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ローコストなコモディティ製品にシフト(2/2)

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TOTO、ヤマトが示した 「ガラパゴス」こそ日本のチャンス 早稲田大学ビジネススクール教授 遠藤 功   (2010.09.13)ダイアモンドオンライン
(承前)
「ガラパゴス」を活かす 「ぶれない競争戦略」を描け
 その一方で、「ガラパゴス」であることが、ビジネスとしての成功を自動的に保証しているわけではないのも事実である。「ガラパゴス」を活かすためには、事業の特性、市場性、競争環境などを見極め、自社のポジショニングを明確にする「ぶれない競争戦略」を描かなければならない。
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 たとえば、TOTOは中国への本格参入以来20年近くが経過するが、その間一貫して高級路線を志向してきた。ターゲットを市場のハイエンド5%に絞り、「高級衛生陶器のある暮らし」という新たなライフスタイルをトータルで提案。そのためのショールームを設置したり、新たなライフスタイルをイメージさせるテレビCMを展開するなど、「あこがれ」を演出する「プレミアム」戦略を貫いている。
 そもそも「戦略」とは自分たちの強みを最大限に活かしうる「戦う土俵」を明確にすることである。「ガラパゴス」を活かしうる「土俵」の有無、市場規模を見極め、そこに経営資源を集中する。「ガラパゴス」という比較優位性を活かす「戦略」こそが今、求められている。
そして、それは他の「土俵」を「捨てる」ということでもある。いくら市場規模が大きく、成長が期待できても、「ガラパゴス」という持ち味を活かしえない市場、すなわち「適社度」の低い市場には敢えて入らない。「戦略」とは「何をやらないか」を明確にすることでもある。
「ガラパゴス」が活きるハイエンドの市場は小さい、目の前にある大きなコモディティ市場の可能性をみすみす捨てるのかという議論もよく出る。しかし、一般に思われているほど、ハイエンドの市場規模は決して小さくない。
 事業や商品にもよるが、一般にハイエンドの「プレミアム」市場は、全体の5%から15%程度だと言われている。自動車やビールは約10%、携帯電話は約15%が「プレミアム」市場と言われている。
 それなりの規模のメリットを追求する必要があるのであれば、ミドルレンジの市場の上層部、「アッパーミドル」と呼ばれるセグメントを含めることもできる。そうすれば、対象市場は20~25%にまで拡大する。
 世界規模で見れば、「ガラパゴス」を活かしうる市場のポテンシャルは決して小さくないのである。
「あれもこれも経営」復活の兆しいまこそ「傾斜資源配分」を貫け
 日本企業においても「選択と集中」という言葉が定着してきた。「あれもこれも」やるのではなく、自分たちの「戦う土俵」を見定め、そこに人・モノ・金という経営資源を集中投下させる。
 均等に資源配分するだけなら、経営者はいらない。どこかに思い切って傾斜的に資源配分をすることが、経営者の最大の仕事である。
 しかし、ここにきてまたその基本がぐらつき始めている企業、経営者が目立つようになってきた。「ガラパゴス」を活かしうるハイエンドは重要、でもコモディティも捨てられない。新興国は大切、でも先進国も捨てられない。本業は軸足として強化する、でも新規事業もやらなければならない……。
 結果として、「あれもこれも」やっているが、どれも中途半端という「昔、犯した過ち」を、また繰り返しかねない状況に陥っている企業が多い。「総合」という戦略不在の戦いに疲弊し、「フォーカスこそ戦略である」と学んだはずなのに、いつの間にか「戦う土俵」が広がりつつある。
 言うまでもなく、経営資源は有限である。競争に打ち勝つために必要な「臨界点」を超えるだけの経営資源の投入をしなければ、どんなに現場が頑張っても、勝利を手にすることはできない。
「ガラパゴス」という日本独自の優位性を活かせるかどうかは、合理的な戦略に基づく「傾斜資源配分」ができるかどうかにかかっている。「資源配分は傾斜させてこそ初めて意味がある」ことを、経営者は再認識しなければならない。
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合理的な戦略に基づく「傾斜資源配分」を行うことは大切なのだろう。事実新規開発が日本で難しくなったのは、開発資源の枯渇が多いためという。そもそも事業がいずれも小規模でスケールメリットを享受できないと収益性が低くなるものだが、経営基盤が脆弱になりがちで、十分に投資ができず果ては既存事業の管理までおろそかになるということはある。それは競合で食い合いをこしたり(しかも国際的に)、その結果期待される小規模になってしまい、スケールメリットを享受できなくなるという遷移的な要因も多かろう。
私はひとつの考えを持っている。ハイエンド製品を構築するための技術を蓄積するためのフィールドが、じつはローエンドやミドルエンドであるということである。市場として利益を得るためならすでにハイエンドのみに特化することはひとつの可能性があり、そのための陣容は社員として日本はそろっているという認識がある。ところが、ハイエンド製品に盛り込むコンテンツを上級機種に盛り込むにはその試行をを部分的に盛り込めるテストベンチをもたなければならない。あまりにも狭いマーケティングの設定は無理な構成とみなせるだろう。
「ガラパゴス」を活かしうる市場のポテンシャルは決して小さくないというのは事実であるが、日本でのミドルクラスが海外ではハイエンドになってるということになる場合もあり、そうなるとすでに今もって居る製品群を伸ばす必要があるかというのは投資に値するかというところはあろう。つまり、25%の市場を得るためにはそのバックビーンに市場を持つ必要があり、50%ぐらいの市場をもたなければ、経営資源の維持が成立しないのではと思う。(これはいくらかの工業製品の市場でであったことでもある)

また、思い切って傾斜的に資源配分をすることが、経営者の最大の仕事であるというのは事実であるが、問題は資源が金銭だけでないことで、大概はそのほうが要因が大きいようである。人的傾斜配分や人的資源の再配置に実際は拘束されていると考えるべきであろう。さらにいうと、経営資源の金銭的投入を傾斜して行うと、もしそこに政策的な問題や、予想できない問題ができた場合、企業に対して期待されている「事業の継続性」はどうなるのか。
そうなのである、経営指標にかかわる内容によっては「事業の継続性」と「選択と集中」は相反することである。海外の経営者と異なるのは日本では「事業の永続性」と「事業の継続性が保たれなくなった場合の社会からの従業員など関係者への制裁・社会的制裁」が極めて大きいことである。つまりここを回避しないということに対してバランスが取れていないということが、選択と集中を行うことが企業の社会的存在価値の要求に、こと日本ではあわないということではと思う。
つまり遠藤さんは資源を「経営資源」というかたちで技術であったり、資産であったりするものと考えているのだが、じつは「人的資源」と「社会的制裁」という企業の存立意義が極めて過大に存在意義を見せているから、経営者は「傾斜資源配分」のリスクを背負えないというのが、本当に解決するべき問題ではと私は思う。そうなると「資源配分は傾斜させてこそ初めて意味がある」というなら、スピンアウト・カーブアウトを促すという形の分離、ないしはベンチャーに対する投資による人員移管(近いのは総合商社により企業を支援する場合の人材派遣)がその手法ではと思う。残念ながら総合商社のビジネスモデルが起業支援を日本の社会システムの中で充足させるという視点は、海外では理解されないものらしいが、それが再度生かせるようにするのも一つの企業への支援ではとも考えるのである。

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