は国内でもあるとはいえ、集積地になっているのは日本では数少ない。
ブログランキング・にほんブログ村へ
国道一号線(京阪国道)の脇(すこし路地を入る)に敷地に並べてある(昔は積んでいたがいまはさすがに)山のような廃車を自分でバラして店と値段を交渉するという場所。近所には大型スーパーやDIYショップができている。値段は交渉次第であるが、最近はヤフオクに参加している業者もいる。それ以上にバスの便がよくなりいまや住宅地の中にある状態である。

続きを読む "ばらし放題の車一杯"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ローリスク・ローリターンのほうがまだいい

長期不況の原因は単純ではないが、その一つは新しいビジネスを開拓する企業が出てこないことだ。近年日本の起業は先進国でも異例なほど少なく、それが大企業に成長したケースはさらに少ない。
ブログランキング・にほんブログ村へ
原因は政策的ファイナンスではないようである。投資意欲が低いのであろう。これは金もうけの欲望ではなく、新しい事業を成功させたいとか世界を変えたいとかいう「おもしろさ」なのだが、リスクをとることを支援するしくみが必要だろう。ファイナンスの多様化をしても、ハイリスクの起業がしにくいし、そもそもそういう経験もあまりないので、ノウハウが蓄積されない。ベンチャーキャピタルが出てこないというのもあるが、実のところベンチャーキャピタルのほうでもリスクをとったものは事実上業務が続かないということで、市場の退場が多いようで、交通事故状態である。むしろ後追いで追加融資を行なうことがメインという「えせベンチャーキャピタル」というローリスク・ローリターンスタイルのほうが成功率を上げ、社会の信頼をあげているというおかしな話が出てくる。

続きを読む "ローリスク・ローリターンのほうがまだいい"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プレイングマネージャという矛盾

最近の社会ではプレイングマネージャとしての管理職が珍重されているようである。
珍重されていると書いたのはもともと、優秀なプレイヤーと、優秀な上司(管理監督者)はまったくの別物である以上に、資質が相反していることが多いようなのに、結果的にはそのような場所にあるべき人は「過去の貢献・成果」を評価され、其の位置にいるからで、そうやった起用が自動的にうまく行くほど甘くは無いものである。
もともと、「優秀なプレイヤー」と、「優秀な管理者」ってまったく別の才能だからである。職能は、上に上がると非連続的に変化することを考えると、技術や職能が高い人がそのままで管理職になった場合は使い物にならないということがあるようである。
ブログランキング・にほんブログ村へ
現在の仕事の業績に基づいてある人材が今後も昇進できるかどうか判断する場合、構成員はやがて有効に仕事ができる最高の地位まで達し、その後さらに昇進すると無能とみなされる。そこでは更なる昇進は望めない。それは以前優秀であった仕事と仕事内容が異なるだけで、要求される技術をその人材が持ちあわせていないだけである。

続きを読む "プレイングマネージャという矛盾"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

TVが好意的とは限らない

日ごろから料理番組などを見ていると、ああ、いったことのあるお店なてのがある。どうしてもTV局が多いところの店に偏るということがある。
もともと当方、食に敏感という人間でもなく、(日本酒はこだわるorz)出されたものはパクパク食うというスタンスを崩してはいないのだが「チューボーですよ!」(TBS系)を見ていたら、時々ランチを食べる韓国料理のお店が出てきて、「あそこ、そんなこだわりがあるんだ・・・」とか「ビール、サントリーだったか・・・」とか考えたことがあった。但し、この番組の場合はどうしてもスタジオの近くにある、そこそこ有名な料理店を使っているということで、関東近県の店が多くなるようだ。このクラスなら大阪に行けば・・・なんて店もあると考えている。
ブログランキング・にほんブログ村へ
ある番組で、芸人さんがたくさん出ており「食のこだわり」を話していた。そこで、狩野英孝がハンバーグのお店にいって、マイ酢を持参し、熱々の鉄板に乗って運ばれてくるハンバーグランチのソースの上にたらして食べていたシーンが流れたのである。

続きを読む "TVが好意的とは限らない"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もう食傷気味(2/2)

(承前)
先日の記事にしかり、新聞でもこれはいかがなものかという記事があるのも事実である。(http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2011/12/post-f8e9.html)但し、そういうものの選別はある程度で切るという読者であるという仮定をしたところで、完璧に信頼できる個別情報「のみ」が知識でであるという姿勢は、実は非常に困ったことになったことではないか。
-----------------------------
インターネットの普及が日本よりも早期(というか世界的に見ても先行した)韓国では、マスコミの記事よりインターネットに流布される情報の方が優越されるネット社会が日本よりも多く構築されている。これは報道に関する機関が少ないことを意味しない。新聞の普及率と絶対的購読数は世界的に見ても高い(これは日本時代の新聞社が活動していることも考えればよい)放送局に関しては長く民放が抑圧され(国営放送への統合)たことで、報道の「大本営発表化」という根本的不振があるもののチャンネルもおおく、民放も再度増加している。しかしこの社会の信頼感のためインターネット上では誹謗・中傷が相次ぎ書き込まれ、憶測が憶測を呼ぶことでやがて真実と疑わなくなるいう抑止が効くものがまったくないというのでエスカレートする側面がでている。
ブログランキング・にほんブログ村へ
これがドイツのように全国紙が事実上赤新聞(ふるいなあ・・・イエロー‐ジャーナリズムともいう。扇情的な暴露記事を主とする新聞。この表現は明治中期、黒岩涙香率いる大衆紙「万朝報(よろずちょうほう)」が赤がかった質の悪い用紙(再生紙)で、暴露摘発記事を載せたことに由来)になっている全国紙「ビルト」と、高級紙のように分かれれいるなら、あたまから報道によるモチベーションがある人と、頭から係わらない人が分かれてしまうという形になる。欧米のような階層社会ならまあ之でも成り立つのかもしれない(どうもそうでもないらしいが、)。なお、世界で最も売れているイエロー‐ジャーナリズムの新聞はビルト・その下に東京スポーツがあり、直後にザ・サン(イギリス・・こちらもイギリス大衆紙のTOPである。そもそもセンターホールドのヌードグラビアが有名))が続く。
-----------------------------
まあ、確かに新聞記事の特性をよまないで単に情報の仲介者であると無問題に取り込む時代ではない。昔は世の中の出来事を知る、知って知識・教養として身に付けるためには大いに新聞を読みなさい。といったものであるが、深く出来事の真相を追求できる環境が整うと、新聞社・新聞記者のフィルター具合が無視できないことがある。さらに、ある種フィルターをかけて都合の良い方向に誘導することは、世論の形成という意味ではじつは任された業務のひとつ。だから「ちゃんとした世論構成ができるならば」ペンは剣よりつよいのであるが、前提たる世論構成ができてるかの問題が大きいのである。

続きを読む "もう食傷気味(2/2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »