« 安値底値にアタックチャンス(1/2) | トップページ | ある意味きになる人は気になる »

安値底値にアタックチャンス(2/2)

(承前)
食中毒事件の報道映像で、「和牛ユッケ税込294円」という価格設定にびっくりした人は多いらしい。衛生概念を排除してどこをやすくすればということを考えるとあとは、物流改善・業者の選別・加工技術の革新などを行うことになるのである。そうしないと収益が出ないとおもう。しかし、この分析はじつは技術の蓄積のない企業にとってはかなり難しい側面がある。
ブログランキング・にほんブログ村へ
ところで、ことしは海外でも食中毒が問題になっており、モヤシではないかとかということで話題になっており、国際的な風評被害まで出ている。多分この調子だと本邦では節電対策からみでこういう問題は増えるだろう。

下記の情報の場合もよく見ると抽出検査であるのでリスクは小さくなろうがいずれにせよゼロにはならない。
----------------------------
O104の検疫実施へ=輸入食品、来週にも―厚労省  時事通信 6月8日(水)0時3分配信
 厚生労働省は7日、欧州で感染が広がっている腸管出血性大腸菌O104について、早ければ来週にも、海外から輸入される食品の検査を全国の検疫所で始めることを決めた。
 同省はO157やO26の検査は行っているが、O104は世界でも感染例が少なく、対象外だった。今後はO157などと同様、輸入食品全体の1%程度を調べる予定だ。 
------------------------------
先日バスにのったら、車内にディスプレイがあって街のお知らせを流しているのだが、ここでも「生で肉は食べないこと」というCMが流れているのをみて根が深いなあとおもった。たしかに現段階では仕方がないのだろうが。
ただし、従前言われているように「トリミング」を生食の常識という考え方はすでに無理のような気もしている。たとえば、馬刺しなど、生で馬肉を提供していた飲食店の多くでは、食肉処理の段階で生食用に加工されたものを原材料として使用している(流通しているからそうなる)のだが、この場合は食堂などで切り分けるだけである。(トリミングはしないような加工がちゃんとした加工場でされている)但し、調理側でやっている作業を見ると、これでもやはり半分ぐらいは難しいらしい。ちなみに牛の場合はほとんどNGという。
 飲食店の調理段階での不適合事項としては、
「肉表面の細菌汚染を除去できるようなトリミング処理ができていない」が半分
「器具の洗浄消毒を、衛生基準で示された83度以上の温湯で行っていない」が半分
「生食用専用の調理器具を用いていない」が2割弱という記載も目にした。
さてこれをちゃんとすることができるかというとある人に聞いたら、「焼肉やさんにおいては専従の職員をおかない限りは無理で相当高価なものしかできない。」とか。つまり市場流通を社会的に排除するという姿勢である。
もちろんステーキのように半生を食するのもこれにはある。根本的に対外環境で禁止することが難しい以上、社会通念で生肉を忌避するようにしないと絶滅は難しいのであるが、ではそのような食べ物のリスクを周知しながら食べようとする外国人(つまり欧州の人のように生食はありで、そもそも食に絶対安全はありえないと考える場合に法的制限は出せないのも事実。さらにはやみ流通などの可能性もあるとなると、法的規制を流通や習慣付けで行うのは子とこれに関しては難しいという気もする。
そういうことから、ユッケがなくなっている店でも、それなりの店ではタタキにしていることで回避している店も多いらしい。ステーキと同じである以上安全であると認識されているようである。(ローストビーフの内部の肉はピンク色のため、これも生とおもう人もいるが、ローストビーフはオーブンの特性により低温長時間で加工するため内部まで火が通っているものである)。同様に馬肉や新鮮な鶏のササミでも作られる。ただし、肉の場合タタキは作り置ではうまくないということもあるため、そもそも高級なレストランや地産地消の店舗に限られという話もあるらしい。ほんとうかな。
------------------------------
私はこの話を考えるにあたって、毒饅頭にあたるというのを思い出した。もともと、毒饅頭は加藤清正の故事をモチーフにした歌舞伎「伽羅先代萩」の小道具である。1611年に徳川家康と豊臣秀頼の二条城での会見直後、会見場で秀頼を護衛した加藤清正が急死するという話である。もっともこのころは食中毒というのはよくあることで、(だいたい、徳川家康はそうでないにしても痛んだ油によって、食中毒で死んだという説がある)所以はあまりわからない。もっとも旨そうに見えるが、それを食べると相手の術中に落ちてしまうようなことの例である。最近は某野中広務氏の発言が有名である。将棋でも、簡単に取れるが取ったら敵の術中に入るというものである。
しかし私が思い出したのはそっちでなくて、カイゼンのほうである。
こちらの「毒まんじゅう」は不良品零を目指す、作り込み品質の思想の説明に使われる表現である。わたしもこれをT自動車の技術者から指導を受けた。
「皿に山と盛られたまんじゅうの中に、一つだけ毒まんじゅうが混じっているとしたら、その山にあなたは手を付けられるか? 」つまり「万に一つ、百万に一つの不良なら許してよいか?不良は零を目指さないといけない」というころで問題の抽出をおこなうトリガーとするわけである。
しかーし、これが饅頭の山だから問題はあるいみ私たちは回避しやすい。代替品がそこらにあるからである。というのはこの説明であるが海外ではなすと(もちろん饅頭でなくケーキだったりする)、その様なリスクを背負って仕入れておけば高価にな利潤が得られるとかいう解釈をされるらしい。そもそも食べ物に潜在リスクがないということ自体がありえないというのである。
さらに、代替品が存在しないもともと特別な饅頭(たとえば同類がないEVなど)だったの言うのなら、皿に山と盛られたまんじゅうの中に、一つだけ毒まんじゅうが混じっているとて、利得が得られるなら当然食べるべきであるという話になってしまうらしい。不良は零を目指さないといけないとはいえそれは、潜在リスクを認めない製品を求める顧客はおり、その製品のメカニズムなど特性を理解しようとしない顧客に対し利潤を得る行為が、製造者の倫理概念に合致しない以上、販売をこちらから断るべきである・・・・・・・・・・となっちまうのである。
-----------------------------
リスクがないもののみを選ぶことで日本人は「安全・安心」による世界を得て、それを基にした社会を構成してきた。それが品質に対する意識を物語る。しかし、「安全安心」がもともと自分たちの社会においては、そこまで必要でないとか、生き馬の目を抜くのに差別化として「安全・安心」が役に立たない風習が前提に合った地域の風習やコンセンサスの場合、食中毒のリスクは認識されないのではとおもう。
そうなると、リスク設定を認証し、其のリスクをおった調理技術者を固定させるのが、禁止できない肉の生食に関しs帰任を持たせることになるのではと考えると、生食ができる肉を供給できる調理師を指定する「フグ調理師免許」のようなものが、ひとつの解決策になるのかなと考えるのである。

|

« 安値底値にアタックチャンス(1/2) | トップページ | ある意味きになる人は気になる »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/51740050

この記事へのトラックバック一覧です: 安値底値にアタックチャンス(2/2):

« 安値底値にアタックチャンス(1/2) | トップページ | ある意味きになる人は気になる »