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45年ののち

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日産車体、湘南工場第1地区での車両生産を12年2月末終了/平塚   2011年11月11日(金)23時0分配信 神奈川新聞
日産車体(平塚市)は11日、主力生産拠点である湘南工場・第1地区(同)での車両生産を2012年2月末ですべて終了すると発表した。
同地区では中近東など向け小型トラック「ピックアップ」のみを手掛け、昨年度は3万台を生産した。急激な円高により、国内生産が厳しくなったため、タイやメキシコなど海外工場での生産を検討する。
ピックアップの生産に携わっている従業員約100人は、隣接する同工場・第2地区や日産車体九州(福岡県京都郡苅田町 筆者注:日産車体100%出資の子会社。)などへの配置転換を進める。
第1地区は敷地面積約20万平方メートル。車両工場だけでなく本社機能や樹脂工場、プレス工場なども立地するが、今後は土地売却も含め活用法を検討するという。
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同地区は1951年に操業を開始。初代「フェアレディZ」などの生産も手掛けていた。同社の主力拠点として位置づけていたが、今年1月に「ウイングロード」「セドリック」などの生産を、同工場の第2地区に集約した。
また、昨年には第2地区で行っていた「エルグランド」の生産も日産車体九州に移している。

生産終了に伴い、2012年3月期・第3四半期に生産設備などの減損損失26億円を特別損失として計上する見込みで、同日、通期業績予想を下方修正すると発表した。
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古くは「日本國際航空工業」という名前で航空機工業の一翼(まさに)をにない、戦後「日國工業」へ改称して、鉄道車両、自動車車体の製造へ民需業態転換をした経緯がある。本社が平塚市にあるが、かつては京都工場なる工場(これ自衛隊駐屯地の真横にあり、航空関係の業務にぴったり・・・)をもっていた(:閉鎖後、子会社の車体メーカー、オートワークス京都を設立)
この京都工場の製造品は平塚に集約化されているのだが、そのためかなりの人は、京都から異動になったり単身赴任ををしていたようである。

ところで、私はかつてこの京都工場の近くに住んでいたこともあって、いくらかの知人や其の家族が日産車体の工員さんとしてだったり事務職などで働いていたのだが、意外なことだが私の場合は筑豊炭鉱の離職者の方が、多く勤められていた。ちょうど自動車のニーズが高まっていたこともあり、人員のニーズが高かったのだろうし、そのための職員住宅や公設銭湯まであった。お知り合いにはエコー/シビリアン(マイクロバス)を組んでいた人もいた。
その、彼らの先祖が住んでいた地域近郊の工業都市に、いまや製造拠点が動いていく。しかも45年のスパンを経由して(日産車体九州は2007年創立だからも少し短いか・・・)いくわけである。(しかも京都郡(みやこぐん)なんですよね。)歴史のあやというかなんというか・・・・・

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