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共同絶交ノススメ

まいったなあ
西日本で過激な反原発活動をして(その意味ではマークされてるとか)いる人がこんなのをツイッターで出したらしく、それなりに議論になっている。

人が言えないなら私が言う。東京電力社員の子供を、全員がボイコットしなさい。
法が東京電力を裁かないのなら、社会が裁きなさい。その声は、必ず親の、東電社員に届く。
子供に罪がないと言えるレベルの話ではない。法律が人を裁かなくても、社会的制裁という物は存在する。
教師も、生徒も、皆が東京電力社員の子供を完全に無視しなさい。デモより細やかに目立たなく、怒りの声を届ける方法。犯罪者の家族に対する姿勢と、同じことだ。
更に、電力会社社員は高給まで取っている。その子供の未来をなくすことが、デモよりも確実に東電社員に届き、法律にも違反しない。残念だけど東京電力は、それに値する罪を犯した。

うーむ。この論理って法律にどうこうという議論なのだろうか。「社員の子供を、全員がボイコットしなさい。」というのは多分共同絶交を進めているのであろう。規範に反したメものを、集団で排斥することを指す。たとえばシカトは若者・子供社会でよく行なわれる共同絶交である。いじめの一種とされる。また、村八分は村の掟に背く者に対して行なわれる。人権侵害とされ、違法行為と見做されるが、それでもこれがトリガーになっている事例で反対に事件を誘発することは昔からある。実際、村八分はそれ自体で違法行為とみなされる「私刑」に相当するが、じつはこれを証拠に基づいて実証するのは結構難しいのである。(それこそ証拠を隠したり、お互いにかばったりすることで立件がむずかしい)
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どうもこの発言者は

「原子力発電所を使って発電を行うのは社会に対する背信行為」(だといっている)
「その行為が元で事故を生じ、社会のみならず地球に問題を起こしている」
「日本には職業選択の自由がある」
「しかし、反社会的な行動をしている企業においてその意思に意義を唱えなかったのは従業員もそう」
「だとすると、社員は反社会的行動を共同で行っていることと同語であるから、反社会的な親である」
「従って、私たちが反社会的な企業を解体するには従業員を離脱させるために社会活動でしめさなければならない」
「子どもがいじめられるのイヤなら親は会社を辞め、また親が子供に投資して社会のハイソにいることをできないようにするのが、反社会的行為(=原子力発電 原子力発電所の事故とはいっていない)が今後行われないようにする社会的意思の反映である」
「従って子供たちを共同絶交させるのが、社会に対する背信行為をやめさせる確実な手法である」

という論調である。
当然共同絶交は立証されれば法的制裁はあるし、このメールだけでも教唆になると私はおもう。
但し、この極端な意見(当人はまじめに展開しているらしい)に賛同する人(そのうちいくらかは東京電力管内の人で、少なくとも電力を直接享受する人間である)がそれなりにいるというのを聞いて(同調して活動するとは別)私はそっちに驚いてしまった。関東大震災のとき自警団が韓国人を各地で撲滅したのと発想が近すぎる。

まあ、事故が大きくなればなるほどこのような背信行為に対する考え方はあるのであろう。下記のような記事を見るとああ、福知山線脱線事故のときにも同じことがあったなあ(宝塚市付近ではいまだにトラウマで福知山線を使えない人もいるようだが、あそこは阪急という選択肢がとりあえずはある)とおもう。予想される反応である。これとて人権的な視点では大きな問題である。
-----------------------引用
東電「嫌がらせ」過熱 社員寮“表札隠し”で自衛も  2011.04.02  イザ
 福島第1原発の放射能漏れ被害が拡大するなか、現場とは直接かかわりがない東京電力社員に対する批判や嫌がらせが過熱している。事故をめぐる情報の隠蔽体質や役員の対応のまずさに加え、計画停電の不公平感も加わり、首都圏住民の怒りが頂点に達しているためだ。東電はさまざまな防衛策を講じているが焼け石に水の状況だ。
 《私たち東京電力社員を非難することはかまいません。しかし、不自由だとか自分たちが被害者だといった考えはやめてください。電気を使え、うちに帰れば家族がいる幸せを感じてください》
 不公平な計画停電をめぐり、東電への批判がピークに達した先月19日、同社スポーツチームの主将も務める男性社員が、ブログに残した書き込みだ。ところが、自社の非を認めつつ、利用者の怒りをたしなめるような考え方が逆効果となり、批判コメントが殺到した結果、男性はすぐにブログ自体を削除した。
 今、東電社員の多くはこの男性と同じような気持ちなのだろう。先月22日、東電本社は東京23区にあるすべての社員寮の表札を粘着テープで隠したり、社名が入っていない新しい看板に掛け替えたりしている。各地の支店に直接抗議に訪れる利用者もいる中、「社員と家族の安全を守るため」(東京支店)との判断だ。
 東電の被害はこれだけではない。先月18日には、計画停電による鉄道の運行本数削減に腹を立てた男性(41)が東京・内幸町の本社社屋に投石。20日には、PR施設の電力館(東京・渋谷)で、壁に赤いスプレーで「反原発」と大きく壁に落書きされ、警視庁に通報した。
 インターネット掲示板には、法人登記簿から転載したとみられる、東電役員らの自宅住所が晒されるなどいやがらせはエスカレート。警視庁は都内東電各支社に、社員の安全に配慮するよう注意を喚起している。勝俣恒久会長の自宅玄関には、東電の要請で警視庁が詰め所を設置するなど緊張が高まっている。
 一方で、福島原発の現場社員は、いまこの瞬間も命がけで作業に臨んでいる。同発電所には約5000個の線量計が配備されていたが、多くが津波に流されたため数が大幅に不足。各作業チームの責任者だけが線量計を装着し、線量計なしで作業を続ける社員がいたことが判明し、1日までに1000個を調達した。
 家族に詳細を明かさぬまま現地に乗り込むケースも多く、今も社内で「福島に行きたい」と志願する社員は後を絶たないという。
 東電トップの責任問題はともかく、現場で汗を流す職員に、いやがらせをするのは本末転倒だ。
------------------------終了
まあ、個人の自宅で東電勤務ということが知られていた場合も、家族がノイローゼ状態となっている場合さえあると聞く。その人が原発にかかわったともいえないのに。
けど、これと首記の呼びかけがまったく違うのは、人権という概念に対しどう向き合うかという見方であって、ルワンダ紛争の仕切りが民族というよりも階級的基板であったのと同じである。(同じ宗教、同じ言語を共有し2つの集団の違いは民族性よりも階級的・人工的なものである)民族という意味ではナチスドイツの民族差別などもあるが、これが所属企業を指標として選別されている。そして、赤軍派の「総括」もこのような視点にあるともいえる。
「日本には職業選択の自由がある」
ということが入ってるため、もし東電をやめた段階でこれをやめるということなら、一応理性的なものを見せてるような誤解がある。
というのはもともと東電における業務は電気の配線管理などのほうが大きい、発電業務と送電業務はたまたま一緒になっているだけでそれをワンパッケージでするということ。また、ではその業務のサービスを受けていないといっていいという生活を送っている(すべて家の電気は自家発電とか・・・たまーにそういう活動家がいる)とか。けどケータイを使うことも普通は基地局の電気を使ってるから、活動家とて電力会社の成果物を使ってる自己矛盾があるんですけどね。

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