« 呼吸がつらい | トップページ | 非礼であるらしい »

美文調に隠れた宣伝魂

つくばエクスプレス浅草駅の脇にある(というか駅のほうが後にできたのだが・・・)寄席、浅草演芸ホールからの中継録画を、ほぼカットなしに放送している演芸番組がある。「浅草お茶の間寄席」という「落語協会」「落語芸術協会」の興行の演芸を収録をし放送する番組である。いまや関東地区で毎週放送される演芸レギュラー番組としてはこの手法は唯一である。
55分番組で、1回の放送につき2~3席程度を収録時のまま放送する。(ごく稀に時間調整もあるのか編集でカットされて放送する事もある。)あくまで通常の寄席興行の高座を録画しており、普通は10~15分程度、主任(トリのこと)場合は20分程度で、その間CMもはさまない。
ブログランキング・にほんブログ村へ
私の場合は製作局のチバテレビでは見ることもできず、番組販売先のTVKの放送を見ている。そのためいくらか千葉テレビの番組表示からはずれている。以前は2ヶ月ぐらいずれていたが、もともと千葉テレビ放送時にすでに収録から1~2月ずれるので、季節感がずれているものが流れることもある。この前のも「菅さんが小沢さんを制しましたねえ・・・」手のを流していたから3ヶ月遅れかもしれない。一度、用事があって寄席の前を偶然通ったら「千葉テレビの番組収録中」というのがモギリの前に掲示してあった記憶もあるし、「本日は収録をやりまして・・・」なんて枕にいう人もいる。

ただし当地では大体放送時間が昼間の私にとっては忙しい時間帯でもある(月曜15:00~15:54)ので、私は録画して後日見ている事が多い。明らかに予算のない放送であるが、逆にその分演出にこらない形のうえ、かなりきわどい内容(卑猥とかではない)でも「番組中、一部放送に不適切な表現がございますが・・・」という形で出すこともある。本当に懸念すべきか疑問という自主規制ここにきわまれりとも思う場合もあるのだが放送局としてはしかたはないだろう。
時間調整含みのインタビューとか浅草うまいもの情報なども入ってたりするのだが、録画だとそこを飛ばしてみるのが、寄席に最近いけない私にとってはいい見方のようである。 (タレントの田代沙織が嫌いではないが、あまりにも小芝居なんで・・・)
---------------------------------
さて、この日は当代の桂米丸(85)が出ている。落語家では最年長(上方落語界最年長は2代目笑福亭松之助であるが、生まれが4ヶ月早い)であるが、考えるとこの2人同年代の落語家に比べて発声法がちゃんとしており、声量がおちてしかるべきなのに、声はよく出ている。TV出演の経歴も長い上に、落語家としては頂点まで上った立場でもあるからかもしれないが、これは元気だなあ。
ただし、主任級(か前半の終わり)の時間の長さであるが、さすがに本話しをするというのはきついのか、割と軽めの話しで最初はご機嫌を伺っている。そして大学卒業後(当時としては非常に珍しい話。ちなみに旧制高等工業で、今の首都大学東京の源流である)戦後の混乱期で食えず、師匠(5代目古今亭今輔)から話をつけてもらったという話を長々笑いを交えながらする。そして新作落語に長け、「古典落語もできたときは新作落語です。」というのを身上とした今輔は弟子たちを教える時も最初の口慣らしに初心者向きの「バスガール」を教えたという話になる。
この「バスガール」は有崎勉の作になるのだが、有崎勉は発明家でもある初代柳家 金語楼のペンネームである。そして、今のバスガイドとしてはちょっと信じられないものもあるでしょうが、なにぶんにも80年前ぐらい前のことですから・・・といって「バスガール」を始める。
お見合いに来たサラリーマン(亀井さんという名前)に仲人さんが九州からお見合いのために来た女性を紹介する・・・のだが、ちょっと癖があるという。聞くと職業柄の癖であるという。いいからといってお見合いがスタートするがこれがなかなかの美人である。さて出身が九州ということで水を向けると職業はバスガール(バスガイド)であり、そこから九州から東京まで汽車で来た道中の景色や名所旧跡を、文語体の七五調で一息で語っていく。(これがひとつの落語家の技の見せ所である)。その後めでたく結婚するのだが、同僚にとっては亀井さんはその後幸せそうで、ニヤニヤとしてしまらない。結婚後のエピソードを彼から聞き出していくが、かわいいがちょっぴり変なバス乗務時代の癖がぬけなくて・・・・。
ここで話を途中できってしまったのだが、まあ前座向けの話でもあり、どこでも切れるような話であろう。
-----------------------------------
ところが、これを聞いて私は柳家金語楼(有崎勉)はとんでもないCMをぶっこんできたと思った。交通史・観光歴の面からとにかく驚いたのである。
日本最初のバスガイドは九州大分県別府での定期観光バスである。1928年九州の観光の祖と言われた油屋熊八が別府地獄めぐりの遊覧輸送を目的に亀の井旅館(現在の別府亀の井ホテル)のバス事業部として亀の井自動車(亀の井バス)を設立。「別府地獄めぐり」という観光バスを始めたのが、定期観光バスの嚆矢である。男性のガイドはこの直前に東京であったらしい(後廃業したが、仕事としては戦後はとバスが継承)が、初めて女性ガイドを採用し今に続くのはここだけである。
女性ガイドの採用と、七五調による観光案内(文筆活動を行った社員が作り菊池寛・久米正雄が校閲したとか)が大成功となった。かくて遊覧バスは成功し、今でも定期観光バスではの七五調の観光案内を一部交えているらしい。最近までこの第一号のガイドの女性が生きていらっしゃたtらしく、後進の指導に当たっていたようである。
http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2009/06/post-f9f8.html
つまり、七五調による観光案内といえば別府。あげく結婚相手が亀井さん。しかも題目が「バスガール」。そして油屋熊八は広報戦略に対しきわめて長けた人物で、有名な広告宣伝の鳥瞰絵図作家(いまでいうと広告デザイナーでもあろう)吉田初三郎とくんでいろなんことをやった。しかもこの活動は、今なら公的資金も使われれそうだが、すべて個人の私財と借財でまかなわれていたというのである。
○「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」なるキャッチフレーズを刻んだ標柱を全国、果ては富士山にまで建てた。
○建設する予定は無いのに「別府温泉 亀の井ホテル建設予定地」の立て看板を全国に立てた。(ただし現在は「亀の井ホテル」は西日本にビジネスホテルを多く展開していており、まんざらずれてないというのが面白い)
○ゴルフ場と温泉保養地をセットにした運営を日本で最初に行った。
○新聞社主催の観光地コンテストに対し市民にはがきをくばって組織的な投票をさせ、一位になった。
となると、この落語はじつは当時のインフォマーシャルだったという可能性もある。つまり油屋熊八がネタを提供したという可能性も否定できないのである。ちなみに80年前というのはこの定期観光バスが運行開始して2年目に当たるわけで、その後5年たって油屋は没するのだが、時期的にまんざらありえなくもないし、また油屋は文人との付き合いも多く、柳家金語楼と面識があること自体、まんざらない話でもなさそうである。

最も落語がCMに使われるということはその前にもある。、上野池之端の株式会社守田治兵衛商店による、宝丹という薬(胃腸薬。大田胃酸に処方が近い。もともと漢方処方ではなくオランダ人医師A・F・ボードウィン(上野公園生みの親でもある)の処方が元という。当時(少なくとも昭和末年)は少し赤い(水銀が入っていたらしい)半練りの薬であったらしい。そこで「なめる」という噺は宝丹の宣伝の為に、広報策にたけた店主の肝いりで創作された落語で、オチは、気付け薬の”宝丹”を舐めさせようとすると「もう、舐めるのは懲りた」だというものである。当時は更に、劇中、連れの友人に「池之端の守田で寶丹を買ってきたところだ」と、わざわざ言わせている(仕込み落ちの前フリでもある)らしい。だから、インフォマーシャルとしても前例があるというわけである。
----------------------------
短い話で濁したけど、米丸は、それでもこもらず声が出ていた。さすがにピークは過ぎたが楽しませる技を民放で磨いた最初の時代の人だなと感慨深く感じた。

|

« 呼吸がつらい | トップページ | 非礼であるらしい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/50178275

この記事へのトラックバック一覧です: 美文調に隠れた宣伝魂:

« 呼吸がつらい | トップページ | 非礼であるらしい »