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公益性の高い技術者が考えるべき政府発表への姿勢

http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2011/03/post-566b.html

さて、いまだにいろいろあります。仙台の知人の連絡が・・・というのもあるが、激甚地域、南三陸町在住の知人の連絡がつかないのである・・・・・・。願わくは通信手段の問題ならいいのだが、情報取得をあせらないこともまた公益でもあるから・・・。
計画停電の時間をアナウンスをしているが、女性のアナウンサー結構読みを間違えている。男性はべテランだったがそこまでではない。けどこれはしかたがなかろう。ところで、被災した人も情報を出している。たまたま東北放送の自分の番組ロケでいった気仙沼で被災した仙台出身の漫才師サンドウィッチマンがドキュメントを時々流している。

「サンドウィッチマン伊達、家族の無事を確認 ネット繋がりにくい被災地からマスメディア報じない貴重なレポート続ける」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1533656&media_id=14
とはいえ彼の場合、放送局(東北放送)のもとで何とか避難しているようである。他局にもでているようだ。もともと伊達さんは(そのもの伊達家の末裔らしい)熱いメッセージを流している。
http://ameblo.jp/mikio-date/
他方相方はコメント欄を開放した。サンドウィッチマン富澤「安否確認専用」
http://ameblo.jp/takeshi-tomizawa/entry-10829496089.html

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「私は行方不明者」…健在伝えられぬ避難住民(2011年3月13日11時22分 読売新聞)
 「私は行方不明者なんです」。津波に襲われた岩手県山田町の豊間根公民館で13日、避難している住民たちが何人も同じことを口にした。

 地震直後から、携帯電話は通じず、周囲には公衆電話も臨時電話もない。2回目の朝を迎えた約200人の避難住民たちは皆、家族の安否確認だけでなく、自分の健在すら伝えるすべがない。
 集まっているのは、約5キロ下った山田湾に面した地区住民のほか、たまたま通勤中に被災した人も多い。大槌町大槌の金属加工会社専務、Yさん(51)は、娘の大学の卒業式に出席するため礼服を新調しようと宮古市を訪れていて被災した。
 夫と娘2人とは連絡が取れない。津波被害が伝えられる大槌町吉里吉里の工場従業員13人の行方も気がかりだ。
 ゴザの上に毛布を敷いて寝る夜も余震が続き、落ち着いて眠れない。浅い眠りの時は次々に夢を見る。「いつものように従業員と働いていたり、家族や従業員を捜したりしている夢で目を覚ましてしまう。命だけは保っていて」と涙ぐんでいた。
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原発の問題なんかもそう。
現実問題個々の問題をどうこうということで官房長官が槍玉に挙げられているのだが(そうだ。国土交通大臣はもともと大学院のころからの原発の専門家だ。あえて「政府主導」にからめるなら、関係ない部署でなし国土復興にかかわるし、報道説明だけ絡めてもいいはず。)連絡がつかないというのは現下の状態だと仕方もないものの、担当者の口ごもりということを情報出し惜しみ、隠蔽と感じて汲々としているマスコミの姿勢もいかがなものか。情報源である現場の情報が上がりえない通信状況ということは想定できそうなのに。
いま、向かえる原子力技術者は何らかの形でこの事故の進行防止にかかわっていると聞く。(遠隔・後方支援もこの件では大切であるのだ。)技術士には「原子力・放射線」という部門があり、当然公益の確保のために日々まい進しているのであるが、今回の件については問題は見えるが、既存の対策が使えないということであろう。当該するひとの多大な労力に期待するしかないと思うし、私の知り合いはおおむねかかわっている。(なお「原子力・放射線」ができる前の原子力技術者の技術士には「電気電子」「機械」ということがあり、この関係者も含まれていることを知ってほしい)この件については、結構私もかかわることもあるようであらためて述べる。
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確かに、その問題を報道が取り上げるのは必要であろう。そしてアナウンサーの的確な進行、そしてあえて頓珍漢な質問も必要である。というのは、聴衆が陥りやすい誤解の雛形としてアナウンサーが代表することで、より細かい情報伝達を社会にすることになるわけで、そのいみでアナウンサーのヘルメットに「おもしろたのしい自社マーク」を入れてるとかいうことがどうかというという非難・論評は、本質的でない瑣末な指摘と私は思う。(今回主要民放キー局のうち4局は CMを特約で解除したのであろう。連続してニュースを流している。最後の1つは公共広告に振り替え(下記)だがスポンサー表記は残している。)
情報リテラシーという意味では確かに所在不明のうわさメールやツイートも相当あがっているようだ。(内容的におかしくないとおもっても、由来が不明というものもある。しかし、公的情報の信頼性もあまりということがこのような問題があるのだろう。)ここでメディアリテラシーということになるのだろうが、そもそも生きるためにあまねくリテラシーを与えろといってもできるのであろうか・・・・・峻別に対しまよう私がそこにいる。
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私は、日ごろ報道以外の番組は荒く録画して、時間があったときに見るようにし、必要なものをHDDに記録している。土曜は自分の都合からそんなところでなかったので、予約録画のキャンセルを行わなかった。当然普通の番組をやってないと思ったら、テレビ東京の一部と東京MXの一部、そしてテレビ神奈川(橋の中継画像を環境映像として)では、報道をはさんでいても定時娯楽番組を流していたしく、(L字で字幕を流している)東京MXの「瑠川リナとみひろ」の顔には、なぜか安心した後に、この日に反発はなかったのかといささか驚いてしまった。(この番組は枠買取なのかも)
圏域ローカルのテレビ神奈川、東京MXについてはまあわからなくもないが、放送エリアが被災地の北関東に及んでいるテレビ東京は、娯楽番組の半分ぐらいはニュースへの振り替えだが、環境映像として(たとえば歌とか、生活環境番組とか、特にアニメは入れ替えなかったとか)の一部、そして子供向けのアニメーションは(L字で字幕を流している)そのまま放送するようだ。CMは公共広告にほとんど差し替えているようだ(広告特約であらかじめそうするのが最近はおおいらしい)。中には歌番組でそのままCMまで流している例もあったが、微妙に差し替えている。これは、これはひとつの見識かもしれない。同じ報道を薄めて何度も繰り返すよりも、集中して咀嚼しながら流すほうが的確に伝わるし、子供に対する配慮もある。ひとつぐらいは責任ある報道を意図することで、あえてこの方針の放送局があってよい。
そもそも、同じ報道を薄めて何度も繰り返すよりも、集中して咀嚼しながら流すほうがいいというのは、製作担当者があまりにもいそがしくなり、末期状態というか、判断状態を失わせることで誤報や変な意思伝達を促すということも含む。作る側にストレスがないなんてないんだから。
---------------------引用
首相会見中に放送事故? 不謹慎な会話流れる  2011年3月13日(日)16時5分配信 J-CASTニュース 
フジテレビが2011年3月12日に放送した地震特番で、同日20時半過ぎに行われた首相の記者会見を生中継した映像の中に、放送事故ともとれる音声が入っていたことがわかった。 首相会見映像の冒頭、男性とみられる声で、まずは「ふざけんなよ。また原発の話なん・・・・・・・・・・・・・」・(中略)・・・・・・・この会話自体は、どこで誰がしたものかはわかっていない。
ちなみに、ITジャーナリストのSさんは、自身のツイッターで、「私の経験で言えば、報道現場であまりにも激務が続いて追い込まれると精神状態がおかしくなって変に高揚し、おかしくないのに笑ったりしてしまうことがある。失言は仕方ないよ」と書き込んでいる。
---------------------終了
かつて、阪神・淡路大震災では、近畿広域圏の放送では、約7日後から一部通常番組を流し始めた。地場産業でもある、お笑いなどの娯楽番組はしばらく放送されなかった。ただし例外として震災発生3日後に、『探偵!ナイトスクープ』(ABC)を放送した。「苦しい時だからこそ、このような番組で少しでも気持ちを明るくしてほしい」というスタッフの強い信念だったらしい。被災地から「避難所で苦しんでいる人がいるのに、お笑い番組を流すとは不謹慎だ」というクレームがあったが一方、感謝の手紙も来たという。これは確かに出演者がお笑い系が多いが、内容は良質のバラエティー兵の情報番組であったともいえるからか。(テレビ東京系のテレビ大阪はほとんど番組を差し替えたようである。)なお今回の震災では『探偵!ナイトスクープ』は休止した。
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いまこそ公益に資する技術とそのほかの峻別を各個人がしなくてはならない。ただし一企業の利害とすることと社会がディフェンスを張った場合、公益であるかどうかを説明するこちら側の姿勢と相容れないとどうしようもない。公益か否かは各自の資質にかかわる。
先にかいたが、個々の問題をどうこうということで官房長官が槍玉に挙げられているのを見ると、あまりにも誰のために「発表の責任」を追うために語る官房長官(つまり国民に語ることが責任にあり、質問の正確な対応で言質を出すのを期待する相手ではない。弁護士さんだから話すことなどは相当スキルは高そうだが)に対し、語れないことをあげつらって無為に攻め立てるごく一部の報道人は、非常に不快である。公的表現は「大本営発表」という過去の悪い実績や悪い見方をされる事から意図してついてこない人が多いのも、また日本の現実である。だから専門的知識が多少ある(けど多忙はわかっているが)国土交通大臣を一緒に連れてくる、報道説明だけ絡めてもいいはず。これも「政府主導」ならああってもいいこととは思うが。

公益が見えないのは、私にとってつらいものはない。かつての私も苦しんだことである。

しばらく長文への記載はできないです。

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