« 知財立国における文化圏共有の規模 | トップページ | あ・ご同輩 »

がらんとした有名ホテルにて

----------------------引用
十和田観光電鉄が廃線へ…東北新幹線延伸響く  (2011年10月7日 読売新聞)
 青森県十和田市の十和田観光電鉄は6日、同市と三沢市を結ぶ鉄道路線(約15キロ)を今年度内に廃止し、バス路線に転換する方針を決めた。7日の臨時取締役会で正式決定する見通し。
ブログランキング・にほんブログ村へ
 1922年に開通し、高校生らの通学の足として利用されているほか、十和田湖や奥入瀬渓流の観光鉄道としても人気があったが、昨年12月に開業した東北新幹線・七戸十和田駅(同県七戸町)が十和田観光の表玄関として機能し始め、客離れが加速した。

 利用客は1970年度に約165万人を記録したが、少子化や人口減の影響で昨年度は約46万人だった。同社は沿線3市町に、設備投資費用など今後10年間で約5億2000万円の財政支援を求めていたが、今月に入って拒否された。
十鉄廃線バスに転換 臨時取締役会方針を決定  (2011年10月8日 読売新聞)
 十和田観光電鉄は7日、臨時取締役会を開き、鉄道を廃止してバス路線に転換する方針を決めた。沿線自治体関係者が集まる11日の会合で撤退を正式に表明し、代替手段となるバス路線について説明する見通しだ。
 複数の関係者によると、同社は、11日の「十和田観光鉄道活性化協議会」で、鉄道事業から年度内にも撤退することを表明した後、バスの運行形態やダイヤの方針について説明する。会合には利用者の8割を占める学校関係者が参加するため、運賃や運行ルートも議論の焦点になりそうだ。
 同社は既に廃線の手続きや路線開設の手順を関係機関に確認しており、年内にもバス路線の事業計画をまとめたい考え。今後、関係自治体などと協議を重ね、来年4月に運行を始める方針だ。ただ、自治体側には「バスに替えて成功だったと思える公共交通にするためにも、計画はじっくり練り上げたい」との思惑もあり、難航する可能性もある。
--------------------終了
十和田観光電鉄は十勝沖地震からの復旧に多額の資金を要し、1969年10月に国際興業の傘下に入った。この関係で近隣の岩手県交通や秋北バスと資本的には近い立場にある。すでに、2008年3月1日、経営悪化により新旧分離方式での事業再建を図るため、すべての事業を新会社に譲渡したなど経営問題はあった。
この前にスーパーマーケット事業から撤退。 交通事業の赤字を補填してきた観光・レジャー部門(ホテルなど)の利益が東日本大震災の影響によって悪化し、この上に東北新幹線の影響で流動が変化したというのは鉄道にとってはきびしかろう。新線ができたことにより乗客流動が代わるというのは割りとあることで、結果廃線になったのはいくつか事例がある。そのいみで仕方がない側面もあるのかもしれない。これは周辺の人口減少(十和田市自体も人口減少があるが周辺部の落ち込みがやはり大きいこと)と、周辺の大規模ショッピングセンターへの移行もおおきいため商圏の移動がおきているということで、そもそも東北本線をキーとする鉄道を維持する必要性がないという視点もあろうか。
-----------------------------------------------
この話自体はまあ経営と社会政策の問題であるので諸説論議がある。八戸地区は近年交通政策の見直しを進めており、「八戸圏域定住自立圏」を構8市町村で、バス路線の料金に上限を設ける実証実験などをしている(なお8市町村とは、八戸市、三戸町、五戸町、田子町、南部町、階上町、新郷村、おいらせ町であり、十和田市・三沢市は入らない)のだが、十和田市においてはこのようなアクションもとりにくい事情がある。但しlこのほかに「交通事業の赤字を補填してきた観光・レジャー部門(ホテルなど)の利益が東日本大震災の影響によって悪化」というのが、きわめてこの場合は効いてるのかなとおもうところがある。

先日お仕事で花巻市に滞在することになった。花巻市といっても用務先は郊外で意外とビジネスホテルが少ない。人口が少ない町でもないのだが、盛岡や北上にも近く、用務客がとまるところが・・・と思った。
いや何のことはない。保養地であるからで、その昔は農家が保養にいく湯治宿が多い地域である。しかもこの中には有名で評価も高く、高級なホテルもあるのだ。出先の近場に温泉があり、其の反面いつものビジネスホテルがいいとも思わなかったので、だめもとで当たってみると、この手の有名湯治場・結婚式場もある複数の有名ホテルが、何軒も朝夕食事つきで全国チェーンのビジネスホテル価格でとまれるということなのだ。
で、そういうわけで今回は高級ホテルにお世話になった。4人用和室に一人分の布団を引くと、なんだか出張という感じにならなくなる(とあっても、酒を飲んだわけでなく催事(踊りだったらしい)を見にいかず、夜中までノートPCでデータ整理をしていたorz)わけだが、どうも聞くと土日はやっぱり遠来の客でそこそこ込んでいるという。そして部屋の掲示物、書き物は英文併記はがなくても、大陸簡体と台湾正体・ハングルの併記が必ずある。しかし平日はやっぱりすいている(この時は修学旅行もいたりして、極端にガラガラというわけではなかったのだそうだが・・・)
一番の閑散の問題点は震災前に多くあった中国・韓国からのツアー客がまったくいなくなってしまったという理由のようである。聞くと、夏まではこのホテルの場合それなりに客がいたそうな。というのは復興需要のための人たちが沿岸部にホテルの壊滅した状況でもあり前線基地として宿泊したようである。(もちろんそういう事由であるから、高い価格ということにはならない)しかし、その状況も復興需要先のホテルの復旧もあって、減少しており、また今年は寒期の農業従事者や漁業従事者の避寒者が見込めないし、やっぱり地震の印象が強いようである。
------------------------------------------------
震災前の中国(大陸・台湾)・韓国からのツアーだと、チャーター機で秋田空港に来て、十和田湖とか八甲田山など各種の観光地を回って、盛岡⇒花巻に来て市内観光をした後とまって花巻空港でチャーター機にのって帰る(ないしは其の逆)というツアーが結構人気だったようである。そうなると温泉は当然メニューに加わるわけである。そうである十和田や八甲田のルートなら、十和田観光電鉄の経営にかかわるホテルも結構きつい状況になっていたという可能性も高いのである。
花巻市は人口10万人を数えるが、主な産業の中では観光の立ち居地は強く、温泉による雇用は無視できないものであると考える。それだけに、このような日本国内の需要にのみ支えられているというのがいまや農漁村の経済的疲弊と老年化の結果、幻想であったというのは、考えればそうであるが思いがけないことであった。大規模ホテルにおいては人件費などの固定費が莫大なものになり、客室の運用効率が極めて高どまりになるしかPAYしない傾向があるのだから、こういう違う業態であるビジネス用途にいくというのが・・・・・。ゆったりとした温泉につかりながらちょっと複雑な感じになってしまった。
時間があれば花巻電鉄の廃線跡(鉄道線のほうは結構残っている)のだが、残念ながら駅跡を見ただけだった。仕事だから仕方はないわな。

|

« 知財立国における文化圏共有の規模 | トップページ | あ・ご同輩 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/52955594

この記事へのトラックバック一覧です: がらんとした有名ホテルにて:

« 知財立国における文化圏共有の規模 | トップページ | あ・ご同輩 »