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執拗に追求は続く(1/2)

ブルー・オーシャン戦略とマイケル・ポーターの競争戦略を比較してるなかでこんな問題に行き着いた。
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ネット注文おせち「見本と違う」…納品遅れも  (2011年1月2日23時33分 読売新聞)
 飲食店経営会社「G」(横浜市)が、インターネットの共同購入サイトで注文を受け付けたお節料理「バードカフェ謹製おせち」500セットの納品が遅れたり、広告の内容と大幅に違っていたりしたとして、購入者との間でトラブルになっていたことが2日、わかった。
 同社はホームページに「調理と詰め込みに予想以上の時間がかかった。全額返金し、償いをさせていただく」との謝罪文を載せ、社長が辞任するとしている。
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 同社は、「横浜の人気レストラン厳選食材を使ったお節33品・3段・7寸(4人分)」(定価21000円)を、半額の10500円で販売するとして、グルーポン・ジャパンが運営する共同購入サイト上に商品見本の写真を掲載し、注文を受け付けていた。商品は大みそかに購入者の元に届く予定だった。
 購入者の一人は「届いたおせちは見本の写真と全く違う、内容がスカスカのものだった」と憤っている。
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確かに年始からorzというのもわかるのですが、よく考えるとおせちはいろんなデパートや店舗が予約販売をしており其の種類もいろいろ。また個々の品も結構バラで販売してあることから、この4人分10500円というのがかなり安価なものというものはわかるとはおもう。要するにグルーポン・ジャパンが運営する共同購入サイトという保障も商品の付加価値と考えると容易に価格比較はできるのである。

そこまで拡大してみるとこの領域はブルー・オーシャン戦略のように見えて「レッド・オーシャン(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域。競争の激しい既存市場)」に極めて近い領域であると私は見た。確かに忙しかったり、店舗が遠い辺境地域というニーズはあるのだが、顧客にとってあまり重要ではない機能を「減らす」「取り除く」ことによって、企業と顧客の両方に対する価値を向上させるというのが、過去の伝統と歴史、過去の問題解決の蓄積自体を選別価値として成り立たせるものになりえないのではともおもうのだが、ここの私が言う主題は違う内容である。
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ホリエモンがおせち問題に言及「自殺者が出るまで執拗に追求は続く」  2011年1月3日 ロケットニュース24
クーポンサイトで販売された飲食店のおせち料理問題で、元ライブドア代表取締役社長・堀江貴文さんが「自殺者が出るまで執拗に追求は続く」と言及し、大きな話題となっている。(中略)騒動はインターネット上で物議を醸しており、NHKや民放各社、新聞各社などでも大きく報じられている。
堀江さんは過熱する飲食店や社長に対するバッシングに対して批判的な印象を持っているようで、「説明責任やらなんやらと外野が焚き付けるのはやり過ぎ」や「自殺者が出るまで執拗に追求は続く。結局吊るし上げてそれを見て溜飲を下げるだけ」と発言しているのである。この騒動に関する堀江さんの発言は以下の通りだ。

・おせち騒動に対する堀江さんの考え
「スカスカおせちの人をここぞとばかりに糾弾したいのかなあ。。。もう十分痛い目に遭ってると思うんだが。。。。もうやんないでしょ。。。」
「(おせちを買った人は)不憫だと思いますよ。だから業者は十分に社会的に叩かれているし元社長は針のムシロな訳で、それ以上に説明責任やらなんやらと外野が焚き付けるのはやり過ぎと言ってるだけ」
「繰り返すが、グルーポンで出来損ないお節を買った人はショックだったと思うしそれは気の毒だ。だからその業者の社長は責任を取って全額返金と辞任までしてる。十分に責任は全うしてると思う。だからこれ以上外野がとやかく騒ぐことではない」
「さらにそれに乗じてビジネスが上手く行っているグルーポン社の粗捜しをしたり、さらにその類似業者の粗捜しまでするというのははっきりいってやり過ぎだし、調子に乗り過ぎだろ。。。」
「ほんと、小学校のいじめと変わらんな。いじめられてる奴を庇ってる奴までいじめられるという。。。」
「じゃ、なんだ?死んで詫びろとでもいうのか?あるいは死ぬまで反省し続けるべきとか?」
「食品偽装事件の時もそうだったけど、当該会社のさらに細かい粗捜しが始まるんだよね。そして倒産に追いこまれたり自殺者が出るまで執拗に追求は続く。結局吊るし上げてそれを見て溜飲を下げるだけ」
「吹けば飛ぶような中小企業をこれ以上追求してどうするよ?マジ潰れるよ」
(堀江さんのTwitterより引用)
堀江さんとしては、今回の騒動を教訓として当該飲食店の再起を願っているようだ。おせち料理はひどいものだったかもしれないが、失敗した人物の新たな道を完全に閉ざす行為は正しい事ではない、と言いたいのかもしれない。

外食産業は単にお腹を満たすためだけの存在ではない。映画や演劇、音楽、ありとあらゆるエンターテインメントと同じように人を楽しませて幸せにする存在でもある。今回の騒動で大きなダメージを受け信頼を失ってしまったかもしれないが、これからどのように関係各社が復活し、人々を楽しませるエンターテインメントとして返り咲くのか、いまから楽しみである。
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堀江氏、今回の騒動を教訓として当該飲食店の再起を願っているようだ。
確かにグルーポンに関してであるがその運用に関し、堀江氏が多少経済的支援を行っている(社外取締役ではなく投資支援ということらしい)という側面はどうもあるようだ。しかし当該飲食店とは直接的には経営上の関係はない。そもそも、現在の彼の活動はどうもグルーポンに関してのみならず、いくらかかかわっている企業にはあくまで支援という立場でとどめているようである。これは、収監待ちの刑事被告人という側面(この訴訟が有効な内容かは議論しない)で一歩引いた活動を行っているということも自ら言っているようだ。
記事中にもあったのだが、失敗した人物の新たな道を完全に閉ざす行為は正しい事ではない、と言う内容は、概して再チャレンジ政策の考え方に近い。この見方は英米では税法まででており(たとえば倒産した企業に対する債務者の権利は、日本以上に制限されている)、この結果、倒産した企業が1年で再上場できるというGMのような事例が出てくるとおりである。(日本の場合は倒産した企業の再上場は10年ぐらいはかかるという。)新自由主義の手法による、企業化した社会の推進に近いものがある。この立場から見て、社会的に制裁された企業が再度、その反省を糧にして企業活動が推進されたら、その成果は更に有効になり社会に回りまわって国民の福利に寄与するということである。
しかし、堀江さんの言う意図は企業の存在があくまで既存の社会の枠を新たに作るという視点をもって語ってるようであって、社会においてはそれなりに重大な失敗をする ことに対して制裁以上に抹殺を図ることで、追従するなり同業を行う法人に対して社会に対しきわめて高い責任の取り方と、社会からの常なる監視の視点を持たない企業体を選別・排除するという視点もあるかとおもう。
これはさらに細かい粗捜し、倒産に追いこまれたり自殺者が出るまで執拗に追求は続く結果、結局吊るし上げてそれを見て溜飲を下げるだけというのでなく、そのような可能性や事故を一度でも起こした企業は「ほかでも起こりうる」という視点から関連追求を行うことで、残存した企業には更なる、日本人の安全意識に近い企業が無限大に責任を担保する「安全・安心」のある事業者とする・・・つまり間引くということであろう。もちろんこれで全部の企業がつぶれたら其の産業が成り立たないのであるが、それこそ社会による「健全」な淘汰であるということになる。死んで詫び、死ぬまで反省し続けるべきとまで考えてる人もどうもいるようである。
日本の場合このために受ける資産的補償、社会的信頼は再起不能なほどまでしつこい上に、もしこの仕事によって損害を受けた業者(いわゆる同業者なら、通販の信頼性に対する低下であり、また食品業界で通販とはことなるが御節の材料を販売していたなら商圏の拡大できない中での通販から一般商店購買への利潤の再奪取)がいるなら、拡大しない市場の奪い合いにしか過ぎないわけである。
この見方はたとえば安全に対して多くの方策を採るにもかかわらず、予測の範囲であるから完全なものを得ることがきわめて難しいのに、そこに向かって進むしかないし、安全でないものはそのものが必要でも作ってはならない・・・という硬直的な志向につながるとおもう。(大きな事故の対処法が欧州と日本でかなり異なるのもこれに近い)
さらに、このおせちに関してはあくまで市場に「代替品が存在する」からこそ差異が明確で比較しやすい。また「代替品が存在する」からこそブルー・オーシャン戦略なら血で血を洗うレッドオーシャン状態なので、だれでもこのような指摘(というか誹謗)をしやすくなる。
この前提では創業者は運がよくこのような不慮の事故を受ければ他国に比べてひときわ大きい社会的制裁と、企業者自身の社会的存在の否定、さらには下手すると一生続く社会的信用の抹消(もちろん死をもって償うといううのさえ、しかたがないなあとまで揶揄される)が生じる。このような類推性を常に持っている分野(ほとんど日本ではこれが免れない。あえていうと、着手者がかなり限られるフーゾクであろうか)では独自創業よりもこと日本では、カーブアウトや、第二創業などの基本的資産が極めて高いもの、ないしは支援者やホワイトナイト、時に政府やきわめて大きい企業などの支援がないと厳しいとも言える。
そして倒産に追いこまれたり自殺者が出るまで執拗に追求し吊るし上げてそれを見て溜飲を下げるという堀江さんの見方はまだ浅く、それをおこなうことで社会が成り立つという企業活動が社会の一般通念のなかでクローズすることが前提という見方が、米国と日本とでは異なるのであろう。(加えて言うと、米国と英国・中国はこの部分ではにているとおもう。逆に日本とドイツ、フランスは近いのかもしれない。ちょうどこれは長寿企業が多いか少ないかにという分類に似ているとおもう)
マイケル・ポーター氏が提唱した戦略フレームワークが5 Forcesというものであるが、ここでは

・新規参入業者
・代替品(間接競合)
・供給業者
・買い手(顧客)
・競争業者(直接競合)

の「五つの要因が結集して、業界の究極的な収益率-すなわち、長期的な投資収益率を決めるという。
マイケル・ポーター氏は既存社会の中の枠に社会がとどまっている特性がある前提で見ているからか、低コストと顧客にとっての高付加価値については相反条件であるとみなしており、一方ブルー・オーシャン戦略では既存社会の枠を企業活動が創造しながら枠を広げていくとおみなしているから、低コストと顧客にとっての高付加価値は顧客の姿勢により両立するといえるのだが、既存の社会規範が極めて硬直的(これは一意に悪いということでなく、震災の時の庶民の対応が自立的・規範準拠的という側面はある)な日本の場合は5 Forcesのほうが成功しているようである。
たとえば1000円の散髪チェーン(日本発のブルー・オーシャン戦略の成功例として文献にも述べられた)に対し、法的規制をかける地域があるため、ある程度以上の成功が成り立たなくなってしまったが、この相反理由が社会規範の色合いが強くならざるを得ない「公衆衛生」(各県ごとに理容師法施行条例・美容師法施行条例を改定し理容所・美容所における衛生管理の向上の、講ずべき衛生上必要な措置に、洗髪設備の設置を追加。既存不適格処置あり)ということを考えると、まさにこの証左であろう。
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但し、このような既存の企業活動と比較ができる企業に対しては、確かに厳しい殲滅解体一掃の圧力がある。ところが、確かにグルーポン社に対しては比較対象としてグルーポン社の粗捜しをしたり、さらにその類似業者の粗捜しまでするというところはあったのだが、いかんせん比較できる中身が一般商社のビジネスモデルとかになってしまうことから、あまり有意な比較いならなかったようである。また、類似業者というのも選択肢がそうない。
先にのべたマイケル・ポーターの5 Forcesでは業界構造の流動化が激しいと成り立たない限界がある。
グルーポン社のビジネスはまさに業界構造の流動化の尖兵なので、このマイケル・ポーターの5 Forcesが雛形で扱いやすい分野では批判や殲滅解体一掃を狙う行為がしにくいのである。競争戦略の目標は、業界の競争要因からうまく身を守り、自社に有利なように要因を動かせる位置を業界内に見つけるという、「位置・ポジション」が競争のカギだというのは既存の社会規範が確立されそれが強く支持されているからというなら、グルーポン社へに批判はスカスカおせち業者の批判の仕方ではそう影響を及さない。つまりマイケル・ポーターの5 Forcesは、個別の会社がどういう戦略を作るべきかという既存社会枠を崩し新規に枠を創立していく場合はあまり使えない。つまり堀江さんの嫌悪するもののなかで、グルーポン社のビジネスにはスカスカおせちの批判手法を延長する手法を採る限り影響をネットの意見は及ばないということであろう。そして確かに堀江さんはいままでの活動から見ても「位置・ポジション」が競争のカギとはせず、ブルー・オーシャン戦略志向が強い人でもあるだけに。
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じつはまったく同じことはこの前のユッケ食中毒の焼肉や企業にもある。焼肉やさんはあくまで比較対象が明確な顧客がイメージしやすい「レッドオーシャン」なのに、価格設定を変えることだけで「ブルーオーシャン」にしたと考えたのであろうが、「ブルーオーシャン」がすぐ「レッドオーシャン」に変わってしまう(これはブルー・オーシャン戦略では言われる)よりも、最初から肉の仕入れを既存企業に依存していくしかない以上、ブルー・オーシャン戦略になるには足腰が弱く、マイケル・ポーターの競争戦略ではきわめて厳しい市場認識しか立たないといういことになるのかもしれぬ。このようなことから、私が創業支援の相談をもらっても、大概はスピンアウト・カーブアウトをすすめるか、スポンサー(ホワイトナイト)とか投資銀行(ジャフコなどのベンチャーキャピタル)への橋渡ししかできない(もっともベンチャーキャピタルが考える戦略的投資計画の立案指導まではしますな)ということになるのである。
(続く)

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