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一体全体、敵を作りたいのかなあ

オンラインニュース配信社ジェイ・キャスト(J-CAST, Inc.)というのがあって、取材をするということでなくあくまで配信専門として、良質であるとはいわないが、やや週刊誌的な記事で着眼点が斜め上(行為が予想を越え、捻りまで効いていること。非常識さや既定概念からの逸脱を斜めと表現)な記事を出すことがある。先日の記事には韓国の出自の芸能人が実は多く、結構通名を使っているという記事があり、ご丁寧に其の該当者リストまであった。
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この記事自体は、基本的にはそれによる出自差別を助長するという意図があるとは思えないが、結果的に興味本位に採られる側面もあろう。早いうちに削除されている。

今年の頭、前原誠司衆議院議員が、京都市内の在日韓国籍の焼肉店店主の女性から政治献金を受け取っていたことが判明した結果当時外務大臣を辞任をした経緯に元がある。在日韓国人が日本名の通名を使っていて、かつ5年間で計25万円と低額であったことと、日本国籍のある人とおもっていたところから、このあたりを明確にしなければという気がしてきている気がする。(年に5万円以下の献金は、収支報告書に寄付者の氏名などを明示しなくても良いとされている上に、幼馴染で前原家が生活に困窮していた幼少時に近所に住んでいて世話になった人であったという)。もっとも、政治に対する考え方については彼に同意することも多いが、彼の人のよさからきているのだろう脇の甘さと、そこをちくちく突っ込まれている政敵の手法は、さてさてなのだが。(参考:http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/politics/newsengw-20110308-01.html
確かに通名でなければ生活習慣上や融資などの資金調達、時には(就職時には通名は使えないが)就職した後の企業内での活動などから、逃れられないという認識は現実にはかなりあろうかと思う。韓国の人たちが日本植民地政府が朝鮮姓を奪い「日本人のような」氏を名乗るよう強制したとする説があり。 創氏改名令を公布して強制とはしなかった文面なのに、8割もの朝鮮人が設定創氏をしたという。この理由は、しない者に対して地方機関が行政的な強要、嫌がらせを行ったのか、業務意識のある意味高い末端吏員の暴走なのか、表ざたにしなかった政府の意思かはわからない。さらに日本内地風氏の設定創氏の届出を行わず、朝鮮風名での苗字のままで日本の苗字とした人たちも多く、中には内地で帝国議会の衆議院議員となった人までいた。しかし、在日コリアンの多くが通名を持っているのもこの創氏改名になじめなかったからと考えると、創氏改名を否定したアメリカの韓国政策からみて通名をかたることを否定できないという見方もある。
そしてこの記事の底本として、このような本がある。
http://www.amazon.co.jp/%E5%83%95%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%81%AF%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E5%9C%A8%E6%97%A5%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F-%E6%9C%B4-%E4%B8%80/dp/4062168855%3FSubscriptionId%3DAKIAJ5SZTKA3TPVD4YAQ%26tag%3Djinbusinessne-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4062168855
 著者は在日韓国人3世で大阪市立大学経済学部教授である。そして、これまで在日ということを名乗りたくても名乗れなかった多くの芸能人やスポーツ選手がいたこと、そして今なお出自を隠さなければ活動できない大勢の芸能人やスポーツ選手がいることを、多くの日本人に知ってほしかったと氏はあとがきで書いている。多分筆者自体がそのような経験をしてきたのであろうと私は推察するし、そのことは私のお知り合いの在日の人との話でも、あくまで当人たちにとって見ても日本に基盤を置いて生活をしていく中では、本名では無為に生活手段を狭める側面があったと推察する。
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本自体はそれ以上でもそれ以下でもないというレベルの本で(実は私も立ち読みだけである)あるのだが、私は、参政権などの議論を尽くすなかでもちろん現行の制度自体に整合性を厳密に構築できない問題があることを前提にすると、韓国籍の人という中で国籍を日本にし、帰化した人の位置決めは割り切って考えるべきで、其の前段階としての通名の使用は妨げられないとおもうのである。
確かに先祖は韓国籍であって親がそれを選択したから当座韓国籍であっても当人が戸籍を移したというならば、日本人として振舞って活動するのに文句をつける行為はいかがなものかとおもうのである。さらにこれらの多くは、日本で生まれたり日本の公教育を受け、実質郷里としての認識としての母国はあっても、日本の社会の一員として活躍しようとしている姿勢が多いわけで、その人に対しやれ出自がどうこうという事が、当人の生活意欲と別の世界で一人歩きをしているという憂いがある。「日本に永住するならば日本国籍を取得すべき。世界中のほとんどの人間が生活しているその国の国籍を取得している。」という視点(これはマルハンというパチンコ会社の創業者の言葉だそうな。ちなみのこの人も日本の大学をでて帰化している。)は私は支持するしかないと感じている。

たとえば、孫正義氏は成人後日本に帰化しているが、日本で生まれ、日本の教育を受け(但し高校以降はアメリカに行っている)ているが、帰化前は安本という通名をつかっていたという。(親は帰化せず現在は韓国在住)このような場合、韓国に確かに知己があり、知人にも韓国系の人が多いということはあっても、さてかれは、口頭だけで日本が好きであるといって実は心は韓国にありという人かというと、どうもそうではないと多くの人は言う。孫正義氏自体、英語・日本語はきわめて達者ではあるが韓国語はそこまでではないとかいうこともあるそうだ。
最も彼の場合は韓国に企業立地を求めるなどの視点(創業の地、九州経済界全体に元来その見方もあるのだが)もあって、韓国の経済というところを意識しているともいえることがわかりにくい現実なのだが、一方彼は幼い時期には日本人からのいじめ以上に日本にいるということで韓国人からも不利益があったといわれている(よく似た経験は結構私の知っている在日の人にも聞いた)。だからこそ「日本を愛する」などの文言を否定するために出自をことさらに強調する第三者の言動には、違和感を覚えざるを得ない。
特に注意しなければならないのは、ラフカディオ・ハーンや、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(建築家)に対して通名として(帰化の際の名前になるのだが)大方の人はこういう発言をしないというところ。ヴィクトル・スタルヒンのように無国籍で通した結果、戦時中やむなく須田 博に通名として一時改名というのも含めても、雰囲気で語る社会では、他人への査定に対しどこかで出自の優劣を査定し、当人の資質とはことなる見方をするという現実だと考える。
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当節、最近韓国の芸能人が社会にとはいえないが、放送業界で賞揚されており、よくTVなどで取り上げられる。其の批判の中で、このような在日批判との混在・意識的な混同までもあるようだ。このような視点は、根本的に雰囲気だけで高度に熟成されてしまった社会通念と、不安定で先の読めない社会が作り出すものがあるのだろうか。
そう。ナチスドイツに限らないのだが、いまだに世界各国に多い、いや世界各地で絶賛増殖中の「単文化主義」「純血主義」「バランスが崩れた現在の世界で、外国からの影響を受けずに自国の財産や文化を守ることが今は適切だと考えてしまう」思考が、いまやどこでもあるのかなあとなやんでいるのである。

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