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33年前の表現はやはり代わる

たまたま検索をしていたらこんなものがひっかかってきた。当時「おや、これは昔TVでみてこういう芸があるのかと驚いたもの」である。そして長年、そういえばと時々思い出したことはあるのだが、まさかこういう形で出てくるとは。YOUTUBEおそるべし。
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但し私の当時の記憶もあやふやで、この場面を私は「ばらえてい テレビファソラシド」(NHK総合:1979年~1982年)と思い込んでいた。どうやら、「芥川也寸志の「音楽の広場」」(NHK総合:1977年~1984年)だったようである。この番組は音楽をメインに据え、オーケストラの出演があった。司会は黒柳徹子、そして芥川也寸志がご意見番というか構成演出を見ていたように見える。

当時の記載を纏めたものには新聞縮尺版からの引用として、

1978年09月23日:あのときの歌・ラジオテレビ名主題歌異聞

というものがTV欄にあったようで、このときの画像であろう。それまでに黒柳徹子はタモリとは親交があったという。
タモリ(1978)
http://www.youtube.com/watch?v=a4LSFNd9SEk
後ろで大笑いしているのは尾高忠明氏(東京フィルハーモニー交響楽団 の常任指揮者(当時))であろう。つまりこの演奏は東京フィルハーモニーという豪華な構成なのである。
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じつはこの3つの曲
スポーツショー行進曲(NHK) 古関裕而作曲
スポーツ行進曲(NTV) 黛敏郎作曲
コバルトの空(TBS) レイモンド服部(服部逸郎)作曲 なお服部逸郎氏はNHKのアナウンサーをしていたことがある

これら、特にコバルトの空はオーケストラ演奏は最近はあまりない。行進曲だからか現在では吹奏楽用に編曲を使用しているものがレコードなどでもほとんどである。
例:


NHKのスポーツショー行進曲は現在でも使われるが、電子音楽化されたものを使っている場合が多い。となるとオーケストラで演奏している事例この画像が出てくるというわけである。
タモリは デビューが30歳と遅かったためこの当時、芸歴3年程度である。しかも生放送だということか結構失敗している上、むちゃむちゃあがっているのがわかる。但し、合間の画像に当時の有名芸能人(歌手)や伊福部昭氏(作曲家 『ゴジラ』を初めとする映画音楽の作曲家、教育者)、果てはこの中の曲を作曲した古関裕而氏までの画像が抜かれている(しかも古関裕而氏は大笑い)。これなら、がちがちになってもおかしくはないだろう。芥川也寸志も含めるといずれも当代のポピュラー系のクラッシックのビッグネームである。

そもそも当時全国ネットを構成していた民放はNTVとTBSであるため、このほかのものをやってもネタにならない。(其の上テレビ朝日系列は大阪朝日放送との関係がこじれプロレス以外のスポーツテーマをお互いに差し替えるしまつ)からこの構成はある程度やむをえない。そのなかで、他局をネタにするというのは勇気がいったともいえるネタである。
そういいながら結構皮肉が利いている。
NHK:高校野球中継であるが、教育の一環という感じをことごとく強調している(といいながら長野県立高知商業高校とか中洲産業大学付属高校(・・・って福岡でなく新宿にあるんかい!)というつかみを用いている。)。そういうなかで「中村先生教育よろしく・・・」という表現に違和感を覚える人がいるかもしれないが、これはこの当時はわりと一般の人も使っていた用法である。平たく言えば「中村先生の教育指導の結果が実を結び・・・」という言いかえができると考える。(学校の先生に生徒が従うというのが前提としてこの言い回しが出ており、そもそも学校の先生に生徒が従うというのが前提でない昨今だと、この表現がおかしく聞こえるわけ)そんななかで放送局の姿勢と関係ないところで「連日熱戦・高配当に沸きます」というので(違法バクチかい!)かろうじて皮肉を聞かせている。今から見ると非常にていないな言い方をしているがこれは当時のNHKの中継の雰囲気は確かに近い。
NTV:野球中継をの結果を流している。6試合をしていているといいながら、自社Grの球団である「讀賣巨人軍」の報道ばかりをして、巨人軍を持ち上げるという露骨な意見誘導。よく聞くと巨人軍が12対0で勝ったとなっているが、相手のことがまったくふれられていない。最後に「巨人軍万々歳」といっているのだが、これは皮肉になっており今なら巨人マンセーてのであろうな。
TBS: 今はあまりないのだがスキーやジャンプの実況というのが特にTBSは多かった。(札幌五輪や長野五輪の影響も大きい)しかし経歴(当時はサラ金ではなくサラリーマン金融といってたのね)をドラマ仕立てにするなど客観性にとぼしい説明「男の執念」「男の一徹」に終始している。これのおちは、じつは最後の「カメラをNHKに戻したいとおもいます」のようである。良く聞くとサラ金地獄に陥った選手の出る試合名を「一般男子大転倒」ていっとるな。
しかし、タモリはともかくこのようなビッグネームとオーケストラを入れる番組はコスト面から当面出てこないのかなとおもうのである。

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