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メディアリテラシーの本質と解してみたら?(1/4)

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「韓流偏重批判」巡りネット大騒動 著名人から共感の声、フジ抗議デモ告知…  2011/8/ 1 20:43 (抄)
俳優の高岡蒼甫さん(29)が韓流偏重とフジテレビを批判したことを巡り、2ちゃんねるで500以上もスレッドが乱立する大騒動になっている。著名人から共感の声が寄せられる一方、テレビ局の内情を訴える声もあるようだ。
2ちゃんねるで騒ぎが過熱したのは、高岡蒼甫さんが2011年7月28日、所属事務所を解雇されたことをツイッターでほのめかしてからだ。
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高岡さんを支持し、フジテレビを糾弾する声はかなり多く、ネット上の書き込みだけに留まらない動きもみられる。
フジテレビのスポンサー企業にクレームの電話で突撃する「電凸」を呼びかけることが、その1つだ。(中略) 著名人の中でも、高岡さんの主張に共感を示す声も出てきた。(中略)
一方で、過激なフジテレビ批判に首をひねる人たちもいる。 お笑いタレントの田村淳さんは、韓流偏重だと思えばフジテレビを見なければいいとツイッターで指摘。「ブームが去ればまた新しいブームがくるだけの事じゃないの?」と自らの見方を披露している。(中略)

テレビ業界からは、フジテレビにも内情があると訴える声もある。
地方テレビ局勤務というブロガーは、そのブログで、視聴率を取らないとCMを確保できないが、広告収入減でテレビ局に十分な番組制作費がないと指摘。韓国ドラマは購入費用が安いのにもかかわらず、視聴率をある程度稼げるという事情を説明している。 そして、「要はコンテンツ業界のユニクロ。すげー安くてそこそこ品質がいい」とした。 ただ、こうした意見も、ネット上でさらに批判を浴びている様子だ。(中略)
フジテレビの広報部では、韓流偏重については否定し、こう説明する。
「朝から晩までやっているわけではありません。ゴールデンタイムもすべて韓流ではなく、ほかの国のものもあります。私どもとしては、適正ではないかと思っています」
そして、制作費の指摘について、「韓国ドラマは、安く上げられるからということはありません。予算の都合ではなく、視聴者から要望が多いものを流しています。いいものは国籍を問わないと思います」としている。韓流番組については、視聴者からは、数十件の意見が来ており、「多すぎる」「見たいので続けてほしい」と多岐にわたっているという。
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確かに、韓流ドラマやK-POPの量がすざましくなっているのは感じている。(正直言うと二流クラスのK-POPの歌手を、日本で売り出して・・・というものもある。)韓国ドラマは購入費用が安いのにもかかわらず、視聴率をそこそこ稼げるというのでコストパフォーマンスがいいとかういうのは、ある意味わかる。後述するが日本も海外(特にアメリカ)のドラマをかってきて流しており、駄作までパッケージ的に買ってきて流していたということを考えると、それが韓国に変わったとて、さほど大きな差がないはずである。
実は今輸入されている韓流ドラマについて、私は「いい作品もあるが、駄作も結構多くて見るのはつらい」というのは個人的にはあるのだが、そうなれば見なければいいのである。SWを入れる自由、チャンネルを変える自由は私たちはもっているのだから。ここでいたづらに鎖国をするのは、単に依存性をもってTVを見ているという側面を暴露しているようなものと考える。(実際妻は時々見ているようだが、私はどうも好きになれない。もっともソープオペラのようなどろどろしたもの自体を私は見ると日本製でもアメリカ製でも私は虫唾が走るのではある。別に韓国料理は喜んで食べており、こちらはできおるだけバイアスを外すようにして歌手なども取捨選択して取り込んでいるつもりである。)
ちょうど台湾では、放送で海外番組を規制する法案が国会に提出され通過する見込みであるという。(これは、韓国、中国、日本など外国の番組を台湾で放送することを規制する法案であって、韓国を名指ししたものではない)現行法では20%以上自国の制作番組だというのを40%とするとか。日本では外国株主の割合を規制することでこれに代えているのだが、どっちがいいかはともかく、放送の公益性を担保する手法としては中身の制限をどうこうというのは、私は検閲的視点、自己規制を求めることから外国株主の割合を規制というほうがまだ賢明かとはおもっている。
つまり、このような韓流偏重ということで電凸するのは、自分で自分の首を緩やかに絞めているという側面もある気がするのである。
基本商業活動における情報「提供」は、様々な現象や慣習を、その時々の状況に合わせて「提案」してきた。新しい生活方式という提案もあるから、電気釜が存在したとかいえよう。これらには文化的偏向ということは付随して混じらないわけにはいかない。アメリカに対するものはかつては強く、イタリア・フランスを持ち出すこともあろう。このようにブームを提案するということは、商業放送では本質的にあることと考える。もちろん国がスポンサーにになるなら国もいろんなものの国策を「提案」するだろう(NHKやBBCは国営放送でない「公共放送」なのでちょっとどっちもつかない立場であって、単純な判断には乗らないのだが、おおむね世界の国営放送は何らかの形で国策を「提案」するということになる場所である。)
TVにより市場開拓はかねてから多い。枚挙しないがおおむねブームはそこから来る。私たちもTVで聞いたおいしいお店で新たな味覚や商品を見つけたり・・・という記憶はあろう。(その代わりそのおいしいお店が問題を起こすと、責任もんだいになりかねない)そしてそういういい経験が伝播することで間接的には各個人の人生観の定着にも力を尽くしていることになる。AKB推しにしても、ブームを作る商売の一つであろう。そう考えるとヘビーローテーション・パワープレイ(ラジオ局テレビ局などが選曲する推薦曲を紹介するコーナーや番組。音楽の選曲委員が選曲するタイプと、レコード会社が宣伝の一環としてラジオ局に宣伝料を支払い演奏する)もそうであるなあ。ああ・・・AKBの「ヘビーローテーション」いうのは、自分たちの広報戦略とかけた曲名だったんか。 (大体、このYOUTUBEの画像も AKB48 公式のUP(事務局が開放しているわけで、TV以外にもこのような広報戦略いっぱいあることおは認識してほしい。)
閑話休題、聞くところによると韓国は国策として戦略的広報戦略をしているという話もあって、その結果ではという人もいた。日本だって対外的にはしているのではあるが、番組販売とかになると投資金額の差があるようで、そうだったとしたらきわめて戦略的(これはほめている)である。資本を入れて自国文化を売り込み、日本のメディアが乗っかって韓国文化を紹介するのは、マーケティングとして従来さまざまな形で日本社会が容認してたことだから、職分としてはあるいみ最もであるのだが、あまりにも急にやらかしたとか、勇み足がいきすぎて他国のネガティブマーケティングまでやりだしてしまうと旧来の文化と軋轢が生じ、国際的な問題になるいうことであろう。最もこれについては韓国の国民性としてきわめて主張・押しが強いということがたちを悪くしてるのかもしれない。
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ただし、この一連の動きのなかで芸人・DJ・音楽プロデューサー(!)のふかわりょうがテレビ局の韓国押しを自分のラジオ番組でいったという批判を入れているのだが、これは、実は韓国番組放映の批判をしているようにみせかけて、その実は放送局の批判ではなくメディアリテラシーの本質という話で解している。いろんな人が(下記の報道もそうだが)韓流批判と十把一からげにしてしまうのはこれはもったいないのである。しかも彼の話は聴衆に「考えさせる」という意識が極めて強い(そのようなスタッフ構成の番組である)。(続く)

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