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花火大会と科学認識(1/2)

-----------引用
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-969.html
愛知県日進市の花火大会で福島県製造の花火打ち上げ予定が中止 (抄)
2011年9月18日の日曜日、18:30から開始された第10回の愛知県日進市の「にっしん夢まつり」では、福島県で製造された花火の打ち上げ予定があったのだそうだ。(中略)  いつ時点で公開されていたのかはよく分からないので恐縮だが、「第2回にっしん夢花火実行委員会」が以下のお知らせを17日付で出していた。

お知らせ
当花火大会で打上げを予定していました福島県で製造された花火につきましては、花火大会をごらんいたたくみなさまからのご意見を真摯に受け止め、愛知県内で製造された花火に差換えることとしました。 花火は福島県のものではありませんが、福島の復興を願って打上げます。 どうぞ、この趣旨をご理解賜りますようお願い申し上げます。(中略)

 放射性物質の付着がないことは輸送前に確認します、花火で放射能をまき散らすことにはなりません、そう公にご説明するだけした上で実行すべきではないのか。そういった対処を京都大文字の件を経た現時点ですらできない実行委員会が「震災復興の願いを込めて」と掲げ、取りかからない方がマシなことをして、余計に福島へ酷い仕打ちをしているように見えるのだが。抗議する方もする方なのだが、この実行委員会も何をやっているのだか。(中略)
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追記 (略)
第2部のスターマインとして福島県川俣町の菅野煙火店の花火80発が打ち上げられる予定だったが、中止となり愛知県内の業者の花火に代えられた。
同様に計画していた岩手、宮城県の花火は予定通り打ち上げた。
 実行委は市や市商工会の職員、市民有志らで構成。今年は東北の花火を打ち上げ、被災地復興を祈る予定だった。だが新聞折り込み広告などで計画を知った市民らから16~17日に、「放射能で汚染された花火を持ち込むな」「花火でまき散らすのか」といった抗議の電話やメールが20件以上市役所などに寄せられたという。
 実行委は当初、「花火店のある場所は国の放射線許容量を下回っている。室内で保管され、まったく問題ない」として実施する考えだったが、直前の17日午後になって取りやめを決めた。
 実行委事務局責任者の宮地勝志・市産業振興課長は「安全性に問題がなく、取りやめは苦渋の決断だ。一人でも多くの人に気持ちよく花火を見てもらいたいという考えで判断した」と理由を説明した。
(後略)
2011年9月19日 10時03分「中日新聞:福島の花火使用取りやめ 日進の大会、市民の抗議で:社会(CHUNICHI Web))
 …「苦渋の決断」ねぇ。
 「一人でも多くの人」に根拠のない言いがかりを付ける人を含む必要はない、そう考えるのはこの社会において不当なのだろうか?
-----------------------------終了
まったくもう。
岩手、宮城県の花火は予定通り打ち上げたらしい。
まず問題は、実行委員会はあくまで地元の有志(そして大方がボランティア)であり、このようなクレームに対して耐性をもったり運用面でノウハウを持ったいる人ばかりでない。打ち上げ技術者は専門職なのでまあ違うのであろうが指示するのは外の人である。だから、目的意識をもって強行するということには行かない理由がある。花火で各人の収益が向上するとか町の財政が潤うということは意識していないとおもう。(ちなみに、日進市は名古屋と豊田の間にある住宅都市。1979年に鉄道が通じたことで人口が急増し、移転してきた大学や高校もたくさん存在する。人口増加率も高く豊田市にも近いことから企業研究所の立地も盛んである。このため、比較的ハイソな住民意識があるといわれる)
まず、東北の花火を打ち上げる計画を知った市民らから16~17日に、「放射能で汚染された花火を持ち込むな」「花火でまき散らすのか」といった抗議の電話やメールが20件以上きた。打ち上げを委託した愛知県内の業者からも放射能検査機器がなく、放射線量の確認が間に合わないということらしい。川俣町は確かに福島県中通りの北のほうであるが、一部が原発事故の計画的避難区域に指定されている。しかし有限会社菅野煙火店は区域外の低線量地域にある。しかも花火という製造物の関係で、屋内での保管、屋内での作業は絶対である。そして基本的にこの地域の産物はほとんど使わない。火薬の安全の為に立地が制限された結果、ここに工場があって専門技術を持った従業員がこの地にいて組み立てたということだけなのである。だから、「花火店のある場所は国の放射線許容量を下回っている。室内で保管され、まったく問題ない」として実施べきだろうとおもう。だから私は抗議の電話やメールはおもいきり言いがかりなのであるとおもうのだ。
けどこれは通らない人には通らない。もちろん多くの人に気持ちよく花火を見てもらいたいという考えで判断したということは、不安を持っている人がすこしでもいたら、何が起きても対処できない風評被害になると、対策が成り立たないということになる。たとえば、この20人のメール発信者が会場にもしプラカードをもってきてデモを繰り広げたらどうなるのかとなると、「良心的な参加者」に対し「良心に忠実な市民」からの危害が起きる可能性も憂慮される。
7万人の人口のある町において20人が苦情を言っている。商品クレームなどの運用を類推すると、物事のクレームのうち直接問題だと表明するのは10%といわれる。すなわち(ゴキブリは1匹いたら最低でも30匹はいるとかのCMではないがorz)200人が問題意識を持っているともいえると概算した場合でも多くはないだろう。
さらには当節鬼女という俗語まである。2ちゃんねるの「既婚女性板」における既婚女性の略称。芸能人のゴシップ、皇族叩き、アンチ○○など、ネット耐性がない人は閲覧に注意が必要であるのだが、個人・団体を激しく叩き、そのため発覚する情報住所や本名、勤務先・家族の写真などを独自に調査し公表してしまう。これは結婚前までバリバリ働いて調査ノウハウ・行動力・金銭的余裕・中にはITスキルや一般知識があり、昼間に暇な時間があり、リアルなネットワークもあったり、常にストレスを溜め込んでいる。こういう人材がまた、個人・団体をリアルに激しく叩くということで、一歩間違えれば人格的に被害を及ぼす事例まで出ている(韓国の事例が日本でも起きているともいえる)こうなると、人権問題にまでなる。
しかし、実行委員会はあくまで地元の有志(そして大方がボランティア)でこのような対処に対するきわめて高度な運営ノウハウがなかったなら、足がすくむというのはこれまた感じるところである。

 「一人でも多くの人」に根拠のない言いがかりを付ける人を含む必要はない、そう考えるのはこの社会において不当なのだろうか?

と引用元の筆者は憂う。私の認識も其の通りである。ただし「根拠のない言いがかりを付ける人」は科学的思考や科学的類推をすること自体の脆弱性を根拠にして、この非難をしているというレトリックみたいな論拠をしているということがどうもありうる。つまり、根拠のない言いがかりと第三者が認識した人自体は根拠がないという言いがかりの認識はない。しかも、この地域が比較的社会的には裕福で、知識層が割りといるということを考えると、こういうロジックにたけた人がいるともいえるわけである。
つまり根拠というものが多様化どころか離散化しているという場合(たとえば理工学系の知識と社会科学系の知識が相克した場合、人によって認識が異なるのみならず宗教論と進化論がなかなか相容れないのが一例)根拠をどこにするかで推論が異なる。つまり、多分「安全性に問題がない」といくら説明しても検査機器がなく、放射線量の確認ができないということだけでも忌避材料になるし、其のロジックと違う見方をされたら効果がないということを委員会の人は感じたのではないか。根拠というものが人によって異なる以上言いがかりを付ける人を「選別する活動」が公共活動では認められない作業工程上の限界と解するしかないと、憂うしかない私は考える。(続く)

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