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学習法のなかでの新聞定期購読

この前例の頭のいいことを売りにしている、漫才の「ロザン」の宇治原さんがTVのバラエティー番組(ウチくる!?だったか)にで、しゃべっていたの何気なく見ていた。大学受験の勉強手法としてこういうことを言っていた。
いわく、
英語:単語帳の暗記をひたすらするのは無駄。単語は必ず文章の中で出てくるから文節でニュアンスも代わる。また、文章題や例文で出てきた機会を捕まえ単語を全て覚える。つまり英単語の場合は類推できるもの。何かの単語を覚えていて、その前にunやinが付いていたら、否定系になっているとかで語彙はかなり広くなる。
数学:公式や問題は学習したものの解き方を全て暗記する。日本史の暗記に比べたらものすごく少ない。数学を暗記科目として考えると、実際には問題を解いていくとじつは内容がほぼ一緒で、数字や些細な前提条件のみが変わってるという問題が一杯出てくるものである。
国語:現代国語は問題の予想がつかないのでそれのみでは勉強しない。むしろ新聞を読むことが勉強になる。特に社説を読むのがいい(新聞社を問わず)。社説はその新聞社の一番のエースが書いているとなると、新聞社のエースと云う事は日本を代表するクラスの文章の上手い人が書いているといえる。つまり社説を読むだけで現代国語の能力が上がる。
歴史:ひたすら教科書を読み返す。歴史はひと続きのドラマと思って覚える。年号とか1個ずつのものを覚えて、結局バラバラになってると云うのは、最悪の勉強の仕方。つまり歴史は個々の集合体の知識でないため、(ある一定のレベルの)教科書には大事じゃない部分がないため、教科書にアンダーラインは引かない。
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彼は、大学受験の番組などももっていたりしているし、多分いろいろなところでこのような話をしているのだろう。もちろん宇治原さんだからこそできるというものもある。じつは単純な暗記というところがあまりできない私は、このままの手法では多分沈没していたと思う。

この学習を徹底するために宇治原さんはかなり工夫をしているようで、そこに彼はオリジナリティーを出しているわけだから聞いてる人もアレンジする(能力がある)ことを前提で言っているようだ。
宇治原さんの手法と、私の手法は歴史の学習ではたまたま似ていたと思っている。とはいえ暗記項目があまりにも多く世界史においてはストーリーは見えたものの、個々の年号などの量に押しつぶされてしまったのであまりうまくいかなかった。その意味で世界史を今の高校では必修にしているようだが、そのような場合本当は受験と関係なく学習させるなら、いわゆる山川出版社の一番難しい歴史教科書を使うのは避けて、薄い教科書で歴史の流れを教えたほうが過去の蓄積ですべてベクトルやその方向性がふらついて差異が出てくることがわかるかもしれない。その意味で逆引きの歴史書(現在から遡及的に過去にさかのぼっていく手法で、海外ではこういう教え方をする国もある)というのはあるかもしれない。
また、数学の勉強方としては公式や問題は学習したものの「解き方」を全て暗記するというのは、周りにこの手でうまくいった人がいたが、私には会わなかった。というのは、系統つけずにおぼえることが私はできなかったようだ。確かに公式などの暗記は最低限は必要であるが、その導出方法を知ることによってツール(公式)が何十倍にも応用が利くことをしてしまうと、暗記科目というよりその問題のフィールドでどのようにこの公式たちを組み合わせることを考えるほうが結果的に向いていたようである。まあ確かにその意味では宇治原さんの手法は「文系的」な習得方で、私のほうは「解析的」な手法であるわけで、ここはその人の向きによって調整するべきことかもしれない。
だから宇治原さんの意見はまあ、いいところをついているのだろうとは思うが、もともとよく考え、自分にとって負担の少ない勉強手法を考えてそれを実践したということなのではないのかなあ・・・と考えてTVを見ていたのである。

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さて現代国語であるが、たしかに新聞協会からロザンはCMを受けたりしていることもあるし、偏向をしているかもしれないとは思う。そんななかで、たまたまこういう記事をネットで見つけた。

今日息子がこんなものを学校から持たされてきた。→「教育に使うので新聞購読必須のお知らせ。 http://twitpic.com/3pmibn 」 うちはもう何年も前から新聞購読をやめてる。今後も取る気は無い。…それってダメ親?
どうしてもネットでニュースを見てしまうことが日ごろ多いものだが、その記事をそのうち新聞で読み直し、認識を新たにしたり、この新聞記者はどういう根拠でこれを言っているかを見直すのは、ネットでは厳しいのではと思う。あくまで新聞のベタ記事であると思った方がいいと考える。逆に言うと速報系の記事に関してはネットやマスコミが偏向してるという意見もあろうが、あくまで二次資料のひとつとしての位置に過ぎないと思う。たまたま日本の場合は放送局と新聞が垂直的につながっている側面もある。 よく欧州では新聞とTV・ラジオが情報データベースを共有しているというのは、きわめて危険な兆候ということといわれ非難の対象になるそうだ。その意味で、日本と韓国はその例外といえるものらしい。逆に言うとこの2つの国は識字率も高く新聞購読者が人口比に対して多いことと、報道の系列化がはっきり外部から見ても明確化しており、「この新聞の速報メディアはこのチャンネル」という形が見えている上に、選択肢が4から5あるということが特殊であり、他国の基準とは一緒にできないところかもしれない。(もっとも記者クラブの存在とか、横並び傾向などは潜在的要因としてある)各国でよく読まれている新聞はTVやラジオのメディアとの目的が分化しているから、異形態の間の競争と、意見の応酬になるのである。 アメリカの大衆日刊紙で国内に販路を持っているUSA TODAYというのがある。もちろん三大TVネットワークとはライバル、CNNともライバルだ。(ウォールストリート・ジャーナル:The Wall Street Journalのほうが今は売れているが、どっちかというと日経と同じ経済専門紙の傾向がある)アメリカに住んでいた人複数から聞いた話だが、ではUSA TODAYの読者はどういう読み方をしてるのかというと、店頭で買っていても大方の人は、興味のないところは店舗の前で捨ててしまい、自分にとってよみたいもの(たとえばスポーツなど)のみを読むということなので、あれでは全体を見渡すという日本の新聞の読み方や、読者の嗜好はなじまないんだなあとみないっていた。 本邦では全国紙でも5通りの形態があり、更に地方紙にもそこそこの量を販売しているものならば、データの問題やその読み方を議論するところを棚に置けば、まあ腕のあるライター(記者とは言わない)が書いた文章たり「社説」が定期的に届けられ、見る機会があるというのは子供や学習者にとってはひとつの有効な手法ではあろうと思う。

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とかく、新聞のような老朽化した報道内容に依存しているのがいやだというのは確かに成人個々にはあるようだし、新聞記者の資質には偏りがあるなということは思わなくもないが、その速報性ではなく、体系だった事象の批判的な視点も含めた把握をするのは、やっぱり新聞は読む習慣を持つようには仕向けるべきであろう。大学受験に対しても文章を読むことで同意も批判も含めた判断を、一時の翼賛的報道や感情に惑わされず「ロジックを組んで」させる志向を与えるなら、新聞は子供の座右には置いていたほうがいいと考える。たとえ日ごろはTV欄だけでもだ、読む機会があれば、そのついでに中を眺めるぐらいの行為が副次的に生じるだろう。そのため日経と日刊工業は私は別のところで読む機会があるからいいとして、家では「朝刊」だけをとって、おもに子供たちが見てはいる。(当地は夕刊もあるのだが、さすがに速報性のある記事はTVやネットにかなわないとは思っている)

さて、そこで朝日新聞が受験のためというチラシを配ってるのを問題にしている節があるが、これは昔から朝日はこのような売りを販路の一貫としており、また社説と天声人語の担当者(この二つの記事は意見を異なることも多くある。執筆者も異なる)に、一応選ばれた人を当ててということを他社より意識的にやっているということはあるようだ。だからこそこういう広告を、朝日新聞の姿勢に異議を持つ人や、マスコミに悲観的な人からフルボッコされるのを覚悟でやってるのだろう。
正直言うと、全国紙でも有力地方紙でも、継続して社説とコラムを見ていれば同じような資質は学生には得られると思う。特に朝日だからということは本当はなく、好みで読むべき新聞を替えればいいかもしれない。たまたまチラシをもってきたのが朝日だっただけである。大体、読んだことのある記事が本当に試験に出る確率って極めて低いんだから、そこを狙ってというのはあまり意味がないだろう。
もっとも、よかれ悪しかれ朝日は新聞としてはブランド性を持っており、朝日でなければまずいという困った意見を持っている人もまた多いのも事実である。積極的なひとでないならないで、

読売は押し付けがましい。毎日は薄いことしか書かない。日経は経済界に尻尾を振っている。産経はこれまた内容が浅く意見の偏在が強すぎる。結果的に消去法で朝日しか読む新聞がない
なんてことを言っている。いや継続して読み、考えれば全国紙だけでなくても、アカハタでもまあバイアスを無視すれば文章はまともだし(ただしですます調である上に、読者層を低く設定していることもあって、初心者向きではある)、道新・秋田魁・河北・中日・京都・神戸・中国 更に、沖縄タイムスや琉球新報ぐらいの中堅どころ・ブロック紙なら、十分物事を考えていく素地は作れると思う。

もちろん中高校生の場合、読めるレベルは考えたほうがいいかもしれない。日経は確かに偏向性のある論述はないわけではないがレベルが高い論評をする。けど基礎知識(特に経済知識や社会経験)がなければ読みにくい側面もある。読売や毎日はわたしとしては世論を意識的に気にしているため論旨がふらつき首尾一貫しない社説さえあると見ている。そうなるとある意味一番可もなく不可もなくとなると消去法では朝日になっちまう。けど本当はそのような論旨以前に、かかれたことを確実に理解しコンパイルするという側面が教育効果になるという、ロジックシンキングと社会へのかかわりへのリテラシー確保、そして副次的に大学進学の一助という見方で宇治原さんは勉強方を言ってるのとおもう。
なお、別のところには「宇治原さんはこのような記事や記載、TV番組などでも必ず声に出してツッコミながら見る」というのがあるらしい。個人的に「ロザン」の話題の突っ込み方はあまりにも、知識層ならでのというものもあり、多少鼻につくのはあって、その品質は一定レベルを保つことは評価しているものの、私にとってはあまり高い漫才のネタつくりをしてるとは認識していないということは主観的には言っておこう。けどそれ以外の内容は見るべきものも多く、このような姿勢を常に維持して記載を読むことが各人にできれば、偏向報道などと罵声を上げる必要はもともとそう多くない。(少なくとも著名記事で個人の癖をだす英米の記事は読みにくくて仕方がなかろう)第三者の視点を育てないで読んでるならばネットのニュースも大して読む利益・効果がないわけである。このようなことをみごとに混乱させて議論する人も多いということは私は指摘したいと思う。

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